<第二十八話>
今度は何を言い出す気なのか、フレイアは。
マチルダの証言が虚偽であったことを見抜いた上で――まさか、トリアスにはアイリスタウンでの犯行が不可能であったとまでのたまうとは。
勘弁してくれ、段々とそんな気持ちになってくるボルガである。そう音を上げ始めた時点で、フレイアの術中にハマっているようなものだというのに。
「少し話を巻戻しますが。……裁判長、ここで私やボルガ検事、そして証人の皆さんが話したことは全て記録されていますよね?」
焦りを隠せないボルガに対して、フレイアは余裕を全く隠しもしない。
「先ほどの、コルソさんの証言を皆さん思い出してください。彼は、アイリス地方全土に竜巻が襲う、その三日前に……被告をジェンシャンタウンで目撃した、と証言しました」
『コルソさん。貴方はアイリス地方全土に竜巻が襲うことになる三日前に、ジェンシャンタウンで被告人の姿を目撃した。そうですね』
『ええ、そうです。間違いありません』
『その時の様子を、詳しくお話下さい』
記録映像、音声も残っているが。ついさっきの証言だ、ボルガも皆も忘れているはずがない。
『……あの日。私はいつものように、店じまいの準備をしておりました。うちの八百屋は妻と二人だけで切り盛りしてますから、夜になる前に店は閉めることにしているんです。だいたい六時ぐらいでしたかな。通りを挟んだ向こうで、人が揉めていることに気づきました。宿屋の主人が、髪の長い人に向かって激怒していたんです。髪の長い人の顔も見ました。そこの被告人で間違いありません。会話も断片的に聞こえてきたので覚えています』
「コルソさんの証言が嘘だったとは私は思っておりません。むしろ、彼の証言の方は全て真実であったと考えております。被告人も、この日の六時頃にジェンシャンタウンで宿屋の主人と揉めて門前払いを食らった事実は確かにあったと認めております。……問題は。この出来事が、アイリス地方全土を竜巻が襲う三日前、であるということ。この事件の始まりと認知されているのは、アイリスタウンに竜巻が上陸した日のことで皆さん相違ないと思います。竜巻は、アイリス地方最南端であるアイリスタウンから発生し、人や町をなぎ倒しながら北上し……最終的には北端の町、ジェンシャンタウンまで達しました」
「それがなんだっていうんですか」
「被告人が犯人であるのなら、被告が最後にアイリス地方で目撃されたのはこのジェンシャンタウンです。何故、ジェンシャンタウンから竜巻を発生させ、南下させなかったのでしょう?極めて不自然です。加えて。……三日前にジェンシャンタウンにいた被告人が、三日後にアイリスタウンに到着するのはほぼ不可能と言わざるを得ないのです」
そして、くるり、とフレイアは膝をついたままのマチルダを振り返る。唐突に視線を投げられたマチルダは、びくり、とその細い肩を震わせた。
「マチルダさんに質問します。……あなたは、アイリスタウンが竜巻に襲われたその日。アイリスタウンから他の町へと移動することができなかったと仰っていましたね。その理由を、もう一度証言して頂けますか?」
何が狙いかわからない、どこが隙になるかも想像がつかない。
それでも、証言台に立っている以上――証人は、そこで自分の“真実”を証言する義務があるのは事実だ。マチルダは、既に偽証罪の嫌疑がかけられている。しかし、だからこそ。無闇とそれ以上嘘をつく選択肢は彼女にないだろう。
ボルガは考える。マチルダが動揺しているのは明らかだ。うまく理由をつけて彼女を退廷させるべきだろうか。これ以上話させると、彼女の口からどんなボロが出るかわかったものではない。ああ、自分たちのジョーカーとして用意した目撃者が、まさかこんな事になろうとは!
「……砂嵐が、ひどかったからよ」
彼女は眼を泳がせながらも、言葉を発した。
「いつも、電車か徒歩で……移動するけれど。この日は砂嵐が酷くて、とてもじゃないけど結界の外に出られるような状態じゃなかったから……」
『アイリスタウンが竜巻で大変なことになったその日も、私達はベリーを売りにきていました。バランベリーって、皆さんご存知かもしれないですけど非常に大きくて重いんです。カートに乗せて運ばないといけなくて、それなのになかなか売れなくて大変な一日でした。幸い快晴ではあったんですけど……とても風が強くて、砂嵐が酷い日だったのを覚えています。結界で守られている町の中でさえ多少砂が入ってきているほどでした。朝からずっとそんな調子だったので、今日は他の町に移動するのは難しいだろう父も言っていて……何がなんでも、アイリスタウンの中だけでベリーを売りきろうと必死になって歩き回っていたんです。そうしたら。……町の中を吹く風が強くなってきました。おかしいな、と思ったのは、その風が砂混じりではなかったことと……とても強い魔力の気配を感じたからです』
「砂嵐が酷すぎて視界も悪い日は、モノレールも停まってしまうから。この日は電車も使えなかったわ……」
「ありがとうございます」
フレイアの、わざとらしいほど丁寧なおじぎを、どこか恨めしそうに見るマチルダ。
「この日の天気を私も気象センターで確認させていただきました。アイリス地方は砂漠に町が点在しています。竜巻が襲ったこの日の前日の夜から、アイリスタウン近辺は酷い砂嵐に見舞われ、列車も終日運休になっていました。つまり、竜巻を起こした犯人は。前日の夜以前に町に来るか、徒歩でアイリスタウンに辿り着くしかなかったんですよ。被告が犯人ならば、徒歩で三日以内にアイリスタウンに到着するか、電車と徒歩を使って二日以内にアイリスタウンに辿り着くかのどちらかをしなければ犯行が成立しないんです。しかし気象センターによれば……被告がシェンジャンタウンで目撃された夕方から翌日の夜までは、シェンジャンタウン方面でひどい砂嵐が吹き、電車は運休していました。……砂嵐が吹いていない状況であっても、徒歩でシェンジャンタウンからアイリスタウンに到着するのは一睡もせずに歩いてもギリギリになります。そして、砂嵐で視界が全く見えず、まともに歩けない状況であったことを考えるなら……」
タン!と。フレイアは手を叩いた。もうわかっただろう、と言わんばかりに。
「実質、被告が電車を使えたのは一日だけ。……砂嵐の状態では、町一つ分移動することすら殆ど不可能。この状態で、被告人が三日でジェンシャンタウンからアイリスタウンまで到達するのは、私の検証ではまず不可能です。ゆえに。……三日前にジェンシャンタウンにいた被告には、三日後のアイリスタウン襲撃を行うことは出来ません……!トリアス被告は、無実です!!」
一瞬、静寂が満ちた。そして次の瞬間、大津波のようなどよめきが傍聴席に広がる。
「おいちょっと待てよ、検察!それどういうことだよ!!」
「あんた達の証人でしょ!?ってことは、弁護側がでっちあげた証人じゃないってことでしょ!?」
「魔王トリアスにはアリバイがあるってことじゃないか!じゃあ、アイリス地方を襲ったのは一体誰だっていうんだよ!!」
「説明してよ、そいつじゃないなら、一体だれがあたしの娘を殺したのよっ」
「検察、本当にちゃんと捜査したのか!?なんでアリバイがある人間が被告になってんだよ!!」
「静粛に!傍聴席、静粛に!退廷させますよ!!」
あまりのことにあっけに取られてか、裁判長は少し遅れて叫んだ。さすがに、退廷とまで言われてしまえば余計な事は言えない。魔王トリアスの刑事裁判は、注目度の高い事件ということもあってほぼ満席に埋まっている。ここに座っている者達は、前日から並んでやっと席を確保した者ばかりだ。こんなことで退廷させられてはたまらない、とまだ動揺の気配を残しつつも沈黙する傍聴席。だが――彼らの声が、今の民衆が思うであろう真実であることは、誰の眼から見ても明らかなことであった。
「以上から。……弁護人は、アイリス地方襲撃事件における被告の無罪と……マチルダ証人の証言は何らかの理由で捏造されたものであり、有効性がないことを主張いたします。以上です。反対尋問を終わります」
丁寧に頭を下げると、フレイアはそのまま元の席に戻っていく。
――くそっくそ、くそ!どうする?どうすればいい!?
墓穴を掘った――ああ、本当にその通りだ。ボルガは机の下で、爪が食い込むほど強く拳を握り締める。
このままでは、検察の威光は完全に地に落ちてしまう。アイリス地方の事件が、トリアスには不可能。ああ、どうしてこんな単純なことを見落としていたのか、自分達は。気づいていれば、もう少し選ぶ証人を考え直したというのに。
――まだだ……まだ、終わりじゃない!最後の証人が残っている!!宣戦布告映像の件もある。打つ手が完全になくなったわけじゃない……!!
それに。“勇者に倒される悪しき魔王”という存在を望んでいるのは、政府だけではない。民衆も、そういった存在を求め、それが討伐されることで安心を得られることを知っているのだ。だから、トリアスが捕まった時、警察と検察には感謝の声と応援する声が多数寄せられ、必ず死刑にしてくれるようにと懇願する声が溢れに溢れたのである。
人は、みんなで共通の敵を作り、それを一緒に叩くことで和を取り持つ生き物だ。
自分がその生贄ではないことに安堵し、堂々と憎んでも咎められない相手がいることで平和が保たれることをよく知っている生き物なのである。
悪の魔王、トリアスは必要なのだ。自分は政府の代表として、一人の検事として、民衆の願いを叶える義務があるのである。
――最後の最後で心象で勝つことができれば……まだこの裁判の結果は、十二分にひっくり返る!本当は民衆も誰も、トリアスが冤罪だなんて結果には納得していないし、必要ともしていないのだから!!
「裁判長、最後の証人を召喚する許可を!」
検察側が申請した証人は、あとひとり。
トリアスこそが悪だと皆に信じ込ませることのできる、絶対にして唯一、そして最後のカードがまだ自分の手元にはある。この局面、きっと彼女ならば切り抜けてくれよう。何故なら彼女が、最も魔王という存在を憎悪し、その惨たらしい死を望んでいるひとりであるのだから。
「証人四号、お名前をお願いします」
マチルダと入れ替わり、最後の証人が証言台に召喚されることになる。ボルガの声に呼応して、証言台に立つ赤茶髪の少女は――ぴん、と背筋を伸ばした。
「キャサリン・ナスターシャム。……魔王を倒した、勇者の一人よ」




