<第九話>
「そもそも、この事件にはおかしなところが多いんだよなあ」
フレイアは頭を掻きながら歩いていく。後ろから歩幅が小さなテクノが慌ててついてくる形だ。今、自分達が来ているのはアネモニ村があった場所である。既に警察の調査も終わって、封鎖は解かれているようだった。住む人間がいなくなった村は閑散としており、焼け焦げた家屋の残骸があちこちに転がるのみである。
まるでその一角だけ、不自然に焼かれたような痕だった。村は、東西南北のうち南以外を森に囲まれた立地に存在している。ゆえに、放火などしようものなら、本来は大きな山火事になっていてもおかしくないはずだった。
つまり、これは焔をコントロールできる犯人であったということ。放火は、魔法で行われたのだ。魔法による焔ならば、対象を限定することもある程度可能である。森の木々に燃え移らないように、調節することもできるというわけだ。まあ、トリアスは魔王職であり、さらに言えば物理よりも魔法が得意なタイプであったのは間違いない。彼が犯人ならば、村だけ焼いて逃走することは実質不可能ではない、のだが。
「村人の遺体はどれも焼け焦げてたけど、刃物で刺した跡が残ってたって話だよな?」
「そうですね。刃物で死傷した後、村全体に放火したものとされています。村人は首や背中や腹などを鋭利な刃物で切られて絶命、あるいは動けなくなったところで焔にトドメを刺されたものと考えられますね」
「そう、そこなんだよなあ、奇妙なのは」
トリアスなら犯行は可能だった、検察はそう主張しているわけだが。
本当に“この”犯行は可能だったのか?よく考えれば少々無理があるのである。
「妙な点の一つ目。まず、事件の直前に、村人とトリアスの両親は揉めてたんだよな。トリアスが魔王だってバレた事件とその後に冷遇が原因だったってな話だけど。……隠してきたのに実は魔王だってバレた、って状況なら、相当村人達はピリピリするよな。だって自分達で暴いたってことは、魔王ジョブをそこまで恐れてるってことだから。……つまり、村人達は、相当警戒心を上げてたハズなんだよ。ようは、住んでいた八十人程度が、みーんな家に鍵かけてねぇのはおかしくないかってこった」
辺境の村では、家の鍵をかけないでおくこともままあるのだとは聞いている。近隣住民と家族同然の付き合いをしているために、鍵など使わずお互いに縁側から出入りしてしまうなんてことも時折あるのだ。
だが、身近に“世界を滅ぼすかもしれない恐ろしい人物”が住んでいるとわかった直後ならどうだ?いくらなんでも、誰も彼も鍵をかけないで無防備に寝ているとは考えにくいのではないだろうか。
「今の俺らの魔法技術では、かかっている鍵を自動で開いたり、壁をすり抜けるなんてことは出来ねえ。つまり村人の寝込みを襲いたいっていうなら、ドアなり窓なりぶっ壊して中に入るしかないんだよな。とすると?物音立てず誰にも気づかれず、一人で八十二人全員ぶっ殺して回るのがちょいと無理がなくねーか?」
「そうですよねえ。いくら夜中だと言っても、誰かは異変に気づきそうなものですよね。というか、そもそも村人を恨んでの犯行なら、どうして自分を庇ってくれたご両親まで殺す必要があったのか?ってことも疑問なんですけど」
「それな。つか、引越しの準備途中で、自分の家も含めて村全部焼くのってすげえ意味ねぇことだというか。むしろ引っ越すならそこまでやる必要があったのかどうか。そもそも一人だけ生き残ったら、トリアス疑われるの当たり前じゃねーか」
「そうですよね。少々出来すぎています……」
偏見ナシに、客観的に疑問を見て納得しようとしてくれるのがテクノの良いところである。フレイアも、忌憚のない意見を堂々と述べられるというものだ。
「二つ目。……面談してはっきりしたけど、魔王ジョブの中でもトリアスって完全に魔導師寄りなんだよな。剣技とかも使えなくはないんだろうけどさ。魔導師が複数の人間を一気に殺そうとしたら、ナイフで寝込み襲って回るってのはねーべ?それなら、村全体に眠りの魔法でもかけて、最後にまるっと焔の魔法で放火した方が簡単だろうさ。実際、今回も放火してるしな。ていうか、ナイフで殺して最後に放火して逃げるメリットっつーのもよくわかんね。まるで、魔法が得意な人間が犯人ですと触れ回ってるみてぇじゃねーか」
てくてくと焼け跡を歩いていく。焼けた柱の残骸、家財道具の残骸、焦げた石などに躓かないように、最新の注意を払って進んでいくフレイア。
そして、一箇所――とある家の前に辿り着く。
「やっぱりな」
そこには、焦げた家が立っていた。――そう、まだ家としても面影を大きく残している場所があったのである。屋根も壁も真っ黒に煤けてはいるが、そっと中を覗いてみれば玄関や廊下は大きく原型を留めていた。表札を見る。トリアスの家、というわけでもない。とすると。
「あれ?なんでこの家のあたりだけ残ってるんですか?焦げてはいまるけど、全焼ってほどじゃないですよね。他の家は崩落して、殆ど焦げた柱とかが突き立っているだけなのに」
「焼きムラがあったってことだ」
「え?」
「さっき、魔法なら特定の範囲だけ焼くこともできるつったろ?でも、限定した区画だけ綺麗に焼くっつーのは、それなりに高い技術がいるんだよな。しかも、その範囲が広ければ広いほど難易度が上がっていく。……村の他の場所はそれなりに綺麗に焼けてたけど、逆に森の木の一部まで焦げてる箇所もちょこっとあったんだ。焼きすぎちまった場所と、焼き残しちまった場所がある。……この村を焼いた魔法を使った人間は、一人じゃねぇってことだ」
トリアスの魔法の技術がどの程度なのかは、まだフレイアもはっきりとはわからない。ただ魔王ジョブで、魔導師寄りの能力者である彼ならば、一人でももっと綺麗に村を焼き切ることができたように思う。
「この村を襲撃して、村人達を殺した犯人は一人じゃねえ。八十二人を一気に襲えるだけの人数がいて、そしてそいつらが村を焼いて逃げ去ったんだ。証拠を隠滅させ……もしかしたら、トリアスに罪を着せるために、な」
八十二人を一気に切り殺すというやり方。最後の中途半端に焼け残った村。
どうしてこんな簡単なことに検察は気づかないのだろう。こんなこと、到底一人でやるような犯行ではないというのに。
「村人達は、殆ど抵抗する余地もなく殺されてる。……遺体が殆ど家の中にあったことから明白だろうさ。騒ぎに気づく暇もなかったんだ。やっぱり一人でやるには無理があるだろうよ」
「そんな……じゃあ、どうして検察は……」
「魔王が犯人候補として挙がった時点で、目が曇っていた可能性はあるんだろうさ。思い込みってのは怖ェからな。だが、ただの思い込みや勘違いでないとしたら……トリアスを犯人に仕立て上げなくちゃ気がすまねぇ誰かがいたってことになるだろうよ」
そうだ。トリアスが犯人ではないと考えられる理由なら、まだあるのである。
「三つ目の疑問点はコレな。……村からは、金品の多くが持ち去られていた。ゆえに検察は強盗殺人ってことでトリアスの容疑をかけてるんだが。……強盗したはずの金品はどこに行っちまったんだ?そんな金があるなら、宿屋だってもっといいトコに声かけられただろう。門前払いを食らったってトリアスは言ったし、これについては目撃情報もあって一致している。トリアスが宿泊先として選び、門前払いを食らった宿はあっちもこっちも格安宿ばっかりだ」
『その後……アイリス地方の街の宿で、私が次々門前払いを食らったのは事実だ。持ち金も少なくて、声をかけられたのは格安の宿ばかりだったがな』
「明らかにトリアスは金に困ってた。強盗直後ならどうみてもおかしいだろうが。でもって、その後は盗賊の集落に身を寄せていたって話だろ。何でわざわざ門前払いしただけのアイリス地方の町々に寄って、竜巻で街を壊滅させに行かなくちゃいけねーんだか。盗賊の集落を追い出されそうになってたならまだしも、証言からするとトリアスと集落の人間達の関係は相当良好だったんだろう?ここで犯罪犯して、その町の人に迷惑をかけるのも変だし……そもそも、指名手配されてんだから大人しく潜伏した方が建設的じゃねえか。最終的に世界征服を目論んでいるにしたって、もう少し準備を整えてからでもいいだろうに。アネモニ村が壊滅してからと、アイリス地方の街が打撃を受けた事件。間隔短すぎだろ」
そう。考えれば考えるほど――トリアスが犯人であるならばおかしな点だらけなのである。
宿に泊めて貰えなかった――アイリス地方を襲撃する理由としては少々弱い動機だ。確かに、目撃情報は出たという話だし、それを盲信する検察からすればホワイダニットなどどうでもいい!と一蹴できてしまうのかもしれないけども。
「その目撃情報にもツッコミたいところはあるが……それは、後で検証してはっきりさせてからにしようか。最後。フラワーメイル国営放送を電波ジャックして、宣戦布告するビデオ内容を流したことだ。確かにビデオに映っていた人間は恐ろしくトリアスに似ていたけどな。そもそも、トリアスにあれを撮影して、電波をジャックするだけの技術があるかどうかって疑問は解決されてねぇんだよ」
「……なんていうか、その。そうやって考えると、まさか本当に……」
テクノは、苦い顔で俯く。彼も段々わかってきたのだろう。この事件には、物的証拠と呼べるものなど無いに等しい。トリアスがやったと決め付けている理由は、ほぼほぼ状況証拠と目撃証言、ビデオの内容を鵜呑みにしているから。それだけのことに過ぎないのである。
「怖くなったかよ、テクノ」
フレイアが尋ねると、はい、とテクノは弱々しく頷いた。
「怖いですし、悲しいです。……警察も、検察も。悪い人間を捕まえて、人々の平和を守るために存在しているのではないのですか。どうして、そんな……無実かもしれない人間を、大量殺人犯に仕立て上げて……平気でいられるのでしょう?もしも相手が国家権力だったら、フレイアさんは……」
「引かねえよ、一歩も」
「!」
「だってそうだろ。……今、このクソッタレな世界で。トリアスを助けてやれるかもしれないのは誰だ?俺達だけじゃねえか、そうだろう?ここで諦めたら、あいつは絶望したまま世界に殺されるしかなくなる。……俺は、そんな馬鹿げた景色、もう二度と見たくねえよ」
理由は、それだけではないのだけれど。
フレイアは心の中だけで呟くと、再び歩き出した。時間はいくらあっても足らない。初公判の日までに、やるべきことは山のようにある。
次は、アイリス地方の襲撃事件と、その目撃情報の確認である。




