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魔王陛下の無罪証明  作者: はじめアキラ
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<第二十四話>

 綺麗事では、真の平和など築けない。長年検事をやってきたボルガは、誰よりもそれを理解していた。

 人は誰もが、心の中に深い深い闇を抱えているもの。誰もが時分が一番可愛く、願わくば“奪われる側”ではなく“奪う側”に立っていたいと思っているものだ。そちら側に立つことを恐怖し、少しでも多数派に同調して我が身を守ろうとする。それが、人間ならば当然のことなのである。

 そう、それは今まで、ボルガが長年見てきた裁判でもなんら変わることはない。

 人々が本当に求めているのは真実ではないのだ。少しでも納得できる、それらしい“事実”さえ与えてやれば誰もが満足するのである。それが真実であるかないかなどどうでもいい。ただ、自分達が“奪われる側”にならない、都合のいい“真実らしきもの”でさえあれば他はどうでもいいのだ。

 それゆえに、裁判では証拠が不十分であっても――多くの場合は有罪判決で終わるのである。それが、裁判員に、裁判官に、一般の人々に望まれる結果であるからだ。見えない殺人者がまだ表を堂々と歩いているかもしれないという恐怖に悩まされるよりは、目の前にいる人間が犯人できちんと捕まえられたものと信じて安心して眠りたいのである。目の前の人間が冤罪であるかもしれないという可能性から、当たり前のように目を背けて。


――そうだ、それが本質だ。それがわかっているからこそ我々は……民衆に、望む真実を提供し続ける義務があるのだ…………!


 ボルガはわかっていた。民衆が常に“極少数の生贄”を求めていることを。

 自分ではない、自分の家族友人知人ではない、赤の他人の生贄が存在することで安心することが出来るということを。一つの生贄をみんなで叩くことで得られる団結に、深く満足し安堵しているということを。


――フレイア・ブロッサム!それが分からない貴様ではないはずだ、何故我々の邪魔をするのか……!


 この世界には必要なのだ。

 誰からも憎まれる魔王と、それを退治する勇者の物語が。


――そうしなければ、人々の不満は政府に向く……!フラワーメイルを、暴動と混沌の世界に落としたいのかっ……!?


 アネモニ村にて、トリアスの両親が村人と揉めている姿を目撃した女性は。確かに、自分達の手の者ではなかった。モニカは本当にその現場を目撃しただけの一般人だ。ゆえに、トリアスにはまず村人たちを皆殺しにする確固たる理由があると、裁判官と裁判員にしっかり印象づけることかできると確信していたのに。

 まさか、モニカが鉱石ハンターであることを利用されるとは。確かに、村から石像がなくなっていることには気づいていた。だが、まさか鉱石ハンターの彼女に、“一人で運ぶことは不可能”と言わさせられてしまうとは!


――だが、終わったわけではないぞ!まだ手はいくらでもある……!


「……裁判長」


 すっ、と手を挙げてボルガは口を開いた。


「今のはあくまで、“もしも女神像を盗んだのが被告人であり、かつ単独犯であるのなら難しい”というこの証明にすぎません」


 石像と同じ重さのフレア鉱石を持ち出してきて実験したわけではない。が、それは向こうも同じだろう。それだけの重さの同じ重量の石など用意できないのだからそれは仕方ない。

 ただ、仮にそれが被告には難しいとしても。それは、トリアスが殺人犯ではないという証明にはなるまい。


「我々が到着するまでの間に、別の人間が女神像を盗んだ可能性も否定できませんし……我々は、魔王トリアスに仲間がいた可能性も完全に否定したわけではないのです。主犯は被告人ですが、共犯がいた可能性は充分に有り得ると考えます」


 フレイアがどこから切り込んでくるのかは予想がつく。故に、ここは先手を打つのが吉と判断した。

 つまり、先んじて反論されそうな点を封じておくのである。


「確かに、村人全員に気付かれることなく、全員を刺し殺して回るのは一人では大変な作業でしょう。ですが、被告人は高い魔法の才能があります。眠りの魔法を重ねがけしながら、一人ずつ刺し殺していくことは不可能ではありませんし……むしろ、自分から疑いを逸らすために魔法で殲滅せず、刃物を使った犯行を選んだ可能性も充分あるでしょう。ならば、犯人が被告人である可能性を否定しきることはできません。女神像を盗んだのも強盗を行ったのも被告人ではなく赤の他人の集団である可能性もありますし……」

「異議あり」


 言いかけたボルガの言葉を、フレイアは静かに遮った。


「検察。あなた方の、アネモニ村での事件での被告への罪状には“強盗”が含まれていたはず。女神像も有力者の家からの窃盗も被告人の仕業でないとするならば、被告人は何も盗んでいないのに窃盗の疑いをかけられていることになりかねませんが……?」


 ちっ、と思わずボルガは舌打ちした。さりげなく流してしまおうとしたところだったが、流石に誤魔化しきれなかったらしい。

 確かに、自分達はアネモニ村の事件、トリアスのことを強盗容疑でも起訴している。彼が何も盗んでいないなら、この起訴は成り立たなくなってしまうだろう。


「……大変失礼いたしました。訂正いたします。仮に女神像も有力者の屋敷の窃盗行為も被告が行ったことだとして。それでも、共犯がいた可能性が充分に考えられる以上、被告人の犯行を否定する材料にはなりません!」


 実行犯はトリアス一人だとしても、仲間がいた可能性を完全に否定はできない。そう言ってしまえば、弁護側もこれ以上“一人でこの犯行は不可能”“一人で犯行を行ったとすれば不自然”という点でつっついてくることはできないはずだ。

 案の定、フレイアは悔しげに沈黙した。そして、反対尋問をそこで打ち切った。ギリギリのところだったが、どうにか検察側の辛勝で逃げ切れたと言っていいだろう。


――しかし、思っていた以上に手強い相手ではある。……ここから先、手札の切り方がモノを言うな……。


 向こうも証拠と証人の申請をしてきている。ということは、ある程度こちらを論破できる材料を予め用意してきているということだ。

 トリアスは有罪、大量殺人鬼に決まっている――裁判官達にも裁判員達にも、その心証は深く刻まれているはず。なんといっても、連日トリアスをさながら確定有罪であるかのごとく報道合戦は繰り広げられてきたのだ。影響を受けていないはずがない。そして、その印象は生半可なことでは覆らないはずだ。

 大丈夫。落ち着いて行けば、いい。冷静に戦えば、まだまだこちらが有利なのは間違いないのだから。


「裁判長、次の証人を召喚したく存じます」


 フラワーメイルの裁判は短期決戦。弾を撃ち尽くす勢いで、一気に勝負を決めてやる!幸い、ここの法律では証人を一方が立て続けに召喚申請しても咎められることはない。検察側の証人が続こうが、先に手を挙げた者勝ちなのである。


「証人二号。お名前をどうぞ」

「コルソ・ハーベラ。ジェンシャンタウンで八百屋をやっておりました。……今はもう、店は壊れてしまってありませんがね」


 長身に髭を囃した男は、そこまで告げるとぎろりと被告の方を睨んだ。この男も、政府が捏造した目撃者というわけではない。アイリス地方最北端の町、ジェンシャンタウン。ここも竜巻を受けて、甚大な被害を被った町のひとつだ。生存者は他にもいたが、その中でもボルガがコルソを証言台に招いたのは大きく二つの理由がある。

 ひとつは、コルソが他の生存者達以上にトリアスを憎んでいること。

 そして、もうひとつが――彼が今回の事件で、最愛の妻を亡くしていることだ。そのバックグラウンドが、裁判官達の同情を大きく引くであろうことを狙っての召喚である。

 つまり。さっきのモニカのように。不用意に、弁護側に有利になりかねない証言をしてしまう可能性は低いということだ。


「コルソさん。貴方はアイリス地方全土に竜巻が襲うことになる三日前に、ジェンシャンタウンで被告人の姿を目撃した。そうですね」

「ええ、そうです。間違いありません」

「その時の様子を、詳しくお話下さい」


 トリアスが宿屋の人間と揉めていた様子を、少しでも過激に語ってくれれば万々歳である。――憎しみは人の目を、記憶を狂わせるもの。思い込みでコルソが少しばかり誇張した証言をしたところで、それを責める人間は誰もいないのだ。


「……あの日。私はいつものように、店じまいの準備をしておりました。うちの八百屋は妻と二人だけで切り盛りしてますから、夜になる前に店は閉めることにしているんです。だいたい六時ぐらいでしたかな。通りを挟んだ向こうで、人が揉めていることに気づきました。宿屋の主人が、髪の長い人に向かって激怒していたんです。髪の長い人の顔も見ました。そこの被告人で間違いありません。会話も断片的に聞こえてきたので覚えています」


 コルソは憎悪を隠しもせず、ぎらりと被告人であるトリアスを睨み付ける。少しだけボルガが意外だと思ったのは、当のトリアスはさほど驚いたり怯む様子がないということだろうか。

 諦めの境地、とも違う。今までボルガが見てきたどの被告人ともトリアスの反応は違っていた。

 そう、言うなればまるで――遠い遠い場所にあるかもしれない希望を、まだ諦めていないような眼なのである。


――そこまで、あのフレイアを信じてるっていうのか……?


「宿屋の主人が言っていた言葉をよく覚えています。疫病神、泊まる場所なんてどこにもない、そのまま野垂れ死んでしまえ……そんな言葉を浴びせた上、被告人を突き飛ばして主人は宿の中に引っ込んでしまいました」


 ボルガが狙った通り、証言は続く。そして。


「被告人は泊まる場所も確保できず、相当焦っていたものと思われます。……断られ続けたことを値にもって、アイリス地方の町そのものを消し去ろうとしても……おかしなことではなかったかと」


 特に自分達が誘導する必要もなく、コルソはそう言いきった。一秒でも早く、忌まわしい魔王をこの世から消し去りたいとでも言うかのように。

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