<第八話>
この事件には、確かに隙がいくつもある――トリアスも、それは気がついていることだった。
例えば、最初の事件。故郷のアネモニ村の大虐殺と放火。トリアスと両親が、村人達と揉めて引っ越しを考えていたことは目撃証言も出ていることだ。その理由が、どうやらトリアスの正体が村人に露呈したからだ、ということも。
メディアはそれ以上の報道をしなかったが――少し魔王という存在について詳しい者ならば首を捻ったことだろう。どうして魔王であることがこの年になってバレたのか?ということだ。トリアスが産まれた時にに立ち会った医者の類いが口の軽い人物ならば、ここまでトリアスが成長する前に事実は露呈しているはずなのである。その医者が、今更口を滑らせた可能性はなくもないだろうが――実のところ、母からトリアスを取り上げた医師と助産婦は既にアネモニ村にはいなかったのである。
警察も調べて、辿り着いているはずだ。なんせ彼ら夫婦はサンフラワーシティに移住しているのだから。
つまりだ。彼らがわざわざ辺境のアネモニ村まで戻って言いふらしたわけでもない限り、このタイミングで事実が露呈するとは考えにくい。では、一体どうして正体がバレたのか?
――俺は魔導師ジョブのフリをして生活していた。魔力の高さからしても、村への貢献を考えても、魔導師系を演じるのが最も適切だったからだ。実際、俺はあらゆる技能の中でも物理より魔法が得意なタイプだったからな。
魔力の高さ、技量の高さ、魔王特有のオールマイティな技能でバレる可能性はゼロではないが。それよりもっと、高い可能性がある。
そして、女性の魔王ならともかく、トリアスは男性の魔王だ。確定させるには、かなり強引な手段を取るしかないのである。それは、つまり。
「まだ罪を自白する気はないのか、ああ?」
フラワーメイル世界法では。裁判の手続きが完了されるまでは、容疑者は留置所に勾留され続けることになる。そして、取り調べは勾留中も続く。警察はリアルタイムで検察にその情報を送り続けるということもあって、実のところフラワーメイルでは逮捕されると普通の犯罪であっても有罪率が尋常ではないのである。
一見穏やかで美しく見えるこの世界の真実のひとつ。推定無罪、なんてことを表で歌いながら、実際は推定有罪だと誰もが判断しているのだ。疑わしきは罰する。疑わしきは罪。裁判で弁護士は圧倒的に不利な立場に立たされることが多いのだ――弁護士との契約後に、こうして取り調べを受け続け、罪を自供してしまう容疑者も少なくないからである。
この世界ではそれゆえに、弁護士の数は圧倒的に不足しているのだ。何につけても検察より弁護側は不利になる。そして国選弁護士の仕事が偏った弁護士にやけに回ってきてしまうのもつまりそういうことである。頻繁に回ってくる低賃金の“義務”のせいで、自分達が本来やりたい仕事が疎かになってしまう。そりゃあ、やる気を出せというのが無茶な話だ。
「自供も何も。俺は全て真実を話している。やってもいない犯罪について、語れることは何もない」
机を叩き、チンピラのように睨み付けてくる警官に屈して、自白してしまう容疑者は少なくないと知っている。だが、トリアスは屈する気など全く無かった。ここで折れることは、死ぬことよりも自分を殺す行為に他ならないと知っていたからである。
自分を守ろうとしてくれた両親と、愛する人の誇りに賭けて。自分はどんな拷問を受けても、けして罪を認めるわけにはいかないのだ。
勿論、警察官の過剰な尋問は禁止されている。自白の強要が露呈して警官が捕まった事件もあった。以来、可能な限り取り調べを可視化させようという話になり、世界各地の警察署にはあちこちにスフィアカメラが設置されるようになったはずである。
まあ。役に立つかどうかは――それが機能していれば、という前提の上に成り立つわけだが。
「やったと認めているのは、ケイニー達に対して応戦し負傷させた件に関して。しかしこれも、戦闘行為を仕掛けてきたのは向こうであり、正当防衛を主張している。間違っても、俺の方から罪のない一般人に対して危害を加えたという事実はない。当然、虐殺した事件に関しても犯人は俺じゃない」
「お前じゃないなら誰だってんだ?下手な言い逃れするんじゃねぇ!!」
「怒鳴るしか脳がないのか。それを調べるのがお前達の仕事だろうに、とんだ職務放棄だな」
ガンッ!と衝撃が来た。殴られ、椅子から転げ落ちるトリアス。――殴られるのがわかっていて、あえて防御しなかったのである。魔封じの手枷のせいで魔法は封じられているが、魔王ジョブのトリアスは拳闘士の素質も持ち合わせている。体術だけでも戦えるのだ、自分は。防ごうと思えば防げるし避けようと思えば避けられる。それをしなかったのは――幾つかの理由があってのことだ。
「俺はな!お前みたいな性根の腐った存在が大嫌いなんだよ!!」
警察官の男は、怒りのまま喚き散らした。
「だから魔王なんて存在は、産まれた時点で処分するのが正しいってのに……悪魔の子が甚大な被害をもたらしてからじゃおかしいと、何故人類は学ばないんだ!?前の魔王のルネだって、どれだけの数の罪なき人間を殺していると思ってるんだ……!」
ガンッ!と倒れたトリアスの頭を踏みつける男。グリグリと靴の裏でこめかみを抉られて、じんじんと痛みが頭蓋に響く。魔王ジョブの保有者は悪魔の化身、産まれてすぐに殺して生まれ変わらせてやるのが最大の慈悲――リリー教の信者たちはそう信じている。目の前のこの男もそうなのだろう。経験上、トリアスはリリー教の奴等には何を言っても無駄だということを学んでいた。彼らにとって自分の声は悪魔の声、言葉は悪魔の言葉に他ならない。けして、聞く耳など持ってはいけないのである。
そう、裏を返せば――正しく取り調べを行わなければならない担当の警察官が、自らの宗教感に囚われて暴走するようでは話にならないのである。公務員ならば特に、就職する際必ず自らの宗教を明言して書類で提出するのが規則となっているはず。この男がリリー教なのも警察はわかっていたはずだし、不適切であることは重々承知していたはずなのである。
にも関わらず、この男を使っているのは――この暴力行為さえ、全て黙認してのことだということに他ならない。暴力でも何でもいいから、トリアスに自白させれば問題ないと思っているのである。
それは言い換えれば彼らが何がなんでもトリアスの自供を欲しがっているということ。決定的な物的証拠を見つけられずに焦っていることの証明でもあった。
――まあ。あのフレイアを恐れているってことでもあるんだろうがな……。
逮捕されれば高い確率で起訴され、有罪になるのが当たり前になりつつある昨今。そんな中、数少ない“無罪”を勝ち取ってきた立役者がフレイアだった。自由奔放だしマナーはなっていないし気紛れどころではなく気紛れなようだが、実績があるのは確かというわけである。
彼に何か尻尾を掴まされる前に、トリアスの自白を取って自分達の立場を明確に、そして圧倒的に有利にしておきたい。それが彼らの狙いなのは明白だ。
「……こんなことをしていいのか?カメラで撮影されているんだろう?」
痛みに呻きながらも、トリアスは言葉を返す。すると頭上から、ハッ!と嘲りに満ちた笑い声が聞こえた。
「馬鹿かお前は!うちのカメラはな、“たまたま丁度”壊れてそれっきりなんだよなぁ。まあ、撮影されていたところでどうせ俺がお前にやったことなんか映ってもいないから安心しろよ。我々にはとっても便利な科学技術ってヤツがあるからなあ」
「映像を編集して、都合のいいところは切り取ってしまえばいいということか」
「都合のいい?いいや違うね、“民衆が望まない”場所だと言ってもらおうか。お前は悪の魔王で、民衆はお前が断罪される日を今か今かと待っている!お前に少しでも“被害者”みたいな面があるなんて知ってみろ、どいつもこいつも気持ちが悪くなるだけってなもんさ。誰だって都合の悪い事実なんぞ見なかったことにしたいもんなぁ?」
「そうだな、お前たちはそうやって……先代魔王のルネのことも追い詰めた。彼女がしたことは許されないことだったかもしれないが……彼女には人々を殺戮する正当な理由があったし、それを告白したのに……お前たちはそれを全て握りつぶして報道規制をかけたんだ、そうだろう?彼女は町の人々に恋人を殺された上、性的に物理的に酷い暴力を受けたというのに」
ルネの裁判を、傍聴席で見ていた人間の中に。実は、トリアスもいたのである。
けして他人事ではなかったからだ。ルネの結末は、明日の我が身で有るかもしれなかったのだから。
「魔王は悪。勇者と政府は正義。……罪なき人間を苦しめて、騙してまで。そんな表向きの綺麗な顔を守りたいのか?滑稽で、愚かすぎて吐き気がするな!」
「ふざけんなっ!有りもしねぇ事実を真実みたいに語ってんじゃねえよ。ルネは自らの殺人欲求を満たすためだけに快楽殺人を繰り返したイカレ女だ。お前と同じようになぁ?」
「ぐっ!」
ガンッ!と大きな音お共に目の前に火花が散った。汚い靴の裏で、思いきり踏みつけられるトリアスの頭。
「お前らは生きてるだけで罪なんだよ……!お前らがやることは全部罪!間違い!愚行!!」
ぐいっ、と髪の毛をつかんで持ち上げられる。目の前に、憎悪と嫌悪で目を血走らせた警察官の顔があった。
怖くないわけではない。痛い思いをしたいわけではない。それでもトリアスか反抗するのは、それが自分の唯一のプライドだからだ。
自分を曲げないでいるうちは、その間だけは――愛しい人達を救えなかった己を、責めないでいられるのだから。
「お前の中にもな、悪魔は眠ってるんだよ。……さっさと自白しろ。そうしたら、神様もお前の存在を認めて懐に受け入れてくれるはずだ。それでも認めないってんなら……俺が可哀想なお前を、直々に“消毒してやる”しかないなぁ?」
警察官はにやり、と下卑た笑みを浮かべて――自らのベルトに手をかけた。馬鹿馬鹿しい、と口にすることも疲れる。話が全く通じない。そして、自らの欲望を発散するために信じている宗教さえも言い訳に使うというケダモノ。
「ちょっとでも感じたら……これは、合意ってことになる。だよなぁ?」
――クズが。人を人とも思わぬケダモノが……!
諦めるように、トリアスは目を閉じた。どうせもう、何もかもが遅い。二度も三度も意味などないのである。
自分の運命など、産まれたときには決まってしまっていたようなものなのだから。




