阿呆
私は蓬田君から許可を得てペンと何かしらの書類を手に取った。紙面をめくり、白紙の面に何となくで地形を書いてみた。
「うえぇぇ。すごぉ。まんま大阪ですやん。いや、大阪だけやなくて京都もこんな感じの形やわ。桐生さん絵ぇうまいんやな。」
「こんな、適当に描いた絵まで褒める必要はないぞ。」
「いや、ほんまですって。」
道鐘は言う。春遥も蓬田君もかなり簡略な近畿地方の地図を凝視している。
「あーまぁ、とにかくや、第一の爆破の後…。」
ふと、思い出す。あのやけに大柄な軍服。
『…消えてもらおう。』
あれは…何だったんだろうか。結局私は紆余曲折あって今生きてはいるが、ならばあれは幻覚か、夢か、なんせ私は粉砕され吹き飛ばされた岩と岩の間に挟まっていたのだが、あの時は周りは開けていた。と、考えるとただの夢だ。現実離れしすぎている。
「桐生さん?」
「あっ、ああ、すまない。まだ少し整理できていないところがあってな。だが、もう大丈夫。続けるぞ。」
私はペンを置いた。
「明くる日の八月三十日だな。何時頃目が覚めたか覚えていないが、目を開けるとそこは、…なかなか惨たらしい光景が広がっていた。私は岩に挟まっていたのだが、運よく潰されずに岩と岩の隙間から自力脱出することが出来た。その後、岩から滑り降りて何かできることはないかと辺りを見渡してみたんだが、そこで応急処置用の何やらを抱えて走り回る道鐘を見てな。見てくれは救急隊員ではなかったから確実に己の善意でやっているとしか思わなかった。というか、道鐘あの現場本職の隊員や救命医などの数が異常に少なかったような気がしたんだが、あれが普通なのか。」
「それがですね、実は近くの消防署や病院などからあんな現場にあたるような職員や隊員は出払ってしまっていたんですよ。」
「…なに。」
道鐘は続ける。
「あくまで後から聞いた話です。あの事件が起こった一時間が過ぎた頃です。いくら深夜と言え、そのころには出動要請、遅くとも通報が入っていると思うんですけどちょうど別の事件が管轄内で起こったみたいです。それも似たようなテロ行為です。」
「…その情報が正しければ、色々とおかしいところがあるな。」
「ええ。蓬田、松井覚えとる?」
「松井…、ああ、あいつから聞いたんけ。」
蓬田君は唐突に話を振られたが、即座に何かを察したようだった。
「ほや。大学の知人で松井っちゅう奴がおるんですけど、ええと、端的に言うとクラッカーです。」
「…まじか。」
ためらうことなく口に出したが、道鐘はその意味が分かっているのだろうか、いや分からないはずがない。それがどれほどまでに危険なことかよく理解しているはずだ。
「世間がイメージするサイバー攻撃を仕掛けるとか、個人情報を売って金を受け取るとかそんなんじゃなくて、何やらプログラミングとか使って廣田みたいに闇のある企業とか、個人とかの裏を暴こうとしてました。廣田と違って自分の個人情報は徹底してるらしくて、僕らもあいつの家分かんないですし、大学の外で何してるかも誰も知りませんでした。」
急に説明口調になったな。自分の友人のしていることを何とか正当化させようとしているのだろうが…。まあ、これ以上私は何も言うまい。
「とにかく、さっき言った情報は松井から得ました。こいつもどっかの誰かとおんなじで中々連絡よこさん奴なんですけど、あの事件の二日後に唐突に電話を鳴らしてきたんでびっくりしましたよ。やけど、あれ以来反応はなくて多分蓬田みたいに協力は見込めないと思います。」
そう言う道鐘の後ろで「わし?協力するなんか言うたっけ」みたいな顔をしているのがいるが、私は苦笑いだけしておいた。
「話がそれたんですけど、つまりだいぶ信憑性の高い情報やと思うっていうことです。」
「なるほどな。それじゃ、春遥。道鐘の言う“別の事件”を起こした人間は何だと思う。」
私が唐突に春遥に話を振ったのを見て、他二人は驚きの表情を見せている。しかし、この四人の中で唯一私の話を最後まで黙って聞いていたのは春遥だ。そしてその目は確実に私の目の奥を見ていた。十分期待できる。
「…えと、鵺だっけ私を追いかけてた人たち。その人たちか、牙鳥の人たち。」
「…そういうことになるな。」
やはりちゃんと分かっている。
「その後、まぁ色々あったな。春遥とそのお母さんを見ておくよう道鐘に頼まれ、春遥の体に時限爆弾が付けられていてそれを解除しようとしたが間に合わず、道鐘に春遥のお母さんを任せ…。」
「んん?あれ???えっ、ユーレイ?!」
蓬田君が春遥を見て叫ぶ。
「阿保、不謹慎やわ。」
道鐘が蓬田君の後頭部を殴る。
「いでぇっ。やってそうなるやん。」
頭を押さえ、蓬田君は涙ながらに訴える。
「桐生さん。」
「んん。」
唸り声が出てしまった。そう簡単に彼に全てを教えてよいものか。
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「やぁ。」
「…死ななくてもここに来れる、ということか。」
「まぁ、そうだね。確かに死んではいないが、現実世界の君は仮死状態にあるといっても過言ではないね。」
「なるほど?」
眼前に広がるのは鬱陶しいほどに穏やかな例の花畑の様子。楽しそうなさえずりと静かなさざ波。花に止まる虫はかすかに、自分に付いた花の粉をまき散らしている。
「あー、ざっくり言ってしまえば魂だけを切り取った。そんな感じだね。厳密には魂など…。」
「何だって。」
「いや、最後のはどうでもいい話だ。」
奴は続ける。
「それで、ここに来た意味。君も勘づいているだろう。」
「…んん。期待しすぎだ。そんな一瞬で状況判断などできない。」
「そうなのかい。…いや、そろそろこの壁にぶち当たるころだろうなと思って呼んだまでだよ。」
「ああ、道鐘、春遥、私以外の第三者にお前の存在がばれることか。」
すると奴の顔、というか春遥の顔がむくーと膨れ上がった。不覚にも可愛いと思ってしまった。
「なんだ、分かってるじゃないか。君も意地が悪いね。」
「あ、ああ。いや、あの鏡についてそろそろ説明してくれるんじゃないかと。他にもこうやって呼べる回数とか気になっていることが多かったからなその辺の説明を期待していたんだが。」
「あー、申し訳ないけどその説明をしてる暇はない。とにかく蓬田紘馬に教えても構わない情報だけ君に伝えよう。」
お久しぶりです。一応生きてはいます。次話の方も鋭意創作中ですので、不定期でも全然OKと言って下さる方は是非次回もお立ち寄りください。それでは、また…。