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第11話



「――いいですか? 惚れた方が弱いのは永久不変・古今東西・老若男女の常です。ですが()()弱いままというのは、あまりに切ない。……プライドが高く、当時幼い二人にとって到底許容できるモノではありませんでした」


 アレクサンダーはネリーの息子。

 ニナはラウラの娘。

 幼いなりに、母たちの資質を色濃く継いだ二人だった。

 その心情たるや推して知るべし。


()()()()先制攻撃とばかりに婚約破棄をちらつかせて、『僕は(私は)そんなにキミのことを好きじゃないよ』とアピールしたのだと思います。……彼らなりの自衛手段です」


 可愛いでしょう? とネリーは微笑む。

 男親二人は分かったような分からないような曖昧な顔をしている。

 アレクサンダーとニナは七歳にして『運命の相手』と出会ってしまった。

 分別ある年齢だったネリーとラウラですら初対面から(ののし)り合ったのだ。

 人生経験の(とぼ)しい年少の二人が内から溢れ出る感情を持て余した結果、婚約破棄を巡って戦うという少々派手な方向に(かじ)を切ったとしても誰が責められようか。


「――こうして二人はゲームを始めました」





「「――ゲーム?」」


 二人の声が見事に(ハモ)った。


「はい。『お願いだから婚約破棄しないで下さい』と相手に言わせた方が勝ちというゲームです。そうすれば自分の惚れた弱みを相殺(そうさい)出来る、と」


「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ローランドの呆けた呟きはギュンターも同じだったのだろう。

 二人とも縋るような顔でネリーを見つめている。

 彼女からすれば何を今更と言いたい。

  

 ――それならば、素直に好きと言えばいいのに。

 そうすればもっと穏やかな時間の中で存分に愛を(はぐく)めただろうに。


 男親二人がそう思っているだろうことは、表情から容易に窺えた。

 だけどネリーの中に、幼い二人を(さと)してその未来を与えるという選択など存在しなかった。

 こればかりは完全に彼女のエゴ。


「そもそも二人は本気で婚約を破棄しようなどこれっぽっちも思っていなかったはず。自分が勝者になったときは婚約破棄しないとの言質(げんち)も両者からすでに取ってありましたし。……ならば私は、あの二人が思いっきり戦える環境を作ってやるだけ」


 これは二人の未来を懸けた戦いであると同時に、ネリーとラウラの代理戦争でもあった。

 それを特別席で観戦するという至福!

 息子と娘が全力で戦う姿は、胸に熱く込み上げてくるモノがあった。

 

「――ゲームを成立させるにはルールが必要です。ジャッジも必要。だから私がそれを買って出ました」

 

 一線を越えたら注意する役。

 ……そして戦い方を教えてあげる役。  

 

「あの二人はただ『対等で幸せな結婚生活』を送りたいと、それを願って戦い続けてきただけ。……これがこの騒動の顛末(てんまつ)です」





「――惚れた弱みと言ったが、君の言うところの『視線でさんざんに殴り合って』きて、それでもあの二人は恋情を保ち続けてこられたのだろうか? ……愛想が尽きたりは?」


 ギュンターは変なところを心配するのだなと思ったが、これも説明不足だったかとネリーは反省する。

 どうやら根本的な部分を話し忘れていたようだった。

 彼女は「そもそも」と切り出す。


「貴方は嫌いな方――たとえば外交先のイヤミな男と見つめ合い、視線でだけで思いを伝え合うなんて出来ますか? 無理ですよね? 言葉もなく通じ合うというのは、そういうことですよ。相手のことを知りたい、もっともっと知りたい。自分のこともいっぱい知ってほしい。心の奥底にそんな相手への執着とも取れる『(ほとばし)る熱情』が不可欠です。……双方に」


 ラウラと自分の間にあったのはあの二人のような恋愛感情ではありませんでしたが、ときちんと念押ししてからネリーは拗ねたような微笑みで告げた。


「……私たちも二人して初対面のときから()()()()の繋がりを感じていました。それだけは天上の彼女に確認するまでもなく断言します。……ずっとずっと、それこそお互いが『おばあちゃん』になるまでこの関係が続くものだと、あの頃の私は……愚かにもそう信じ切っていたのです」


 ネリーは息が詰まりそうになり、慌てて深呼吸した。




 当時のネリーはラウラと彼女の娘を、王都で手荒く()()してやるつもりでいた。

 その趣向を夢想するのが楽しくて仕方なかった。

 可愛すぎる息子アレクサンダーを一目見たラウラは、娘の婚約者にしたいと言ってくるに違いない。

 そのときはまず過去の暴言をきちんと謝罪させ、そのうえで恩着せがましく婚約を認めてやるつもりでいた。

 その中で聞いた訃報。

 

「――身体が弱かっただなんて知らなかった。あんなにあっさり逝ってしまうなんて。……あの子はいつもそう。肝心なことは教えてくれない」


 だけど兆候ぐらいはあったはず。

 あれだけいつも近くにいたのだ。

 気付けなかったのはネリーの落ち度。

 視線だけで通じるラウラのこと。

 彼女のことは誰よりも知っていると、そう高をくくっていた。


「こんなことになるのだったら、無理をしてでもちゃんと会いに行けばよかった。……『ニナのことは私に任せなさい』って病床の彼女にちゃんと口で伝えればよかった。大好きだよって――」

 

 ネリーの頬にとめどなく涙が伝った。

 あのとき涸れ果てたはずの涙が。

 しばらく、彼女のすすり泣く声が部屋内に響いだ。





 ネリーが落ち着くのを待って、「しかし――」と空気を変える様に前置きしたギュンターが口を開いた。

 

「いくら君から派手にやっても大丈夫だと聞かされていたとしても、オーギュスト宮のシャンデリアはやり過ぎだろうに。本当にアイツは……」

  

 我が息子ながら理解に苦しむと、彼は顔をしかめる。

 対するローランドは噂を独占した例の派手な光景を想像したのだろう、『……見たかったなぁ』と小さく口にした。

 確かに派手な音とともに飛び散るガラスは、初めから落ちることを聞かされていたネリーの目にも衝撃の光景だった。

 あらかじめ落ちやすいよう細工しておき、アレクサンダーの合図を受けたケネスがナイフの鋭い一投でもって落とす。

 一つ間違えればニナもろとも死ぬところだ。

 結果としてはアレクサンダーのかすり傷で済んだ訳だが。

 相当練習を積んだことは想像に難くない。

 きっと二人の友情もより深まったことだろう。

 

「あの日落とされたシャンデリアは去年領地没収の命を受けたエーレン伯の王都屋敷からの払い下げ品ですわ。元々あの場所にあったシャンデリアは傷一つ付かないよう別室にて厳重に保管されていましたし、翌日にはきちんと元に戻されました。……当然これもお兄様から事前に許可を得ています」


 彼女がお兄様と呼ぶ存在はセカイでたった一人。

 つまり国王も仕込みに賛同した側だったということ。

 男親二人は顔を見合わせ、大きくため息を吐いた。




「――二人は()()()なのですね?」


 ローランドの問いかけに、ネリーは自信をもって頷く。


「はい。あの二人は私たちのときと同じように、ただ『じゃれ合っていた』だけです」


「「……じゃれ合う」」


 再び男親の声が重なった。

 確かにじゃれ合うという響きで済まされない騒動だった。

 兄である国王からもこっそり「……本当にこれぐらいで勘弁してほしいのだが」と泣き言を貰うほどに。

 それでもネリーにしてみれば、自分たちの()()をも乗せた戦い。

 もっともっと派手にやってくれても良かったとさえ思っていた。


「きっと二人はこれからも『離婚だ』なんだとやり合うでしょう。ですが、それも彼らにとっては夫婦円満の秘訣。……昔から言うでしょう? 夫婦ケンカは犬も食わないって」


 少女のような無邪気な微笑みを浮かべながら歌うように告げるネリーに、男二人は『……まだ続くのか?』と同時に肩を落とすのだった。





 



次話、エピローグです。

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