三人乗り
カランカラン。
「いらっしゃーせー。」
レジに佇む店員がよく通る声で話しかけ、続いて奥の方から呼応するかのように同じ言葉が聞こえてくる。…そういうの居酒屋だけではないのか。客の入りが少ないのだろうか。従業員が皆暇そうにしている。現在九時五十二分。確かに、朝食ともいかないし昼食ともいかない微妙な時刻なので客がいないのは納得だ。
「何名様でしょうか。」
「三名です。できればテーブル席で。」
すると店員は怪訝そうな顔をして小さな声で呟いた。
「いや、テーブル席しかないんですけど。」
「えっ。」
確かに店内はプライベートに区切られたテーブル席が所せましと並べられている。カフェや居酒屋なんかでは見ない光景である。私は内心唖然としていた。カウンター席同士での繋がり、何ていうものは将来廃れていく可能性があるというのか。トラブル防止には繋がるだろうし、衛生的にはこのようにテーブルごとに客たちを分ける方がいい。ただその合理的な面だけを求めてテーブル席の需要を完全無視するのはいかがなものだろうか。…また、考えすぎてしまったようだ。私が黙りこくっていると店員はしびれを切らしたように口を開いた。
「ご席へと案内します。」
結局手前に見えていたテーブル席に案内され、私たちは落ち着くこととなった。…それにしても空港近くに病院以外の大した施設がないのは考え物だ。それほどまでにこの辺りも復興が遅れているのだろう。そして案の定、客の状態ははいるにはいるといった程度だった。だが結果、混む時間帯になる前に来れてよかったといえるだろう。
「ご注文はいかがしましょうか。」
先刻のよく通る声の青年が訊ねて来た。少女は小さめのマルゲリータピザを、赤城青年は朝は食べて来たといいコーヒーだけを頼んだ。私は…、
「…なら、このかつ丼を。あ、大盛りで。お願いします。」
「ええ。マジですか、桐生さん。」
青年は怪訝そうな顔をしている。店員は注文確認し、さっさと下がった。
「なんだよ、食べちゃまずいのか。」
「いや、ダメではないんすけど…。ちょっと多くないですか。よく食べられますね。」
青年は、あれほどのことがあったのによくそんなかつ丼が食えるほどの食欲があるな、ということを言いたいらしい。
「食わん限りどうしようもないからな。ああ、安心しろよ。確実に食える量しか頼んどらんからな。最悪残ったら赤城君の口にぶち込む。」
「…いや、やめてくださいよ⁈何普通のトーンで恐ろしいこと言ってんですか。絵面ぁ想像してくださいよ!大柄な人が小柄な男の口に無理くりにスプーンぶち込んでる絵面を!惨たらしいっすよ、ほんまに。」
少女は笑っているようだ。
「すまんすまん。冗談だ。」
「冗談で済まさんと僕の命が危ないっすよ。」
私はつられて笑ってしまった。困り顔の青年もやがて笑った。そうこうしていると料理が運ばれてきた。
「いや、なおさらこんなことに付き合っている場合ではないだろう。」
「こんなことって、桐生さん。大変なことですよ。桐生さんも遥ちゃんも大変な目に合ったんですよ。それも現在進行形で。幸い二人が生きてるって知ってるのは僕だけだ。あの、ひ…と?にも頼まれましたし。僕に手伝わせて下さい。いや、手伝います、絶対に。」
困ったな。彼、赤城道鐘青年の話を聞く限り彼は、医者になるチャンスを棒に振ってまで私たちに付き合ってくれるというのだ。彼より七、八ほど上の私としてはそこまでして私たちに同行してくれたとしても彼に何の利もない。そんなことは自明の理だというのに、彼は頑強な意思を持っているようだ。とうとう断りきることができなかった。そして、当然のように行くことになっている少女、春遥に聞こうとしたんだが…。
「私も行く。絶対に。」
ちらりと彼女の方を見た途端にあまりしゃべり出なかった彼女は、突然口を開いた。こちらも強情であった。
「…春遥ちゃん、ほんまに大丈夫。」
青年は少女に優しく語りかけた。少女は可愛らしくコクリとゆっくりうなずいた。しかしその肯定は決して生半可なものではなかったのだ。…無謀であると思う。まだ社会を知らないこの二人とともに世界へ出ること。そしてその模範となる大人が俺一人であること。正直不安である。だが反ってノーということも安易にはできない。私が決めなければならないのに、口を開けることができない。二人も黙りこくっている。
「お皿…失礼します。」
店員がやってきて気まずそうに食器を片付けている。ということはそろそろ出なくてはいけない。長居しすぎた。
「あ、店員さん。お会計お願いします。」
「あ、はい。レジへどうぞ。」
「いこう。」
支払いを済ませ、二人を連れ立って店を出た。
「赤城君、話がある。」
少女が不似合いな黒財布を携えて自販機のアイスを買いに行っている隙に、赤城青年の方をたたいた。
「堅苦しいんで道鐘でいいっすよ。…それで、何ですか。話って。」
「うん…。」
赤城青年、道鐘は神妙な面持ちを崩さず話を聞こうとしている。
「彼女、春遥のことなんだが…。」
私は言い淀んでしまった。道鐘は私から目を背けすに次の言葉を待っている。
「恐らく何かに狙われている。」
「っ⁈」
道鐘の顔色が若干青くなる。恐らく私の推測と同じことが頭に浮かんでいるだろう。
「それはっ、彼女から…。」
「ああ、そもそも彼女は今はそうでもないが何かに追われているかのように怯えて、不安そうな様子だった。これが彼女自身の自作自演でない限り…。」
「恐ろしいことですね、これは。」
「…その通りだ。」
なんせその何者かは春遥を確実に始末するためにあんなものまで用意している。だが、そこまでして彼女を殺す目的とは何か。
「…そいつら、集団かどうかはわからないが、彼女を狙う何奴かは、なぜそこまでして彼女を狙う必要があったのだろうか。」
「えっ。それは…。」
道鐘は考え込んでいるようだ。だが、考えられる理由は多くはないにせよ、かなりある。少し考えたところで確定はできない。
「そうですね、桐生さん。今ここで詮索しすぎるのも返って不安な気がします。身を落ち着せんとこの話はまだ早いかなって。」
確かに道鐘の言う通りだ。あまり性急すぎるとかえってまずいことになる。この話は一旦置いておくとするか。
「な、春遥。」
私の背に隠れていたらしい少女にそこにいるだろうと思い話しかける。
「んっ。」
案の定おどろいた、とわんばかりの返答が聞こえた。眼前の道鐘もしまった、という表情をしている。
「いやね、道鐘が『やっぱり腹が空いて仕方がないから、近所のラーメン屋行きましょう。』っていうんだよ。しかもそこの超大盛に挑戦するって。そりゃいくら若いお前でも厳しものがあるだろう。しかもまだ十一時にもなっていないのに。」
「へ。」
やはり道鐘は唖然としている。しかし春遥は…。
「ふふ、お兄ちゃん思ってたよりも無茶苦茶なんだね。面白い。」
ウケてる。先刻もそうだったがこの子も少しづつ慣れていっているようで、少し安心した。
「あっ、ああー、うん。そうやね。でもやっぱり、そのお店ここからちょっと遠いからまた今度にするわ。」
「なんだー優柔不断め。まあ確かに今日の宿を求めに行ってからの話でもあるしな、そりゃ。」
そういって私は無理やり話をすり替えた。
「それじゃ、いこうや。」
三か月ぶりです。ワシです(汗)。その謝罪がしたかっただけです。すみませんでした。…以上です、はい。それでは、また…。