流され星に願いを
流れ星にはいくつもの逸話があります。
日本であれば"流れ星が消えるまでに願い事を三回唱えれば、願い事が叶う"が有名でしょうか。
それはクリスマスまでもう少しと言う寒い日の出来事でした。
ここは日本のとある一軒家。
豪邸……とまではいかなくとも見る人が見ればきっと裕福な家庭なんだろうなと思えるのでしょう。そんな家に僕は住んでいます。
僕の両親は職業柄とても忙しく、殆ど夜は一人で過ごしています。
お手伝いさんが一緒に居られるのは夕食時まで。昔はもう少し遅くまでいてくれましたが、僕ももう十歳。
両親の方針により今の状態になったため、夕食後はいつも一人です。
現代社会において夜に一人と言うのは珍しいかもしれません。スマホがあればその場に居ずとも友達と遊んだりお話が出来たりします。
ですが僕には友達がいませんでした。
性格に難あり? いいえ、両親の躾の賜物と言うべきか、礼儀正しく品行方正に育っていると自負できます。
強いて言うならば子どもらしくない性格とでも言うべきでしょうか。
習い事の数々に勉学。級友の話を統合すると一般家庭からすれば過剰教育ではと思えるとのことですが、僕からすればそれはさほど苦ではありませんでした。
ですがその反面同年代と過ごす時間はほぼなく、周囲にいるのは大人たちばかり。
結果、僕は子ども社会において大人びた性格であり、他の子達からは敬遠される存在となってしまったのです。
こうして自己分析をするあたり、自分でも子どもらしくないという自覚はあります。
ですがやはりいくら大人びた性格や思考を持っていたとしても、僕はまだまだ子どもだなと思うこともあります。
皆と遊びたいという欲求は我慢できます。ですが友達が欲しいと言う願いは随分前から胸の内に秘められていました。
「……皆は何をしてるのでしょうか」
窓から外を眺めていたら自然とそう言葉が漏れてしまいました。
視界の先、家の外には各家庭から漏れる窓の光。家族の時間を過ごしている家もあれば、友達と遊んでいる家もあるのでしょう。
最近では学校の級友たちが話す遊びの内容が理解できなくなって来ていますが、何となく皆がそれぞれの家に居ながら遊んでいると言うことは分かっていました。
遊ぶと言う行為も友達あってのものだと思います。もちろん一人で遊べることもありますが、やっぱり皆で集まってこその遊びではないかと思っています。
ですが今の僕にはその友達はいません。
改めてその事実にはぁ、とため息が零れ、目の前の窓を一部が白く染まりました。
(無い物ねだりしても仕方ないですね……)
今日はもう寝ることにしましょう。
そう自分に言い聞かせカーテンを閉じようとした正にその時でした。
「あ……」
ふと目に映るのは夜空に光る一つの星。それが動いているのが見えたのです。
"流れ星"。
その瞬間、頭で考えるより早く両手を合わせ目を瞑り願い事を三回唱えます。例え今からでは間に合わないと頭の中で分かっていても。
(お友達が欲しいです。お友達が欲しいです。お友達が欲しいです)
そうして願い事を言い終え目を開けると、何故か窓の外には車のヘッドライトもかくやとばかりのまぶしい光。
反射的に目を瞑りそうな光景でしたがこの性格のせいでしょうか。何故か心は冷静であり自然と次の行動へと移すことができました。
「よいしょ」
良く分からないけど何かがこちらに向かっています。
そう判断し窓を開けた直後、その光は僕の部屋に飛び込んできました。
勢いそのままに大音量と衝撃をまき散らしながらもなんとか止まった光る何か。徐々に光度が落ちていくソレと部屋の有様を見て思わずこう呟やかずにはいられませんでした。
「とりあえず部屋の片付けからですね」
◇
あの時飛び込んできた何かが徐々にその光を落とすと、そこには上下反転した状態で壁にもたれ掛かる一人の男性が現れました。
もちろんこの人は知らない人です。父親でも無ければ一足早いサンタさんでもありません。
何せその姿は一般的な日本人の恰好とは遠く、強いて言えば昔の和装に近いとでも言えばよいでしょうか。もしくは中国系……?
とにもかくにも特徴的な服装ではありましたが、それ以上に特徴的なのがその左頬に浮かぶ真っ赤な手形。
僕から見てもカッコイイ人であると感じられる顔も、その季節外れの紅葉のせいでコミカルな三枚目に映ってしまいます。
いえ、今の彼の体勢が愉快な状態のせいかもしれません。
ともあれその姿をしばし眺め冷静に考えた結果、まずは男性を床に寝かせることにしました。
普通ならば怪しさ全開の不審人物ですが、真に怪しい人はあのような目立つ現れ方はしないだろうと結論付けた為です。
更に言えばこんな性格の僕ですが、同時に目の前の不思議な現象に心を動かされたりもします。
きっとこの人はあの流れ星に違いない。そう考えるぐらいに神様も迷信も信じるお年頃なのです。
ただそれ以外にこれだけの騒ぎで近隣住民もセ〇ムも反応しないのは何かしらの不思議な力のお陰なのだろう、と冷静に判断するぐらいには現実も見ていました。
そして部屋の片付けを済ませた頃、ようやく男性が目を覚まします。
「うぅん……」
「大丈夫ですか、お星さま」
頭を振り周囲を見渡す男性ことお星さま。
その後ここはどこだー!と慌てていましたが、落ち着くのを待ち事情を説明するとようやく現状を把握してくれました。
「なるほど、つまり少年は俺っちを助けてくれたってわけだ」
「いえ、窓が割られるの嫌でしたので開けただけです」
「助けられた恩義は返さなきゃ男が廃るってもんだな! いいぜ、何でも願いを聞いてやろうじゃないか!」
「いえ、ですから窓を……何でも?」
ビシリと僕の感性では良く分からないポーズをとるお星さまでしたが、出されたその言葉に思わず反応してしまいます。
こちらの様子を見たお星さまはしたり顔をしていましたが、すぐに明るい表情に戻ると僕の頭をポンポンと撫でました。
「おう、何でもいいぞ。あー、でも難しい願いは半年ちょっとばかし待ってもらうけどな」
「そうなのですか? 何故でしょうか」
「お願いパワーが溜まるのがそんぐらい後なんだよ。まぁ大人の事情ってやつだ」
良く分からないけどそういうものなのでしょう。お星さまの世界にも色々と制約があるようです。
ともあれ降って湧いたこのチャンス。何を叶えて……なんて考えるまでもありません。
先ほど僕はお星さまにその願いを言っていたのですから。
「それでは、僕のお友達になってください」
◇
友人と言う物は対等であるものだ、とお星さまは言いました。
この対等とは職業や性別、年齢を超えた関係であるもんだぜ、と言うその笑顔は僕にとっては非常にまぶしいものでした。
だからこそ僕は分かりましたと即答し……その数分後に少し早まったかと後悔をしていました。
何故ならお星さまは対等の立場と言うことで日頃の愚痴をこぼし始めたからです。
「でさ、りっちゃん酷いのよ。そりゃ俺っちだって頑張っちゃいるんだぜ? でも年がら年中労働労働……やってられるかってーの!」
「大人って大変なんですね。分かります」
「分かってくれる?! そっかー、お前は良い子だな。きっと将来は俺っちみたいなイケメンな男に育つぜ」
「でもお仕事をサボるのは良くないと思います」
「アレはサボりじゃない。休憩、きゅ・う・け・い。おぅけぃ?」
どうやらお星さまは日頃牛を飼うことを生業としているようでした。恐らくは畜産業の方なのでしょう。
しかしその労働環境はいわゆるブラック労働と呼ばれそうなもの。
子どもである僕の目からしても明らかに働きすぎであることが感じられます。
しかしそれはそれ、これはこれ。サボりは良くないと言いますが、お星さまはサボりではなく休憩であると強弁します。
「つまりお星さまの奥さんにサボり……休憩しているのを見られてしまったんですね」
「そう、そーなんだよ! つーかりっちゃんがこの時期に俺っちのとこ来るなんて予想外もいいところでさ。『あなた何サボってんのよー! ひー君のバカァー!!』ってバチコーンよ。まだ痛ぇし……」
「くっきりと跡が残ってますもんね」
その頬には未だ消えることのない見事な紅葉の跡が残っています。
手形そのものはそれほど大きくはありません。ですがそれなりに体躯のあるお星さまを以てしても未だにダメージが残るなんて、奥さんのりっちゃんはきっと腕っぷしが強い方なのでしょう。
「奥さんは剛腕の方なのですか? 肉体労働をされている方とか」
「うんにゃ、機織り」
「……旗を折るお仕事ですか?」
「いや、布を織る仕事だな。しかもそれ食らった場所が運悪く川の近くでよ。叩き込まれて流されてあれよあれよと言う間にここに落ちたってわけだ」
そして流れ星となって僕の部屋に飛び込んできたそうです。
「その、奥さんのりっちゃんとは仲が悪いのですか?」
「は、バカ言え! 世界で一番ラブラブな夫婦だと自負出来るぜ! まぁ基本別居状態なんだけどよぉ……」
「それは仲が悪いのでは……」
「仕方ねぇんだよ。昔お義父に二人揃ってこっぴどく叱られちまってさー。こんだけラブラブな夫婦に対して会うのは年に一回って約束なんだよー……。でもさ、やっぱこれってヒドくね?」
「確かに年に一回は辛いですね……」
「だろ! 普段は働け、年一の熱い逢瀬すら願い叶えろの大合唱!! 俺っちとりっちゃんはどこで休み愛を育めと!?」
ヨヨヨ……とベッドにしな垂れるその姿は彼の気持ちを十二分に表しているのでしょうが、筋肉質の大の大人がすると中々シュールな光景でもありました。
そんな彼の頭をよしよしと撫でながらとりあえずは慰めてみます。
「つってもここで長居するわけにもいかねーしなぁ。下界降りってか流されて落ちてきたとは言え、それこそサボりって見做されてもしかたねーし」
しばらく撫でられていたお星さまも色々と吐き出して落ち着いたのでしょう。僕に礼を述べながら立ち上がると、体をほぐすように軽く腕を回し始めました。
「ふぅ、ちっとはすっきりしたわ。ありがとな、そろそろ帰るわ」
「いえいえ、どういたしまして。りっちゃんと仲良くしてくださいね」
「おぅ」
そう言うと男性は窓を開けその縁に足を乗せます。
玄関から出ればいいのにと思いましたが、お星さまにはお星さまの事情があるのでしょう。
そのまま見送ろうと後ろ姿を眺めていると、男性は「あ」と何か思い出したかのように振り返りました。
「また来るかもしんねーけどいいよな。友達だもんな!」
「ぁ……はい!!」
その言葉に大きい声で返します。
そしてこちらの返事に満足したお星さまはニカリと笑みを浮かべると、落ちてきた時のようにその体が光りだしました。
「それじゃまたな!」
もはや完全に光る星になったお星さまは最後にそう言うと夜空へと帰っていきます。
僕はその光が見えなくなるまで冬の夜空をじっと眺めていました。
そして十分後。
「ひー君がここに来たことは分かってるのよ。さぁ、どこに隠したの?!」
部屋の中心で今度は見目麗しい女の人が仁王立ちしていました。
先程のお星さま同様に独特な服に身を包み、不思議な力で浮く背中の羽衣が目を引きます。
あの後、窓を閉めようとした僕の目が再び流れ星を捉えました。
それがまた狙いすましたかのように近づいてきたので、何か忘れ物でもしたのでしょうかと迎え入れたら現れたのが目の前のご婦人だったのです。
恐らくはこの目の前にいる人が『りっちゃん』でなのでしょう。
お星さまを追いかけてきたと考えれば納得のいく話です。
「えっと、あなたがりっちゃんですよね? お友達のお星さ……じゃなくってひー君からお話は聞いています」
多分りっちゃんならひー君で伝わるはずですよね。
「ひー君でしたら……」
「ちょっと待ったぁ!!」
ですが不意にりっちゃん(仮)はその先を言うなとばかりに手を突き出してこちらの言葉を遮りました。
一体なんでしょう、何かおかしなことでも言ってしまったのでしょうか。
「私のことをりっちゃんって呼んで良いのはひー君だけだし、ひー君のことをひー君って呼んで良いのは私だけなんだからーーーー!!」
……子どもの僕から見ても何とも可愛らしい理由でした。
パッと見は落ちついた女性なのに、口を開いたら印象が変わる人ですね。この辺りはお星さまと同じかもしれません。
似たもの夫婦と言うのでしょうか。
ですがこのままではお話が続けられませんね。
「それでは何と呼べばいいでしょうか。実はお二人の名前は聞いていなかったので……」
「あら、そうなの? ひー君のお友達なのに?」
「色々とドタバタしてお互いに言いそびれまして……」
なら仕方ないわね、と胸を逸らし得意気な表情を浮かべるりっちゃん。そのまま自身の胸に手を当てその名を高らかに告げました。
「私は織姫、ひー君は彦星よ! さぁ、貴方の名を言いなさい。そしてひー君がどこに言ったかキリキリと吐きなさい!」
これが僕とお星さまたちとの最初の出会い。
その後お二人には願いを叶えて貰ったり、たまに遊びにきて一騒動あったりするのですが、それはまた別のお話になります。