血の匂い
部屋の中は鉄臭い、籠った匂いがした。
「ぁぁ…。」
驚嘆だ。少し狭く感じるその一室にはこれでもか、と黒、黒、たまにベージュ、緑で覆われていた。
「ガンマニアか。」
私も一時期友人とともにサバゲーに繰り出していた。フィールドで見た多種多様なモデルガンが数多ある。その光景に興奮を隠しきれなかった。
「実銃です。」
重厚感のあるスナイパーライフルに目を向けると彼は、おどけることなく淡々と話し始めた。
「ここんは全部実銃です。大戦の戦死者の遺品を横流ししてもろて、わしが全部使えるよう改造したんです。」
「…冗談か。蓬田紘馬君。」
しかし彼の顔はいたって真剣であった。春遥を見ると、やはり単純に兵器の姿形が恐ろしく感じたのだろう。縮こまって私の背に隠れている。確かに部屋全体が異質な雰囲気を醸し出している。
「それがわしの、今の仕事です。」
やけに広い荷台。人が乗る前提の空調システム。銃を運ぶついでに使う人間も載せると考えると、かなり整った車両であると考えられる。そんな可能性があるとは夢にも思わなかった。
「…つまり、道鐘の予想はあながち間違いではなかったということか。」
「違いますぅ。桐生さん方をどうにかしたいわけちゃいます。ただわしもアレに用があるんですわ。」
「アレ?」
私が聞くと彼は初めてその名を口にした。
「牙鳥です。」
かなり長い間話し込んだ。春遥の方をたまに一瞥したが、あまり分かった内容の話ではないらしくぼーっとしていた。本を読ませていた方がよかったか。
「わしが掴んどるんはここまでですわぁ。」
蓬田君の話にひと段落がついた。要するところには、こうだ。
①アレ、すなわち牙鳥は私たちを追ってきた謎の武力集団、それを取りまとめる組織
②何故か政府公認の組織であり、国民の秘匿レベルの高い個人情報や、政府の機密情報までも掌握
③蓬田君に仕事を与えたのも夜黒牙鳥に属する人間だ、という話
④そいつから聞き出したところ奴らのターゲットはやはり、私と春遥
①、②から分かる通り牙鳥は統率のとれるまとまった組織だ。無論、リーダーもいるだろう。私や春遥の個人情報を調達し、その移動ルートまでも追跡して見せたのだろう。国家の機密情報とやらがどのレベルなのか分からないが、防犯カメラなどを追われるともう、逃げようがない。しかし、一つ疑問がある。そこまで把握出来ているのならば、私たちが爆破に巻き込まれて死んだという情報も得ているのではないか。今までの小旅行で一つ確信したことがある。天使の『黄泉がえり』の力?には事実を捻じ曲げるという効果あるということ。翻って人々の認識に影響を及ぼすことが出来ない。証拠としては…。
「何か分からんところでもありますか。」
「えっ。」
私は蓬田君に言われてようやく気が付いた。
「いや、何か苦虫噛んだみたいな顔しとりますけぇ。」
「…ああ、そうだな。まずは礼を言おう。こんな情報を明かしてくれたのには相当な覚悟がいるだろう。」
一呼吸あって蓬田君から声が漏れた。
「えっ。」
彼は面食らった顔をしている。
「…んっ?」
「覚悟、ですか。」
「ああ、君も少なからず組織とのつながりがあるということだろう。そんな君から情報を漏らされたとなると君にも危害は及ぶのではないか。」
「…へっ。」
ぽかんとしている。おいおい。
「まじか…。」
私は目頭を押さえた。…蓬田君はあれやな。かなりボーっとしとる子なんやな。
「まぁ、それは置いといてェ。」
「いや、だめだろ。」
「いや、いいんすよぉ。三人とも大変やのに。わしのことまで考えさせたくないわぃ。」
道鐘みたいなことを言う。なるほど彼らは立ち振る舞いは正反対だが、優しい心根は似通っているんだな。類は友を呼ぶというが…。
「ほんで、桐生さん言おうとしてたんは何ですか。」
「あぁ、そうだな。あまり詳しいことは言えないんだが、私と春遥は死んだことになっているはずなんだ。」
「…んん。」
相槌を打っていた蓬田君だったが、怪訝そうな顔をしている。
「死んだ、はず?」
「…詳しいことは言えんがな、今は。」
「…まぁ、置いときましょー。」
私は春遥を見る。
「言ってもいいか。」
「…いいよ。」
わりかしすぐに返答が返ってきた。
「春遥と彼女の母親、英子さんは二人で牙鳥の魔の手から逃げてきたという。」
ここは牙鳥と、彼女ら皇族を追うような得体の知れない“鵺”が同一のものと考えよう。そうでなければかなり面倒なことになる。
「そこが問題なんだ。」
実際の問題点は違うが、ここはそう言った方が話がスムーズになる。私は続けた。
「彼らによって春遥に付けられた大型爆弾が炸裂し、私と春遥は間違いなく死亡した。」
「…。」
蓬田君は納得のいかない面持ちながらも話を聞いてくれている。
「だからおかしいんだ。なぜ死んだはずの私たちを追うことになるんだ。」
「…それは確かに。」
いや、自分で言ってようやく気付いた。あの爆破が“鵺”によるものであれば、牙鳥は私たちの生死を知る由もない。そう考えると、牙鳥と“鵺”が別組織である信憑性が濃厚になってきた。
「ほんでも、お二人が死んだことになっとるていうんが良く分からんですわ。」
「ああ。それはそうだ。そこで、多少の判断材料になり得る証拠を提示しよう。」
私はスマホのネットニュースアプリを起動し、彼に見せた。
「これは、その空港爆破の記事だ。」
「…ですね、丁度二日や。」
記事には彼の言う通り、二日前と書かれていた。
「ここに、爆破は二回と書かれている。一回目は空港全体を覆うような大規模な爆発、二回目は多少小規模ながらも『建物一つ粉々にする爆発』。分かるか。」
「…分からんです。」
彼は正直に答えた。
「二回目の小規模な爆破でも建物一つ吹き飛ばす強さだったんだ。それなのに、これによる死傷者はゼロ。おかしくないか。道鐘曰く、実際には近くの病院には多くの死傷者が運びこまれた。その中には二回目の爆破に小さい女の子と長身の男が巻き込まれたのを見たという人が多数いたらしい。」
「…それはほんまですか。」
「道鐘の戯言でなければな。」
残念ながら、恐らくその可能性は限りなく低い。集団幻覚や、他の者による圧力でない限り。
「つまりは、世間では私たちが死んだと認識した人間がほとんどなのに対し、牙鳥とやらは私たちの生存を何故か知り得ていて、私たちが立ち入ったホテルにまで追跡してきた。私が疑問に感じたのはそこだ。」
他にも色々あるが、話疲れたし読み疲れただろう。一先ずここまでにしよう。
「…わしの友人、同じ大学で道鐘とも面識あった奴なんですけど牙鳥のこと趣味で追ってた廣田っちゅう奴がおったんです。」
「うん。」
「牙鳥っちゅうのは当時わしらは都市伝説の産物としか思っとらんかったんです。ほんでも廣田は真剣に情報を集めて…。」
「…うん。」
少し話しずらそうにしている。これは聞くべきなのだろうか。そう考えていると重々しくも蓬田君は口を開いた。
「夏休み明けのある日大学にこんなった。連絡もとれんくて、わしと道鐘はかなり心配しちょったんです。二週間ぐらいたった後、学食で飯食いよったらふらっと表れて言うんです。『あれは都市伝説じゃあらへん。あれは、本当の意味で神に近づくアレだ!』って。もともと変なことをいきなり言いだす奴やったんです。それでもその日は格別に様子がおかしくて、それでもわしらは根詰めすぎておかしなったわーぐらいにしか思っとらんかったんです。――次の日廣田は、川のほとりでびしょ濡れの死体として見つかったらしいです。外傷もなく、争った形跡もなく。遺書も見つからんかったようでした。」
「…言わんとせんことは分かる。」
廣田君とやらが牙鳥に消されたのかどうかは分からない。だが、蓬田君が言いたいのは牙鳥は思った以上に冷徹で、残忍な性格を持つ組織であること。
「…桐生さん。」
ズボンの布地を引っ張られ私は気づいた。
「どうした。」
そこには一層不安そうな顔をした春遥がいた。
「あの…。」
「大丈夫、大丈夫だ。…私たちは。」
これ以上不安を増幅させてはならない。春遥の頭に掌を乗せて、優しく撫でた。
「道鐘もじき返ってくるはずだ。懸念点は数えだしたらきりがないからな。今度はその打開策について考えていこう。蓬田君も良かったら参加してくれ。」
「…分かりました。」
「そろそろ帰ってくるんじゃないか。」
すると、ガレージの前でバイクの軽快なクラクションが鳴らされた。
「ビンゴ。」
「シャッター開けてきますわ。」
「頼む。」
少しして元気そうなエンジン音が聞こえてきた。