鉄塊
春雨を啜った。
「うん、いけるな。」
「お、うまいすかぁ。」
春雨と豚肉とレタスをお中華風に炒めた料理をガレージに来て早々、夕飯として蓬田くんが用意してくれた。そう、時刻は十八時が近いのである。
「味付けがちょうどいい。辛すぎず薄すぎず、丁度いい塩梅だ。」
「…桐生さん、マジっすか。」
「…。」
道鐘と春遥に怪訝な顔をされ、私は固まった。
「僕これ初めて食うたけど、めちゃくちゃ辛いで…!」
「わ、私もぉ…。」
道鐘はまだしも春遥は涙目になりながら訴えている。
「蓬田ァ、これ何いれたんや?」
「…え、塩コショウに山椒、ほんで唐辛子を削って粉にしたやつ。後は色々と。」
「唐辛子いらんやろ…。」
道鐘のもっともな問いに、私は思わず笑ってしまった。
ガレージは思った以上に縦にも横にも広かった。巨大トラックがまるまる収まり、その駐車スペース以外にもキッチン、奥のトイレと別のシャワー室、ソファに壁がけのテレビがある居間らしき空間、そして階段を上るとどうやら二階は寝室になっているらしい。見てはいないがそこもさぞ効率的で快適な居住空間になっていることだろう。その下にも扉付きの部屋がある。そこが何かは説明されなかった。そこが少し気になったくらいだ。
「道鐘。」
バイクメンテに勤しむ彼を呼んでみた。
「どうしたんですか。」
「また、どうしてもお前とXSSに頼む形にはなってしまうが、給油してきてくれないか。」
「…わ、分かりました。下の燃料はまだ使ってないんで多分自走でいける思いますが…。」
「ああ。ただ、春遥を連れていく必要はない。」
「…。」
道鐘はやはりか、という顔をした後に顎に手を当て考え込んだ。
「…もし、僕の読みが当たってしまって、…考えたくないですが桐生さんが…。」
相変わらず「壁」の私を突き破られると…という話だろう。何だか少し、舐められていないか。そう感じ始めた。…この所まあまあ痴態を披露してきたから妥当かもしれんが。
「あまり任せられないかもしれんが、私自体はどうにでもなる体、なはずだから壁としてはかなり優秀だと自負している。春遥ひとりだけでいいなら守りきるんなんて造作もない。ぜひ任せてくれよ。」
蓬田君は先ほどの部屋に入っていった。春遥はやはりまた眠っているのかと思ったがガレージにある本を読んでいる。先ほど蓬田君には許可をもらっているようだ。二人とも私たちの話を聞いている風ではない。
「…まぁ、桐生さんならそう言いますよね。ほんま、僕ら出会ってものの一日も立ってないのにここまで桐生さんを信用できるとは思わんかったです。」
「信用、なのか。信頼は…?」
「ああ、してないです。」
「ひどっ。」
キュルキュルキュル、ブイーン。XSSの爽快なエンジン音が響いた。流石大型といったところか。
「蓬田ぁ。」
道鐘が叫ぶと、部屋の扉が開き汚れた作業服を身にまとう蓬田君の姿が見えた。
「二人になんかしたら…、どうなるか分かっとんやろな。」
「できひんよぉ、そんなこと。」
「ほやったらええわ。頼むで色々と。」
そうして私にも一瞥をくれ、フェイスシールドをおろしガレージを出て行った。
「ああ、ほや。桐生さん、さっきはなんの話しよったんです。」
先ほど扉から顔をのぞかせた蓬田君がこちらに歩み寄ってきた。何の作業をしていたのか、彼からは濃い硝煙のような匂いがしている。
「ああ、やはり彼は君のことを信用できていないみたいなんだ。なぜそこまで君に警戒する必要があるか分からんが、恐らく彼を通じて仲間になってくれた君にもし何かの魂胆があった場合、彼にも責任が発生してくると考えているのだろう。そんなことはないと思うんだがなぁ。」
一応、最後の言葉には二つの意味を孕ませておいた。私としても確かにここで警戒を解くわけにはいかない。
「…ですねぇ。」
その真意に気づいたのか、そうではないのか。蓬田君は調子を崩さずに、服に着いた黒い粉を掃っていた。
****
だいぶ日が傾いてきた。十八時頃だろうか。しかし、流石八月上旬といったところか。ほんの少しでも冷えたという感じはせずじんわりと蝕むような、包み込むような熱気があたりに漂う。
「急ぐか。」
信号が青に変わった。アクセルをひねり、クラッチをゆっくりと離す。燃料がほぼ空だというのに、彼は爽快な音をたて交差点を突っ切っていく。恐らく僕が急いだところでどうにかなるようなものではないが、僕の心は自然とざわめいていた。――ずっと嫌な予感がしていた。
****
「蓬田君。」
やることが無くなり、あまりに暇を持て余した私は蓬田君の居る部屋に声を掛けた。少し彼と話がしたいのと、部屋から聞こえる金属音が単純に気になったからである。仕事なのだろうか。
「はいはい、桐生さん。」
彼の作業着は先刻よりも黒ずんでいた。金属加工でもしているのだろうか。そう考えるとこのようなガレージをこさえるのも納得はできるが、個人でか?それとも趣味でか?他人の私が踏み込むべきことか分からず、一先ずそのことは喉の奥に引っ込めた。
「話がしたいんだ。出来ればあの娘も一緒に。」
ソファに姿勢よく座りながら相変わらず本を読む春遥の方へ眼をやり、蓬田君と目を合わせたが、彼は腕を組みながらこう言った。
「…わっ、かりました。ちょっと待っといてくださいね。中散らかってるんでぇ。」
私が頷くと、彼は扉を閉めた。私は春遥のもとへ歩み寄っていった。
「春遥、話があるんだ。少しいいか。」
彼女はどこから出したのか、クローバーが押花されている栞を開いているページに挟み、ブックカバーの施された本を机に置いた。
「…分かった。」
「桐生さぁん。いいですよお。」
部屋の方から気怠そうな声が聞こえた。
「いこう。」
「…うん。」
――ノイズ、走る。
『行くか。』
『…ぅん。』
鼓膜の奥から押し出されるように幼い二つの声が響いた、ような気がした。
「…桐生さん?」
「ああ、すまない。私も少し、疲れているみたいだ。」
「…ひどい顔。」
大丈夫だよ。と言ったはずなのに、音にはならなかったみたいだ。私は、何も言わずに春遥の手を引くしかなかった。
お久しぶりです。やはり、週一投稿は実生活に影響があったので今後も不定期になると思います。また再来週の金曜までには次話を投稿できると思いますので、気が向いたらまた読んでやってください。ああ、あとバイクの名前は適当です。実在しません。どんな感じのデザインかは今のところご想像にお任せします。(もしかしたら絵にするかも)それでは、また…。