夏の死
あ、こっちにも前書き書けるんですね(笑)。何せ初心者なので、まだ使い慣れていないみたいです。お許しください。今回は震災と戦争に対して人が何をできるか、というテーマの作品にしようと思っています。構想どうりに行けば、まだまだ続けて投稿できると思うので、まだまだ物語の序章に過ぎませんが是非お楽しみください。
白波は海を泡立て、やがて消える。気泡もぶくぶく、ぶくぶく、と己の存在を必死に訴えかけるように、しかし、はかなく消える。海鳥のはしゃぐような鳴き声が聞こえるが、大海原に響き渡る船笛の音にかき消される。忘れ物を取りに来たはずだったが、時すでにおそし、取りに来たものは欠片も残っていなかった。…線香のにおいが鼻に沁みた。おびただしい数の墓石が私を睨んでいる。実家で偶然見つけた高校生の時に随分とお世話になった音楽プレーヤーをポケットから引っ張り出す。外出するたびに連れまわしていたので、傷が目立つ。だがそれが一層、私に愛着感をわかせる要因となった。さらに、本当に求めていたものは、すでにここにはなかったことが分かったので、無機質なそれさえも、温かなものだと私に錯覚させた。そして私は、また、歩き出した。蝉しぐれを後にして。
船着き場に人はほとんどいなかった。いや、まあ、こんな島に――、と考えれば当然だろう。いるとすれば愛想の悪い受付の男、腰を丸めて座る老女、泣く少年とそれをあやす母親らしき女性だ。…喉が渇いた。私は傍らの自動販売機に手を伸ばした。大したものは売っていなかったので、私はおもむろにコーラを選んだ。硬貨が降り落ちる音がした。ひどく耳障りだった。そこで思い出した。引き戸が開かれる音。ぼろぼろで、スムーズに開くことがなくなった実家の玄関口。同じようにぼろぼろの顔をした母が言っていた。
「来年は必ず帰るんよ。」
お、…いや、私は何を言うべきかわからなかったが、できるだけ悲痛な顔をせず、
「勿論。」
とだけ答えた。もう、二度と、その家に帰ることはなかったが。
「本州港、本州港でございます。お疲れさまでした。またのご利用をお待ちしております。」
随分長かった海旅の終わりを告げられ、私ははっ、と目を覚ます。そしてふと時計を確認する。十八時半を指していた。ここから次の目的地までは一時間。そして約束の時間は二十時。うん、間に合うな。空気が入ったカバンを抱え、船を後にした。
空港のある都市部は思いのほか渋滞していた。赤く光るバックライトの列はかつてここにあったネオン街を彷彿とさせた。しかし、そんな様相は影も形を残っていなかった。あるのは橙の色味を帯びた、禿げ切った地面と、申し訳程度に舗装されているアスファルトだけである。進むと車体が小刻みに揺れて、前の車も運転しづらそうであった。申し訳程度だったのは家や建物もおなしで、あるといえばある、ないといえば、ほとんどない。…実際その程度だった。
目的地の空港に、やはり三十分早く到着し、手持ちぶたさに空港をぶらぶらしようと考えた。辺りはすでに暗くなっていた。――突然、何かが焦げる音がした。その瞬間は、どこかの畑を焼いているのかという、平和じみた予想をたてた。この時間帯にやることではないと、次に考え、ようやく脳味噌がアラートを出したころ、落ちてきた――。
眼が白い光に覆われ、何が何とわからぬまま次には視界は暗闇に覆われていた。夜の闇とはまた違う漆黒。不意に心細さを感じるような、あの暗闇。
「う、うう。」
耳鳴りがする。あれの炸裂する音に耳を焼かれたようだった。腹と背中を一体化させられる重圧感を苦しく感じはじめようやく、瓦礫の隙間から這い出た。そしてまたも目の前に広がるのは暗闇であった。今度は正真正銘夜の闇であった。しかし、砂埃が舞、視界はなおもひどいものであった。口の中は血の味がしていた。実際は血を吐いていた。目の前が真っ赤になっていた。実際は血涙を流していた。背中が氷ついたように冷たかった。実際は冷や汗でグショグショであった。
脳味噌を洗濯機に放り込み、洗剤でぐるぐるぐる洗浄されているようだった。確かに気分は悪かった。吐くほどではなかったが。
焦点の合わない目に、三つの人影が写る。真ん中にやけに派手な軍服を着た男、と思われる者。その右にタイトなスーツと、眼鏡を携えた女、と思われる者。逆に左には、同じくスーツを着込み、やや遅れ気味にこの二名を追う女、と思われる者。私の本能は彼らを侵略者ととらえた。しかし、なすすべはなかった。軍服は私を見下ろし、こう言った。
「…消えてもらおう。」
記憶ではここまでだった。
記憶が洪水のように流れていく。決して楽しい記憶ではなく、冷や汗が止まらなかった。そしてふと気が付いた。これこそが走馬灯なのだ、と。幼少期の記憶は、さすがにもうほとんどないが、波に流された記憶が押し戻されていく。忘れ去ったはずの過去の記憶が…。
再び目を開けると、そこには青々とした快晴模様。明けてしまったようだ。しかし、何やら焦げ臭、い?そうして起き上がると、そこにはおぞましい光景が広がっていた。大量の死体。ほとんどは形が変形し、元が人間だったとは思えない肉の塊と化していた。…やはり、昨晩の出来事は夢ではなかったのだ。その事実を最早受け止めるしかなく、私は岩肌を滑り降りていった。
「ん、しょと。」
岩を下り終えると、志あるものが数名、自分の状態を顧みずほかの怪我人の手当てや邪魔な岩や、建物の残骸などの撤去を行っている。その光景に私は勇気づけられ、救急箱を片手にあわただしく走り回っている青年を呼び止めた。
「何か手伝えることはあるか。」
すると青年は余裕がないものの安心した顔で、
「助かります。さっき回ってきたところで、あそこに十~十一歳くらいの女の子が足を負傷してます。この子に関しては止血してるんで問題ないんですが、その子の母親らしき三十代前後の女性が重体です。意識ありません。女の子が心臓マッサージをしてくれてますが、彼女もかなり疲弊してます。貴方自身の体調も適宜鑑みながら母親の心臓マッサージをお願いします。ほかに酷い方がおられんかったらそっちにすぐいきますんで。」
彼が指さした方に懸命に心臓マッサージを行う少女が見えた。
「わかった。」
すると青年は、
「あと、なんかあったらすぐ読んでください。俺、赤城って言います。医学生です。」
「なるほど、頼もしい。私は桐生だ。」
「桐生さん、よろしく頼みます。」
と、足早に次の患者へと走り去った。医者の卵ながらも、今の自分にできることを精一杯頑張っている彼の姿に、私は感銘を受けずにはいられなかった。
少女らの下へ向かうと少女は息をいらしながら心マを行っていた。私が近づくと、不審げではあるものの、安心した顔を見せた。
「よく頑張った。あとは私に任せろ。」
そういうと私は彼女の横から割り込み、心マを始めた。
「一、二、三、四、五、六…。」
一定数繰り返し、休憩をはさむ。その傍らで見守っている少女も息を切らしていた。落ち着かないのかその場所をオロオロ、うろうろし始めた。
「君も軽傷ではない。安静にしなさい。」
その言葉を受け、少女は静止したものの、言葉を投げかけられた勢いに、ビクッと反応した。少し語調が強すぎたか。なんせ、この年頃の子供と話すのが一番苦手なんだ。許してくれ、と心中で少女に謝罪しておいた。それにしても母親は目を覚まさない。こめかみから血があふれ出していた。恐らく強打したんだろう。アレの勢いは、起こした風圧はすさまじかった。無理もない。――いやな予感がしていた。気が付いた時にはその通りになっていた。さほど大きな音はしなかったが、私の脳内には落雷のような音が鳴り響いた。鮮やかな紅い血の色に俺は思わず彼女に飛ぶように駆け寄った。そして自分でも出したことのない咆哮のような大声を放った。
「死ぬなあぁぁー!」
お疲れ様です。いかがでしたでしょうか。ちょっと短すぎたかもです。物足りないと感じた方は、まだまだ続けていこうと思いますので、興味があれば、また是非読んでみてください。読んでくださってありがとうございました。