<第二十九話>
キャサリンは、自分がしていることが間違っているなどとはけして思っていなかった。
確かに、自分が魔王・トリアスを倒そうと思ったきっかけは、ルネに叔母が殺された事件があったからである。あの事件で、魔王という存在がいかに残酷で無慈悲なものであるかを知り、既に処刑されてしまったルネに代わり次なる魔王のトリアスにその怒りをぶつけようとした、それは紛れもない事実だ。
だが、それ以上に――キャサリンには、強い使命感があったのである。もう二度と、叔母のような悲劇を繰り返してはならない。叔母のような犠牲者を出さないためには、魔王という存在の恐ろしさを世に知らしめ、きちんとした法整備ができるようなきっかけを作る行動こそ大切であると考えたのだ。
勿論そこに、自分が魔王を倒す勇者になれたなら、そうやって皆に尊敬されるような存在になれたなら、という野心があったことは否定しないが。魔王という存在がどれほど恐ろしいのかは自分が一番よくわかっていること。ならば自分こそが、命をかけてでも討伐する役目を担うべきだと思ったのは、確かな真実なのである。
――今の法律では、全ての人間に人権が保証されている。そしてその“人権”を盾にして、重犯罪者予備軍である魔王ジョブの人間達が野放しにされてしまっている……!
ルネより前にも、多くの魔王が生まれては、そのたびに甚大な被害を齎してきた背景がある。トリアスのようにわかりやすく世界征服を目論んだ者もいれば、ルネのように快楽のために大量虐殺を繰り返した者もいる。いずれにせよ、魔王という力を持って生まれた者達が、生まれついてのサイコパスであることは疑いようがないというのに、どうして彼らにも人権があるからなんて名目で、自由に監視・拘束をしておくことができないのだろう。事件が起きて、人が死んでからでは遅いのだ。そうなる前に、生まれた時から施設に入れてきちんと拘束・監視し、徹底的な情操教育を施し、それができない者はその場で処分できる法律を作れば。もう二度と、このような惨劇は起こらずに済むはずなのである。
そのためには。自分が、自分こそが魔王という存在の恐ろしさを世に知らしめ、世論を動かし、政府に働きかけていく必要があるのだ。
法整備に何十年かかるとしても構わない。今日というこの日が、フラワーメイルの真の平和へ歩みだす第一歩になるのならば――自分のしたことは、確実な意味を残すことになるはずである。
「キャサリンさん。貴女は、仲間のケイニーさん、ミシェルさんと共に被告の潜伏先を特定し、被告の逮捕に貢献したということですが。そのきっかけと経緯を、もう一度ご説明いただけますか?」
ボルガの言葉に、キャサリンは頷く。今の状況はわかっている。あのフレイアとかいう弁護士が余計なことをしてくれたおかげで、検察側はだいぶ不利に追い込まれてしまっている。まさか、トリアスの殺人の動機を決定づけるための証言が、トリアスのアリバイを証明してしまうことになろうとは。おまけに、マチルダの証言が高い確率で嘘であったことがバレてしまうことになろうとは。
だが、まだ言い逃れの余地がないわけではない。
――物的証拠はない。みんな状況証拠と証言しかない。証言は人の記憶、間違えることもあるわ。……なら、その記憶が間違いであった、それで全部説明がつく。
犯人は、トリアス。
そうだ、自分も世間も、それ以外の結論など、本当は望んではいないはずである。
「……あたしは。新聞で、トリアス・マリーゴールドの起こしたアネモニ村の大量虐殺事件と、アイリス地方での大災害の件を見て……深く憤りを感じました。自慢するわけではないですけれど。あたしは自分と、仲間であるミシェル、ケイニーの実力には自信を持っています。私達ならば、魔王・トリアスを倒し、この世界に平和を齎すことも不可能ではないと考えました」
「キャサリンさん、貴女がたはどうやって、トリアス氏の潜伏先を掴むことに成功したのでしょうか?」
「トリアス被告の、宣戦布告映像を見たからです。その映像に映っている景色が、シェンジャンタウン近くの森によく似ていました。それを見て、あれを撮影した近くにトリアス被告が潜伏している可能性があると見て調べをすすめることにしたんです」
ジェンシャンタウンより北には、砂漠の奥に深い森があり、実際トリアスが潜伏していた盗賊の村はその森の中に存在している。人は、砂の中だけで生きていける生き物ではない。当然、砂漠のような地帯でも、オアシスに近い場所に生活拠点を置くようになるものだ。
このあたりに隠れ里があるらしい、という噂は以前から聞いていたが、大正解であったらしい。トリアスは、その森の中で、盗賊達に匿われて生き延びていたのだから。
「あたしと、ケイニーと、ミシェルが……盗賊の里に辿りついて、調べようとした時。彼は、私達を恐れてか、真っ先に攻撃してきました。その隙をついて森の中に逃げられてしまい、私達が慌てて追いかけるに至ったんです」
「卑怯にも、まだ何もしていない貴女がたに先んじて攻撃してきたのは被告の方だったのですね?」
「そうです!あたしは穏便に、彼に自首を勧めるつもりでいました!でも、被告が攻撃してきて、とても話が通じる相手ではないと感じたんです。こうなったら、どうにか身動きできないようにして、警察に引き渡すしかない。森で、あたし達三人とトリアス被告は戦闘になりました。そして、被告の魔法で、あたし達は傷つけられて怪我を……。もう回復魔法をかけてしまったので、ちょっとした傷跡しか残っていませんけど」
こんなこともあろうかと、わざと回復しきらず残しておいた傷跡。キャサリンは腕まくりすると、その傷を裁判官、そして傍聴席の者達に見せた。
冒険者とはいえ、キャサリンは年端もいかぬ少女である。女の子の腕に刻まれた生々しい火傷の痕は、それだけで人々の同情心を引くことをキャサリンはよく理解していた。
「とても……とても恐ろしい相手でした。でも、あたしは必死で戦ったんです。こんな恐ろしい魔王を、野放しにしていてはいけないと思って……!あたしの叔母は、数年前の事件で……魔王・ルネに殺されました。遺体は、かろうじて顔の判別がつく程度の無残なもので。優しい叔母が、どうしてこんな、拷問めいた真似をされて苦しみぬいて死ななければならなかったのかと、心の底から怒りと悲しみを感じたものです。今回の事件もそう。アネモニ村と、アイリス地方の……罪もないたくさんの人々が、魔王の邪な欲望のせいで深く傷つけられ、未来を奪われてしまいました」
皆さん!とキャサリンは傍聴席を向き、訴えかける。
「被告の弁護士の屁理屈に惑わされちゃダメよ!魔王は恐ろしく残酷なの……直接戦ったあたしが誰よりそれを知っている!!確かにさっきの証言通りなら、魔王・トリアスに犯行は不可能であったかのように見えるかもしれないけれど、証拠は人の証言だけ。人は記憶違いというものを起こすもの、きっと証人の皆さんは何か勘違いしてしまっただけなのよ!犯人は、そこの被告人以外には有り得ない……魔王を倒した、勇者の一人であるあたしを、どうか信じてください!!」
少し大げさな物言いになってしまったが、これくらいでも充分だろう。傍聴席の人々は、先ほど注意を受けたからか少しおとなしかったものの、明らかにどよめいて隣に座る友人知人とぼそぼそと言葉をかわしている。
やはり、勇者の言葉は絶大なのだ。多少の不自然など、覆い隠してしまえるほどに。
「検察側の尋問は、以上です」
「わかりました。弁護側、反対尋問をどうぞ」
そして、このままの流れでフレイアの反対尋問が来る。キャサリンは身構えた。今日の裁判だけで充分、フレイアの実力が油断ならないものであることはわかっている。証人として証言台に召喚されていなくても、個室で待機している間に、裁判の流れは全てこの眼で見てきているのだから。
「キャサリン=ナスターシャムさん。貴女にお尋ねしますが」
相変わらず、食えない微笑みを貼り付けてフレイアは言う。
「貴女が被告の潜伏先にアタリをつけたのは、被告の宣戦布告映像を見たから、ですよね?」
「ええ、そうよ」
「では、裁判長。被告人の記憶を喚起するため、証拠映像No.5の提示を要求します」
そして、モニターに映像が流れ始める。証人の証言を確認するため、毎度のことながら本当に手間をかけてくれるものだ。何回も擦り切れるほど見た映像を、呆れた気持ちでキャサリンは見つめる。
『俺はけして、お前達を許さない』
青い空と砂漠を背景に、こちらを睨むトリアスが映し出される。ぞっとするほど美しい顔が、かえって不気味だとキャサリンは思った。同時に――違和感も感じる。この映像、何かがおかしくはないか、と。
『魔王だから?それだけの理由で何故、我々はお前達に虐げられなければならない?俺達は何もしていない……ただ、お前たちと同じように普通に生きて、当たり前の生活がしたかっただけだ。それなのに、お前達はいつも我々から理不尽に愛するものを奪い取る。魔王・ルネのこともそう。彼女がどれほどの辱しめを受けて魔王であることを暴露され、その傷に苦しんだことか!愛する人を奪われたことを嘆き悲しみ、そして怒りを感じたか……!それなのに、お前達は彼女の叫びを全ての聞かなかったことにした。俺はあの裁判、傍聴席で全ての真実を聞いていたんだ……っ!』
――ふん、何わけのわからないことを言ってるのよ?彼女は快楽殺人者でしょ。ルネは辱めなんて受けてないわ、ただ逆恨みして、自分の欲望のまま叔母さん達を殺しただけのキ●ガイ女じゃないの……!
『…………なるほど?我々の存在が罪であることは歴史が証明していると。くだらん。それはお前達が作り出したまやかしの罪だ。ルネの時がいい例だろう。奴等が彼女を辱しめなければ、彼女の愛するものを壊さなければ……あんな惨劇は起きなかったのだから。……本当にしつこい!だから、俺はお前達が大嫌いなんだ……っ!!』
――だから、そうやって嘘八百並べて人の同情煽るのやめなさいよ。みんな知ってるのよ、あんたらの存在そのものが悪だってことを……!
『お前達が俺を殺しに来ると言うなら……俺も黙って殺されてやる気はない……!覚悟しておけ。これ以上俺と家族を侮辱するなら……お前たちにもそれ相応の報いを受けてもらうことになるぞ。……世界への宣戦布告だと?そう思いたければ思うといい……!!』
そうして、映像が終了する。何度も、何度も繰り返し見た内容だ。忌々しいとしか言い様がない。だが、腹立たしいと感じた理由は、映像の中身だけではなかった。
むしろ、映像の中のトリアス以上に今、キャサリンが腹を立てたことがあった。それは。
「証人。貴女が見たのはこの映像で間違いありませんか?」
「……馬鹿にしてるの?」
「え」
きょとん、とした顔をするフレイア。そういう顔をしていると、目の前の弁護士もどこか幼く見えてくる。そういえば、彼は自分達と同じくらいの年だと聞いたことがあったような。利益だの、間違った正義感だのにとらわれるくらいなら、どうして自分達のように悪を捕まえる冒険者か、悪を裁く警察、検察になろうと思えなかったのだろうか。
「あたしが見たのはこの映像じゃないわ。あんた何勝手に加工してるのよ。あたしが見たのは、被告人が砂漠じゃなくて、森の中で話している映像よ!」
その瞬間。ざわつきかけていた傍聴席が、一瞬完全に沈黙した。え、とキャサリンは思う。自分は、自分をひっかけようとしたのであろうトリアスの罠に気づいた、それだけのことではないのだろうか。
なのに、民衆のこの反応は、一体。
「……キャサリンさん。一般に、電波で流されたのは……こちらの映像なのですよ。砂漠で、被告人が話している映像なのです。森の中で話している映像なんて、出回ってないんですよ」
一瞬。何を言われたのかわからなかった。凍りつくキャサリンに、フレイアは続ける。
「貴女は一体、どこで見たのですか?被告人が、森の中で宣戦布告しているという映像を」




