アレ
「しくったね。」
素直にそう言わざるを得ない。どうしたもんかね。
「はやさん。」
奴は面倒を見ていたはずの後輩、立木。
と言うのも、二年前新たに入ってきたこいつはこの部隊の下っ端、それも雑用同然の働きしか出来んかったちゅうのに今回いきなり統率者の役に回されたようだ。ワシとともにそないな事を聞かされたときは顔を見合わせて驚いたっちゅーもんや、ホンマに。
「しくったです。ほんま申し訳ないっす。」
「ほんまやでたちぎぃ。ほんでもこれはワシの落ち度でもあるわ。」
まさかあそこから彼奴に逃げられるとは思わなんだ。その上、念のため用意したスナイパーに確実にヘッショ決めさせたっちゅうのに、そっから立ち上がりよったかんな。
「そもそも、ワシらにはどうしようも出来んかったんや。上司への報告はテキトーに、ナンカニゲラレタっちゅーことにでもしよか。」
まあ、作戦の成功とかワシに関係ないし。どーでもええんやけど。
「はやさん!テキトーこかんといて下さい。とにかく車で追わせとるんで僕らは報告いきましょう。」
あの山道で120キロオーバーのバイクに追いつくんなんか至難の業やし、そもそもワシらはいきなり蘇ったあれがなんか、詳しくは知らんのやけどな。
「今回の作戦は失敗だ。これより本部に帰還する。今後の作戦に参加するものはこちらでまた設定する。各自車両に乗り込み、運転役はこちらの合図で出発するので通信を待て。それと、今回狙撃手として参加したもののみこちらに残れ。以上だ、解散。」
ゾロゾロと、停めとる車に黒い影が乗り込んでいく。ヤニ飲みながらワシは柱にもたれかかっておったが、重装備二名が一瞥しながらこちらに歩いてきた。
「山本と相馬だな。」
ヘルメットのシールドを上げると、こちらも青年風の幼い顔と、シワの入ったゴツい顔が見える。こいつらもコンビらしいが、うちより長い。ほんでSatかナンカから流れてきたっちゅー話や。こっちは明らかに年から年中人手不足やがそちらはそないなことはないんやろうか。ワシは詳しいこと知らんがな。実は全く興味ないし。
「はい。」
「...。」
老人は答えへん。まぁ、気持ちわかるけどな。
「今回失敗した理由はなんやと思う。」
部活の顧問みとうな喋り方で立木は尋ねる。正直なんかキモい。さっきまではそれっぽかったんやが。
「それは...。」
青年は言い淀んだが、老人はいきなり饒舌に舌を回し始める。
「山本は確実に頭を撃ち抜いた。あの角度、距離、風速等天候状況で外すはずがない。自分なら確実に当てるし、この若いのも当てられるはず。それに、あんとき確実に手当たりがあった、だよな。」
「...はい。」
青年は今度はこちらを向き直し、間違いないといった風で答えた。
「そうか。」
立木は納得したふうに組んだ腕を解いた。まあ、納得するもなんも確実にアレは当たっとるかんな。疑いようがないわ。
バァンっっ。
ご丁寧に上げシールドの隙間から、積み上げてきた象徴のしわの寄った眉間を弾丸が通り抜ける。
「相馬さんッ!!!」
青年は流石っちゅーところか、一瞬で状況を理解する。
バンっっ。
しかしそれよりも早く立木の拳が青年に向く。...そして放たれる。2人とも即死みたいや。腕上げたなぁ。
「なんや、Satやなんや知らんけどあっけないなぁ。」
「...はやさん、この人らを埋めてくるんで少し待機してもらうよう言ってもらってかまんですか。」
「かまんよ。まかしとき。」
こいつは...眉ひとつ動かさずプロを二人も殺しよって。そのことにワシは喜びを隠せず、この後上司へのめんどくさ〜い報告があるのをすっかり忘れてしまっていた。
***
バイクを隠したは良いものの、これからどうしたものか私たちは非常に悩んでいた。そして相変わらず春遥は非常に眠そうであった。そして今日は非常に暑い。この非常事態ぶりがそちらには伝わっていることだろう。
「JAF呼びますか。」
「馬鹿三人乗りがバレたらあかんやろ。」
「え、大型やったら三人乗りええんじゃないんすか。」
「いかんわ。大丈夫か。」
もしや今までのは全て合法やと思ったったんか...。全く末恐ろしい。
それにしても、この辺りは車通りが極端に少ない。何故だか、やけに不安になってくる。嵐の前の静けさというか...。
「というか桐生さん。天使とは何か話したんですか。」
「おっと、そうだなその話をしておかねば。というか、私もしっかりと把握している訳ではないがな。」
「...さっきの鏡のことですか。」
「なんでわかったんだ?!」
相変わらず彼の洞察力は恐ろしい。というかそれで済まされるものなのか。まさに、「天才では片付けられない」と言ったところだが、...とっと、そうじゃなくて。
「とにかく、あの鏡は天使の働きかけによるものだと考えている。何か意味深なことを言われた記憶があるからな。不確かではあるが。」
名もやけに鮮明に頭に浮かんできた言葉を日本語にしただけのもので、今思い返すと、カガミ、ヤタノカガミ、八尺鏡、...。
「八尺鏡?!」
「ええ、そう言ってましたね。」
彼はキョトンとしている。それもそうか、確かにあまり知られていないかもしれない。
「三種の神器の一つで、非常に大きな対魔の鏡だ。実際にはあの程度の大きさではないはずなんだが。」
「え、三種の神器て。」
どうやらあまりピンときていないようだ。私も実はそうなのだが...。
「思うがままに、アレは通常ではあり得ないほどの強度を持つ、それか”弾く”力を持っているみたいだ。」
「...三種の神器。」
春遥が何か反芻するように言っている。
「どうした、春遥。」
「え。あ、あの神様のやつだよね。どっかで聞いたことあるかな、って思ったんだけど、どこだったけな、って...あっ、そうそう。お家にあるって叔父様が言ってたよ、確かに。」
「お家にある?三種の神器がか。」
模造品などを集めていたのか、春遥の叔父貴は。そもそも、三種の神器の贋作ってなんだ。神話上のもので概形が分かっているぐらいのあやふやなものではなかったか。
「私の家はテンノーケ?だからって言ってたよ。おじいちゃんが。」
『は?』
テンノーケ?てんのーうけ、天皇家?皇族?春遥が?は?確かに振る舞いがとても上品だが、だがらといって本当にそうか確証が持たない。実際本人もこの情報の重要性をわかっていない様子だ。眠いのかもしれないが。だが...。
「道鐘、私が良いというまで道路を見張っとってくれ。」
と、彼に伝えると彼は神妙な顔もちで道路に歩いて行った。
「春遥、とても無理なことかもしれんがお家のこと、少しでもいいから教えてくれないか。」
「...大丈夫だよ。」
少しあってから気丈に春遥は答えた。本当に大丈夫なのだろうか。しかし、これを聞かねば今後どう動くべきか考え直さなくては行けなくなる。彼女の発言に確証がもてないのだとしてもだ。表情は崩していないが、さっきから冷や汗が止まらない。三人とも汗びっしょりではあったが、私は特に背中が濡れ切って、冷え切っている。蝉時雨に負けないよう大人の端くれとして優しく問いかけた。
「君は何に何に追われておるんかな。」
どうもワシです。次回こそは期限を守ります。すみませんでした。それでは、また...。