曇天の霹靂
二話分ぐらい飛ばして先にこちらを投稿してしまいました。こちらはep9になると思うので、前回を御覧になっていない方は先にep6,7を御覧になることをお勧めします。失礼しました。
「聞こえるか道鐘!エントランスは固められてしまった。」
「もしもし、桐生さん。ええ、木陰に隠れて様子を見てますが…何なんですか、この量。」
絶句している。彼の眼前に広がる光景がよほどのものなのだろう。
「ああ、私も窓から見えた。角度が悪いのではっきりとは見えなかったが、かなり大勢の輩がここに詰めているみたいだな。ざっと丗はくだらないだろうか。」
「ええ、そんくらいはいるぅ思います。」
ホテル内もこの状況を目の当たりにして、引っ切り無しに様々な音を奏でている。幸い、幸いでないかもしれないが春遥はそんなことを全く気にせず、というか恐らく気にしていられないほど眠り込んでいる。こちらとしては幸いなのだが、少し心配してしまう気持ちもある・・・。
「…桐生さん。雨が降ってきてます。」
電話越しに囁くような声が聞こえた。
「結局降り出したか。——道鐘、済まないが切る。来たようだ。お前も身を隠せ。」
「ちょっ、きりゅ——。」
どうやらすでに中に入って私たちを探すものがいたのだろう。隣の部屋からやけに野太い男の声と、若干震え声の女性の声が聞こえる。
「——ちゅうことで、失礼しましたー。」
声色に似合わない口調で男は、どうやら扉を閉めたようだ。
隣の部屋からは何も聞こえなくなった。
「かんかん。」
間髪入れず、こちらの部屋の扉をノックする音が聞こえて来た。
「すいません、このホテルに人を訪ねてきまして。こうして部屋を一つ一つ回らせてもろとんですが、いらっしゃいますか。」
「…。」
春遥はもちろん、私も何も答えない。彼奴には聞こえとらんだろうが、部屋の中には穏やかな寝息のみが聞こえている。
「…カギ閉めとるってことは、おるか、外でとるってことよな。」
こちらに対する脅しか、ただの確認かわからない口調で続ける。
「ああ、すみません。少し、眠ってしまっていて。」
私は仕方なくドアを開けずに応じた。
「ああ、そーですか。起こしちゃって悪かったすね。んで、はよ明けてくださるとありがたいんやけど。」
状況が悪すぎたので仕方あるまい。…師範、申し訳ない。
「バコン!」
木製扉は爽快な音を立てぶち抜かれた。そこまで硬くもなかったので、助走もいらなかったのではないか。
「なっ。ぐわっ!」
私の飛び蹴りは扉越しに大男の頭を捉えていた。そのまま私は彼の首を極め、動きがなくなったのを確認し、頭を床にゆっくりと下ろした。
「少々眠っていてもらおう。」
そうつぶやくと、後ろから不安げな声が聞こえて来た。
「どう、したの。お兄さん。」
見ると春遥だ。流石に目が覚めたか。だが、よく考えると起こさない方がよかったか?しかし、眠ったまま扉のないこの部屋に放置しておくのもはばかられる。どちらにせよ無理にでも起こした方が良かったのでは…。
「あ、あの。」
「あ、ああ。すまん。ちぃとばかり考え事を。」
黙りこくってしまいそれが返って彼女を心配させてしまったようだ。だが、起こしてしまったものは仕方がない。また、彼女の足のけがのこともある。
「とりあえず簡潔に言う。私たちの泊まるこのホテルに多くの追っ手が詰めかけている。話しぶりを聞くに目当ては死んだことになっている私たち二人だ。」
「っぅ。…やっぱり。私のせいで。」
「そのあたりは後でじっくり話そう。今はこのホテルをなるべく穏便に脱出する方法だ。」
やはりかなりうろたえてしまっている。だが、偵察役のこの男が身に着けているトランシーバーは異変をキャッチしているだろう。他の者にここにまで詰められるのは時間の問題だ。私は彼女を抱きかかえた。
「えっ。ちょっ。これ、お姫様…。」
「急ぐぞ、恐らく非常出入り口がある。そこめがけてだ。」
荷物等は最小限の内からさらに最小限を取り出し、持っていくことにした。それらをたまたま持ってきたナップサックに彼女のものごと全て詰め込み私の背に背負った。
「行くぞ。」
私は駆けだした。
***
僕は今、ホテルの非常出入り口の見える場所にいる。しかし…、
「ちっ、ここにも見張りかい。」
バイクは奴らの眼をくぐってこの近くに停めなおした。排気音はこの雨なので、あまり聞こえないのが幸いだった。二人が脱出すればすぐにでも出発できる。それにしても、違和を感じずにはいられない。ここまでの人数が集められているのに、何故一斉に突入しないのだろう。確かに中にいる標的はただの成人男性一人と、小学生の女児一人だ。警戒しすぎる必要はないだろうが、そうなるとなぜここまでの人数をよこしたのかが再びわからなくなる。
「意味が分からん。」
ましてや、非常出口にいる奴らの仲間は完全武装をしている。
「うーん、何というか…。」
行きはよいよい帰りは怖いとは違うだろうが、このホテルにいることを咎められているというより、このホテルから出ることを最大級に禁じられているような印象を受ける。しかしそうなると余計目的が分からなくなる。
「あー、ああ!独り考えていても埒が明かん。桐生さんと共有しよう。」
恐らく桐生さんなら非常出口から出る選択をとるはず。ならば一刻も早く見張りの有無を伝え、これからのことを相談しなければ。
「出てくれよ…。」
***
ぶー、ぶー。
この先に非常階段、そして出口があるという曲がり角に差し掛かったという時に私の右ポケットから振動音が聞こえて来た。しかし私は春遥を抱えるのに両手が塞がってしまっているので取り出せない。
「春遥、取ってくれ。右ポケットだ。」
春遥は少し戸惑いながらも私のポケットに手を伸ばし、スマートフォンを取り出してくれた。
「赤城道鐘…。みちかねお兄ちゃんだ…ですよ。」
「ありがとう。その緑のボタン、応答を押して、持っていてくれ。」
彼女は思っていたよりも苦労せず、電話を取ってくれた。そして私を気遣いスピーカーを押すまでしてくれた。
「桐生さん!聞こえますか。」
かなりの声量が瞬く間に飛び込んできた。その後ろで豪雨が鳴り響いている。
「聞こえる、聞こえているが、声量を落としてくれ。今気づかれるとかなりまずい。」
「あ、すみません。ちょっと頭の整理が追い付かなくて。」
「なぜそんなことになっている。何かあったのか。」
「えと…いろいろ伝えなくちゃいけなくて、あ。」
何かに気付いたようで途端に声量を落とした。
「ですけど僕も今彼らの眼の近くにいるので気づかれないようにしなきゃ。」
どうやら少し伝えづらそうだ。
「ならまず一番伝えるべきことは何なんだ。」
と聞いてやると、
「あ!そうですね、桐生さん今非常出口に向かってますよね。」
「ん。よくわかったな。」
「ええ、このホテルもしっかりとその辺りの説明をしてくれましたからね。それでその出口なんですけど、…ダメです。抜かりなく固められています。」
「そうか…。」
何となく予想してはいたが、やはりそうか。恐らく非常とエントランスに面している正面の出口を押さえられればこのホテルは脱出不可能だ。ここの場内地図を見た限りでは断言できる。
「です…、こ…はて…、ふた…です。」
雨脚がさらに強くなったのだろう、彼の声が聞こえずらくなった。だが、
「今しがたそっちの声が拾いずらくなったが、要は非常出口は手薄なんだろう。」
ツー、トントントン。トン、ツー。彼は全てを察したのかモールス信号での伝達に切り替えた。流石だ。
「は、い、か。はい、だな。よし、それが分かっただけでも大きい収穫だ。とにかく非常出口からの脱出でいく。道鐘はその二人の注意をできるだけそいでいてくれ。」
しばしの沈黙の後、通話を切られた。どうやら決意したようだ。何とも勇敢な青年だ。
続いてep10も投稿いたします。順番ご注意ください