あのヒ
道鐘お兄さんのご友人のヒロさん?が乗って来て下さった大型貨物車は、とても大きなものでした。私と桐生さんはとても広い荷台に案内していただきました。
「…よっ、と。ほったら先桐生さん入ってもらいましょか。」
「ああ…案外広いな。道鐘のバイクも余裕で入る。」
道鐘お兄さんが後ろから押して、桐生さんが前から受け止める形で私たちのために走ってくれたこのバイクを荷台に積んでいきます。ヒロさんは荷台の扉が閉まらないよう押さえていました。
「あの…」
私はたまらずお兄さんに声を掛けてしまいました。
「ん?どしたん?…あ、もしかして眠いん。」
「え、あの…。」
タイミングが悪くまた眠気が来てしまって目を閉じ掛けていたので、お兄さんに勘違いされてしまいました。私はただ少しでも手伝うべきことがあるのではないかと考えたのですが…。
「桐生さん。春遥ちゃん眠そうなんで先中入っといて下さい。後は自分やっとくんで。」
「ん、おお。わかった。蓬田君ありがとう、返すな。」
「いえいえ。後は赤城と何とかしますんでぇ。何か不便あったらスピーカーに話してくださいな。」
桐生さんはヒロさんに携帯電話を返してこちらに向かって来てくれました。
「すまん、すまん。待たせたな。ほな入ろか。」
そうして私と桐生さんは先に車の荷台に乗りました。
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「にしても広いな。」
私の膝の上で眠る春遥に触れないように腕を組みながら独りごつ。私はこの広さに違和感を覚えていた。道鐘の友人とあらば恐らく変な人間ではないだろうと安易に考えていたが、先刻道鐘が懸念したように何故このタイミングで私達の居場所を知って来たのか。その疑問の上で、なぜこれほど荷台が広いトラックを所有しているのか。先ほどそれとなく聞いてみたが、このトラックは会社の物のような共用のものではなく、完全に蓬田君個人の所有であるという。車両の値段は言わずもがなこれ程のものだとかなりの運転技術もいるし、特殊な免許も必要でなかったか。何者か。その疑問が彼への疑念を晴らしてくれない。そうやって私は一人眉を顰めていたが、突然蓬田君の言っていたスピーカーフォンからノイズ音が聞こえ、その後二人の声が続いた。
『あー、あー。聞こえますかぁ。』
『桐生さん、おやすみのところすみません。話まとまったんで、これからのことお伝えしときます。』
というか、こちらからの声は届けられないよな。そう思い、私は道鐘にスマホを使いメッセージを送り、返答することにした。
『…桐生さんからメッセージ…あ、そうか。あっちの声は拾えへんのか。』
『ほぉいやそうやったわ。桐生さん、すみません。』
私は「問題ない。」と返答した。
『すんません、それじゃこの形でお願いします。それで、今後なんですが…。』
『アトリエまであと三十分近くで着くう思いますぅ。平日なんが幸いでしたね。』
『着いた後、僕は春遥ちゃんと一緒に給油してきます。』
「なぜ春遥も?」と尋ねると次の返答が来た。
『僕はこいつはまだ完全には信用できないと思います。こいつのことをよく知ってる僕だからこそです。ですんで、桐生さんはこいつの監視をしてもらってもし、仲間とか呼ばれたり、桐生さんでも危険な状況になったら構わず逃げて下さい。そのまま僕らと合流して脱出しましょう。とりあえずはそれ考えてのことですね。何もなければ大丈夫ですが…。』
『ほんまこいつひどいですよね、桐生さん~。』
確かに蓬田君へのあたりが強いな。どうしたんだろうか、道鐘は。しかし、それとは対照的に私に信頼を置き過ぎではなきか?付き合いの長い蓬田君よりも、会って少しの私を信用するのはいかがなものか。
『...桐生さん?聞こえてますか。』
「聞こえているぞ。」と私は返した。
『桐生さんに異論無ければこの計画で行こう思うんですけど、どうですか。』
私は次の意見をメッセージにして述べた。
一つは蓬田君のアトリエに向かうことには異論ないこと。そしてその後の動向について、蓬田君含め四人で改めて計画を立てること。これは意思の疎通が現在やや一方通行なのに加え、春遥の意見も聞くべきだと考えたからである。また、追っ手の危険性を考えたがかなりの時間あのバス停に居て追ってくる影だに見えなかったため、撒いたと考えていいだろう。
この三点に目を通してくれたのか、彼らは次のように反応した。
『…分かりました。その方向で一先ず行きましょうか。』
『了解やで~。桐生さん、ありがとうございました。』
もう大丈夫か。そう分かった途端急減に眠気が蘇ってきた。
…目の端に、心地よさげな寝顔の女の子が映った——。
——冷や汗。額から流れきた。私は椅子に座っていた。膝には人の頭を乗せている。ん?いや、少し大きくないか。
春…遥だよな?確か、あの子の名前は。彼女にしては背丈の大きい大人の女性が横たわっているようだ。どういう状況だ。分からん。蝉の鳴き声が鳴り止まない。視界の奥がオレンジ色に染まっている。——そこで気づく。ここは昔妹と来た駄菓子屋だ。
「…は。」
私は茫然とした。意味の分からない情報の連続で処理が出来なくなっていた。夏のはずなのに、空気が凍り付いていた。
「ここは…、そんなはずは。」
ああ、夢だな。夢に違いない。——この辺りは高波に呑まれて、無くなってしまったはずなのだから。
さらに肌寒くなってきた。陽が傾いてきたのだろう。もはや夏の気温ではない。いつの間にか膝にのしかかる感覚が無くなっている。代わりに眼前に少女が立っていた。右腕が無い。そのうえで全身ずぶ濡れである。腕があるはずの穴からは透明な水が滴っている。目に光はなく、長い前髪の隙間からこちらを睨んでいるような気がした。
「はっ、はっ。」
胸が苦しい。手が寒さに悴んだように強張っている。先ほどの女性はどこへ行ったのか。私は気にすることも出来ず、私は眼前のか弱いはずの少女を見てなおのこと震えが止まらなかった。口を震わせ、目を震わせ、手を震わせ、いよいよ、体全体が震えだした。
「ん、あっ、んぁ。」
誰だ、と言いたくて、聞きたくて出たのは上ずった声。
この子が誰かなんて分かりきっている。テレビに写された目を疑いたくなる映像。ふとフラッシュバックしてきた。子供ながらも、今に鮮明に残るほど強烈に脳に焼きこまれた。
右腕だ。映し出されたのは傷まみれでぐずぐずの右腕。その腕には、買ってもらってからずっと嬉しそうにつけていた電子腕時計が巻かれていた——。
どうも、ワシです。謝罪もいちいちうっとうしいでしょうから、またの機会にいたします。先週分はお休みという形にして、先々週分で同時に投稿するはずだったep14を今回投稿いたします。また諸用ありまして今週分も多少遅れる可能性ございますが、何卒ご了承下さい。それでは、また…。(次回も少し暗めの内容かもしれません)




