<第六話>
ひとしきりトリアスから話を聞いて、再びフレイアは留置所から事務所へ戻る道を歩いていた。相棒のテクノには調べものを頼んでいる。そそっかしくて口うるさいテクノだが、スフィアマシーン関連の技術は専門家だと言っても過言ではない。スフィア鉱石を使った通信技術は発展したが、まだテレビはほんの一部の家と町にしか普及していないし、コンピューターに関して言えば本体の高額さと扱いの難しさで一部の裕福な研究者しか持てないと聞く。
スフィア工学を勉強する大学の研究室にいたのがテクノだった。そう、明らかに子供にしか見えない見た目で、二十代の立派な大人のである、彼は。既に大学も卒業している。きっとスフィア鉱石を利用した科学技術や工学の研究で、教授からも大いに期待を寄せられていたのだろうに――一体どうしてそれが、パラリーガルなんてものをやることになっているのやら。
――分かってるよ。……全部、俺のためなんだよな。
テクノとの関係は語ると少々長いことになる。フレイアが上京してきて、この町に事務所を構えることになる前からの関係だった。まだ大学生だったテクノを、結果として自分の目的に巻き込んでしまったのはフレイアである。彼にも夢があったのだろうし、才能だってあったのだろうに――その夢を、フレイアが実質捨てさせてしまったようなものなのだ。
勿論、テクノの技術は大いに役立っているけれど。金に糸目をつけず、コンピューターを買って様々な写真を解析し、調べものをしてくれるのは非常に有り難いけれど。彼の実力を知るたび、どうしても負い目を感じてしまうのだ。本当なら、テクノはこんなところで燻っているべき人材ではなかったのに、と。
――……わかってるよ。あいつなら、“そんなくだらないこと考えてる暇があるから、依頼人のためにできることを考えてください”って叱ってくるよな、絶対。
ため息をつきながら歩く道。公園の脇に差し掛かり、フレイアは足を止めた。仕事がない時、いつも子供達に紙芝居を見せている公園である。見せるのはこの世界の歴史であったり、道徳を含んだ物語であったりと様々だ。全てフレイアの手作りの紙芝居である――昔から、絵だけは妙に得意だったのだ、自分は。
『フレイは、将来絵描きになればいいと思うな!』
休日の公園は家族連れでいっぱいである。滑り台があり、広い原っぱがあり、その奥には小さな池があり釣りを楽しむ男達の姿が見える。よく晴れた日だ。湖面はキラキラと太陽の光を反射してまるで宝石箱のよう。池の奥にはオレンジの花畑が広がる。マリーゴールドだ。あいつの名字も同じだな、とフレイアは思う。この国は、名字が花の名前になっている人間が少なくないのである。
華やかな風景を残すべく、若い少女が二人並んでカンバスに絵を描いていた。学校では、写生の課題が出ることもあると聞く。彼女達もそうなのか、あるいは普通に趣味でやっていることなのか。
『そういえば、絵を描くのが得意な人もどちらかというと魔導師系が多いな。俺は全然だけど』
昔、一時期住んでいた田舎で。よく遊んだ友達に、そう言って褒められたことがある。子供の頃からフレイアは絵が得意であったし、漠然と絵描きの道も悪くないなと思っていたのは事実なのだ。誉めてくれた友達にも、彼の絵を描いてプレゼントしたことがある。――まだ大事に、持っていてくれたりするのだろうか。
子供の頃は何度も絵で賞を貰った。高校の途中までは、本気で美術大を目指していたのである。自慢するようだが自分には才能があると真面目に信じていたのだ――しかし。
『私は恨む……永遠に、この世界を恨んで恨んで、恨み続けてやる!!』
あの事件を切っ掛けに――フレイアの世界は、ひっくり返ることになったのだった。
フレイアが高校生の時だ――前回逮捕された“魔王”が現れたのは。美しい、とても美しい銀の髪を持った女性だった。彼女が逮捕された時、フレイアは心底驚いたのである。何故なら彼女は、フレイアの中学時代の担任の教師であったのだから。
彼女の美しさを踏まえるなら、魔王のジョブの持ち主だと言うのも頷ける話ではあったが――問題はそこではない。彼女が何十人もの人間を虐殺した大量殺人鬼の罪で起訴され、そして“世界を破滅させようとした”魔王として捕まったことが信じられなかったのである。まるで聖母のように上品で優しい女性だった。彼女が捕まり、しかもその罪を認めていると知った時、どれほどフレイアが、彼女の教え子達が目を疑ったことだろう。
新聞では、彼女が世界に対して理不尽な憎しみを抱き、狂気と欲望にかられて人々を虐殺したのだと報道された。だが、裁判で彼女は自らの罪を認めた上で――動機に関しては断固として否定したのである。
『魔王という存在を、人々が恐れる気持ちは理解できます。しかし私は……私はただ、愛する人と生きていく未来が、普通の一人の女としての幸せが欲しかっただけなのに、何故それを理不尽に奪われなければならないのでしょうか……!?』
運良く傍聴席に座ることができたフレイアは、彼女の生の声をその場で聞いていた。彼女は泣きながら訴えた。魔王であるはことの嫌疑をかけられた彼女は街の人々に取り囲まれ、追い詰められたのだという。強引にその証拠を確かめようとする人間達から彼女を庇ってくれた恋人は、彼女の目の前で殺されてしまった。
そして、彼女は証拠を確かめるという名目で――町中で服を脱がされ、性的暴行を受けたのだという。
魔王であることは、裸にすればすぐに露呈する。それは、この世界の常識として誰もが知っていることだった。
『私を魔王と呼ぶのなら……お前達は悪魔だ。人の皮を被った悪魔だ!あの人を奪い、この身を穢したお前達を……私は未来永劫、赦しはしない!!』
フレイアは、知ってしまったのである。
この世界には、生まれ持った姿と能力が人とは違うというだけで、理不尽に差別され虐げられる弱者がいるということを。
そして――絵描きになるよりも、自分には成さなければならぬ大きな仕事があるのではないか、ということを。
――ヒーローに、なりたい。……正義なんかじゃなくてもいい。誰かにとっては悪だって構わない。それでも俺は……もう二度と、あの人のような悲しい存在を出さないために、誰かの真実を守る……そんなヒーローに、なりたいんだ。
先代・魔王。彼女の名前は、ルネ。
真摯に訴えたルネの言葉は、しかし殆ど記事になることはなかった。彼女を悪の魔王ということにしておいた方が都合のいい者達が、彼女の恋人の死と彼女が受けた強姦行為をうやむやにしてしまったのである。
――絵に、未練がないわけじゃない。俺が絵を描くと、それで喜んでくれる人達がいるのは事実なんだから。
時々開かれる、赤い髪の青年の紙芝居会を、一部の子供達と親たちが熱烈に待ち望んでくれていることをフレイアは知っている。子供は好きだ。子供を愛してくれる親達も好きだ。彼らの笑う顔を見られるのならと、ついつい本業をほったらかして公園に来てしまうことは少なくないし、それはテクノもわかっていることだろう。
でも。今、フレイアが一番にするべきことがなんなのかは、ちゃんとわかっているのである。
悲劇は数年の沈黙の後、再び繰り返されようとしているのだ。トリアスの話を聞いて確信した。腐りきった一部の人間達が、再び罪なき魔王を追い詰め、地獄に突き落とそうとしていることを。悪を仕立てあげることで、本当の悪から目を背けさせようとしていることを。
――今回の魔王トリアスの“世界征服”は、あまりにもおかしな点が多すぎる。何より本人が罪を否定してるんだ。弁護士として、この冤罪は絶対に見過ごすわけにはいかない……!
死んでしまった人間の為に何かが出来るとは思わない。確かに当時はまだフレイアも幼かった。ルネを救おうと頑張ったところで出来ることなどたかが知れていただろう。それでも、結果はひとつ。救えたか救えなかったかで言えば“救えなかった”それだけなのだ。その人を本当に愛しているのなら、何が出来るかわからなくても――その時自分は、勇気を振り絞って何かをするべきだったのである。
後悔しても、死んだ人間は帰ってこない。だからこれからフレイアがしようとしていることも、今までしてきたことも、けしてルネのためなどではない。自己満足、そう言われても仕方のないことであるのはわかっている。そう。
本当に救われたいのは、自分自身であることを。フレイアは正しく理解した上で、今回の事件を担うと決めたのだ。トリアスを助ければ自分が救われるだろう、という。身勝手極まりない理由で。
――馬鹿にされたっていい。偽善者だって言われたって構わない。俺は俺のために、魔王トリアスの無罪を証明するんだ……!
「テクノ、どうだ!?」
勢い良くドアを開き、フレイアは事務所に飛び込んでいく。大学や政府の一部施設にしか存在しないような、立派なスフィアコンピューターの前に座したテクノは。その大きな機械の影から、ひょいっと手を伸ばしてフレイアを呼んだ。
「フレイアさん、こっちですこっち!……色々わかったことがありますよーフレイアさんはどうですか?」
「おう、こっちもばっちりフレイアから話聞いてきたぜ。まずは情報共有と行くか?」
「そうですね。冒険でも仕事でも、報連相は基本ですから」
コンピューターのキラキラ青く光る回線を見つめてフレイアは思う。パソコンはまるで扱いない自分だが、それでも超難易度の高いこの機械を扱えるテクノが味方であることで、どれだけ調査が楽になるかは知っているのだ。味方であることがどれほど心強いか、ということも。
「フレイアがやったとされる三つの事件に関する情報、きっちりまとめていくぞ。……思ったよりも隙は多いぜ。そこを一つ一つ突いて行けば、充分勝算はあるだろ」
さあ。戦いの始まりだ。




