表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天啓  作者: ワシの中のシワ
立志編
20/24

前夜

「はっ。」

気が付くと三人の心配げな表情が見えていた。

「桐生さん、どうしたんですか。」

「あ、あぁ。い、今何分くらい気を失っていた。」

「え、誰が…。」

「私だ。」

私は両手で己の顔面を擦った。

「えーっと、急に黙り込んでその後何かに気づいたみたいやったんで、あの短時間だけ気を失ったとは分かりませんでした。本当に気絶してたんですか。」

「いや、…そうか。違うな。先ほどまで『天使』に呼ばれていた。」

三人はそれぞれ違った表情を私に向けた。

「呼ぶことが、できるんですか。」

「恐らく。道鐘が見た奴は春遥の現世での肉体を間借りした状態であったようだが、恐らく本体のようなものがあちらにあるのだろう。さしずめ私は其処に三回呼ばれたようだな。」

「なるほど。」

「あれ、そのときの天ちゃんの体は…。」

「…っ!春遥だ。」

盲点だった。春遥の声がなければ気付けなかった。あまりに自然すぎて。

「春遥、よく気づいてくれた。ここで奴の確固たる矛盾点を発見することが出来た。…言い方が悪いが、奴が春遥の体を運用する際には二人の魂を同居させる必要がある、だよな。」

春遥は私を見たまま首を傾ける。

「しかし、計二回、その条件を満たさずに奴は私の前に現れて見せた。ここに何か穴がある可能性はとても高い。問い詰める必要がありそうだ。」

顎を触る。かすかにざらざらしていた。

「兎にも角にも、蓬田君。君に伝えるべきことが三つある。覚悟して聞いてくれ。」

私は天使からの啓示をそのまま彼に伝えた。


             ****


 眠れない。眠れるはずがない。蓬田に対する疑念が未だ晴れない自分に嫌気がさしている。桐生さんたちには言ってなかったが、彼は高校からの友人だ。親友とは言ったものの彼らの認識では、せいぜい二年足らずの付き合いでしかないと思われているだろうが、そんなことはない。だがらこそ普段の自分を早く取り戻さなければ。言い訳している場合じゃない。僕はリビング(?)へと向かう。

 彼は、桐生さんは自分から進んでソファを選んで横になった。毛布も掛けずに。僕は決して起こすまいと、忍び足で部屋を脱したのだが…。

「あれ、桐生さん。」

辺りを見回す。少し暗くて見えずらいが、人がいる気配は全くしない。恐らくトイレに立ったのだろう。

「…。」

僕は彼から逃げるようにシャッターを上げた。すぐ帰ってくるし、カギは開けたままでいいだろう。


 コンビニがすぐ近くにあるのは分かっていた。とはいうもののあまり行ったことはない。

「ぃっっしゃぇー。」

軽快なBGMと限界そうな店員のあいさつに迎えられて中に入る。すると奥の飲み物の陳列棚を睨む桐生さんを見つけた。

「桐生さん。」

近くに行って彼に声を掛ける。

「道鐘。お前も夜更かしか。」

「ははっ。そうです。」

「早起きなんだぜ~明日は。起きられるかぁ?」

「な、舐めんじゃないですよ。」

「ははっ。」

彼は取りずらそうに下段のサイダーを手に取り、扉を閉めた。

「道鐘はなんか買うのか。」

「ああ、アイス買いに来ました。」

「ほぉーん。どれ?」

冷凍ケースへ眼をやると、定番のアイスが並んでいた。

「やっぱこれすね。」

「定番中の定番だな。」

「やっぱ棒状の奴は食いながら運転できるからいいですよね。」

「…バイクを?」

「はい。」

「死ぬぞ?」

「そうですね、冗談です。」

「なんや、ビビった。お前の冗談はマジでどっちか分からんけんやめてくれ。」

「どういうことですか。」

彼がレジに向かっていったので、僕も付いて行った。

「いや、冗談なんか言えるたちやとは思わんかったんよ。」

「ええー。そうですか。」

彼は、ごく自然にペットボトルとアイスをレジ台に置いた。このタイミングで僕がうだうだ言っても迷惑になるだけなので、今回だけ彼に甘えることにした。

「…ああ、それと。すみません。え、え、と。ああ、あった。二百二番のたばこを一つもらえますか。」

店員は振り向き端の方にあるたばこを手に取り持ってきた。

「年齢確認お願いします。」

「ほい。」

「はい、はい。おっけです。お会計三点で千六十九円になります。」

「タッチ決済で。」

「はいー。こちらお願いします。」

ピピッ。

「レシート大丈夫ですか。」

「ああ、結構です。」

「ありがとうございます。またお越しくださいませ。」

「どうも。」

僕はアイスをもらい、外に出た。


「桐生さん、たばこ吸うんすね。」

「いや、禁煙してたんだ。」

僕は手前の車止めに座り、アイスを食べていた。彼はというと灰皿の近くで青いライター片手に煙をふかしていた。

「それが、途端に吸いたくなってな。誰にもばれないようこっそりと吸おうとしたんだがな。」

「ありゃありゃ、僕に見つかってしもたわけすね。」

「そういうこった。」

もう溶け出している。慌てて手を出した。

「っとと。あぶね。」

「ナイスキャッチィ。」

どろりと溶け落ちたアイスを口に押し込んで僕は彼に尋ねた。

「ずっと聞きたくて仕方がなかったんですけど、その、桐生さんって社会人ですよね。し、お仕事とかって今は…。」

「んん。ははっ。君にそんな心配をさせてしまうとはな。そもそも、私はある商談のために空港へ相手を出迎えに行ったわけだが、幸か不幸か、その商談相手にあの爆発の現場を見られてしまったみたいでね。まあ、流石にな、死亡したことになっているだろう。」

彼はおもむろにスマホを操作し始め、僕にその画面を見せた。

「その結果不在着信含め新着メッセージが…計三十九件。死んだっつーのが信じられないみたいやな。」

思ったよりもたばこの匂いはしなかった。風が強いからだろうか。

「そんだけ人望があるってことすかね。」

「いや、そういうわけではないと思うんだがな…。」

『…。』

恐らく二人ともきまり悪そうな顔をしている。もとい、顔に出してしまっている。なんか、話題…。

「道鐘。」

「あっ、は、い。」

ちょうど棒アイスを完食した折に、話しかけられ少し驚いてしまった。

「少し、うーん聞いていいものか分からんが、親御さんとかは友達とかは大丈夫なのか。私が言えたことではないんだが、もしものことがあったときのことを考えておかんと…。」

「大丈夫です。両親は他界しました。育ててくれた叔母も高校生になるころに認知症になっちゃって…病院に。それっきりです。なにも…。」

「なにも…?」

「いえ、独り言です。それに、大学で付き合いのあった奴なんて蓬田、廣田、松井、それにあと一人おったんですけど、この五人組で大体つるんどったから友達っちゅう友達はほんくらいしかおらんです。」

これは嘘じゃなかった。医学生なんて講義、実習その他諸々のやるべきことから完全逃避することなんて出来ない生き物だ。こんな感じで僕はなんとも思っていなかったが、桐生さんはなんだか思いつめた顔をしている。

「…悪いことを聞いた。」

「いえいえいえ!気にせんといて下さい。」

「…私の話をしてもいいか。眠かったら、聞きたくなかったら、ガレージに戻ってかまんから。」

「…いえ、聞かせてください。」

「そうか。私は父親と妹を失った。小学校に上がって少し経ったある夏の日だ。いや、もっと言うとちょうど二十年前の昨日。かなり早い時間帯の朝。瀬戸内海西部を震源に地震が起こった。」

彼は深く息を吐いてから淡々と語り始めた。やけに説明口調だった。

「それからは父方の祖父に育てられた。育てられたつっても、私が中学に上がるまでは武術の稽古ばかりさせられとった。あの老い耄れぇ、小学校いかんのやったら鍛錬しろって無駄に俺をしごきよって。」

そう、笑いながら言う。桐生さん。一人称が安定してないですよ。僕は心の中で呟いた。空港で初めて会ったときは恐ろしい、凄惨な現場を見ても全くもって平然としていて、その後も冷静に対処したりホテルから逃走するときも脱出までやけに鮮やかで、動揺を微塵も感じさせない程に完璧な動きをしていて。完璧な人間だった。春遥ちゃんも同じように思っただろう。だけどたまに、僕に身近な、桐生、さん(そういえば下の名前を聞いてなかったな)という人間に戻ってくれる。一人称がたまに「俺」になるのもそういうことなんだろう。

「どうしたんや、…はっ。いらんことまで喋りよったか俺。」

「ふふ、そうですね。おじいちゃんと仲良しやったんすね、桐生さん。」

「いやいや、マジであんじいさん、くたばるまで私に文句ばぁ言いよったけん。めっちゃ仲悪かったで。まぁ、そんなことはどうでもよくて、…母さんだな。道鐘の叔母さんに近しい状態なんだ。」

彼は唐突に声色を変えた。僕は思わず息を呑んだ。

「解離性同一性障がい。その半年後、診断書を爺ちゃんが私に見せてきた。」

多重人格や健忘などを発症する主にストレスを大きな起因とする精神障がいの一つ。

「爺ちゃんは何も言わずにこっとを見てくるから、てっきり爺ちゃんが病気になったんかと思ったんだ。だけど、重々しく爺ちゃんは口を開いた。[母さんは、重い脳の病気になった。]」

恐らくは、彼の父、妹。つまりお母さんにとっては夫と娘を失って…。

「そういう意味では、道鐘と一緒やな。」

「…ぁっ、ぉ、そ、そぉですね…。」

僕は、――僕は息が詰まって、うまく言葉にできなかった。

「…すまんな、長々と。んでも出発する前にゆっくり話が出来てよかった。恐らくこうやってゆったりできるのはそうそうないだろうからな。」

「そう、ですね。そうかもしれへんです。」

関西弁すらも怪しくなってきていた。

「そろそろ戻ろう。日付が変わってしまう。」

彼はそういうと、火をもみ消して灰皿に捨てた。僕はというと、アイスの棒を店内のごみ箱に捨てに行った。ついでに店内を一瞥すると店員が堂々とスマホを触っていた。

 その後、僕らは更けた夜の路を歩いて行った。昼間うるさかった蝉はどこへやら、代わりに鈴虫の鳴き声が響いていた。この数時間が最後の『束の間の休息』だったんだろう。


どうも、前回から一か月以上開きました。お久しぶりです。さて、今回とりあげた病気についてですが、知識が全くと言っていい程ありません。勝手ながらも、もし、誤りがありましたらこの作品を投稿後一か月以内に過去すべてのエピソードの校正(『天啓と大馬鹿者』に限ります)を行い、その時点で対応します。恐らくそのようなことはないと思うのですが、念のため先述の通り予定しておきます。次にあまり大したことない報告ですが、今回で立志編最終回となります。だからといってなんだっていう話ですが、これ以降話の舞台は大きく変わっていくはずなので、多少面白いと思います。(その分さらに投稿が…いや、頑張って見せます!)また気長にお待ちいただけると幸いです。長くなりましたが、それでは、また…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ