<第二十二話>
フラワーメイルにおける刑事裁判は、被告人が罪を認めていた場合と否認していた場合で大きく流れが異なってくる。
本来ならば検察側も弁護側も、裁判が始まる前に犯罪を立件するための証拠や逆に否定するための証拠を提出することは避けるべきことであるはずである。何故なら、最終的には裁判員達の意見を踏まえて、裁判官が罪を確定させるのがフラワーメイルの裁判であるからだ。予め証拠が提出されてしまうと、裁判官や裁判員の印象を誘導してしまう結果になりかねない。その場合、後手に回りやすい弁護側が不利になりやすいのである。
だが――フレイアが“胸糞悪い”と思うのは。フラワーメイルの場合、とにかく推定有罪で話が進んでしまうということだ。つまり、逮捕された時点で多くの裁判官も裁判員も、被告人は有罪ありきでものを考えるのが当たり前の状況が出来上がっているということ。ゆえに、多少検察側に有利なルールが組み込まれていようと意に反さない者が大半なのである。悲しいことにそれは、一般民衆でさえさほど変わらないのが現状なのだ。
被告人が事前の取り調べで罪を認めていた場合、その後は検察が被告人の犯罪を立件していくための証拠を提示し、弁護側は被告人の情状酌量の余地や減刑を求めるための陳述を行う程度の展開ですんなりと裁判は進む。長引くことも少ない。が、否認していた場合はそう簡単にはいかない。
検察側も弁護側も、予め証拠と証人を申請しておく必要がある。しかし、申請してもその“中身”を予め裁判官ら中立の立場の者が改めるということはしない。ゆえに。土壇場で、証拠を別の証拠に差し替えるということも、暗黙の了解で不可能ではないということである。
ただし、最初に五つの証拠を申請したのなら、必ずその五つは裁判の中で開示されなければならない。証人もやむを得ない事情がなければ同様だ。つまり、差し替え前提で実際よりも多い数の証拠と証人を申請しておく、という手段は取れないのである。
弁護側と検察側。意見が異なる場合は、予め用意したそれぞれの証拠と証人を提示して、徹底的に意見を戦わせることになるのだった。真実は法廷で争われる。最低でも一日、最高で一週間。この期間を過ぎれば後は判決が出るのを待つしかない。トリアスの運命は、ここまで積み重ねてきたフレイアの証拠と、弁論の技術にかかっているのである。
「……大丈夫か?ずいぶん疲れているようだが」
手錠を嵌められ、歩かされているトリアスに気を使われてしまい、フレイアは苦笑した。そりゃ、遅刻ギリギリに法廷に現れ、おまけにスーツのあちこちが砂まみれと来た日には心配されるのも無理からぬことではあるのだが。
「ん。悪いな、バタバタしちまって。どうしても最後に確認しておきたいことがあったんだけど、思った以上に時間かかっちまった。アイリス地方ってほんと、砂嵐やべーのな」
「町が砂漠の中に点在しているからな、仕方ない。……その様子だと、頑張った成果はあった感じか?」
「まあな」
砂を払いながら歩くフレイア。体力も気力も消耗したが、疲れた分得られたものはあった。なんとか証拠としての形にもなった。あとは、これをどう組み立て、どのタイミングで提示していくかである。
「俺からもな、礼を言わせてくれ、トリアス」
ゆっくりと、裁きの場へと歩を進める者達。この時間はいつだって緊張してしまう。自分のミスが、そのまま一人の人間の未来を左右してしまうこの状況。重くなかったことは一度もない。今回の事件に限ったことではない。無実の人間を、救えるかどうかがこの手にかかってきるというこの現実。いつだって、裁判は重く、苦しく、プレッシャーに潰されてしまいそうになることも少なくないのだ。
それでもこうしてフレイアが立ち続ける理由は、正義感も勿論あるのだが。実際のところ、今日のためのようなものだった、なんてことを言ったら――トリアスはどう思うだろうか。
テクノにはちらりと話したけれど、まだトリアスには言っていない秘密がある。それは自分がただ、善意でトリアスを助けようとしているわけではない、ということだ。
「マリアンヌ達の里が襲われたと知った時、きっと動揺したことだろう。それでもお前は……脅されてなお、やってもいない罪を自白するということをしないでくれた。人質を取られたも同然だったせいで、俺たちもそこが一番心配だったんだけどな。お前が自白しちまったら、その時点でほぼ有罪判決確定だったろうし」
「……彼女も、彼らも……皆、強い者達ばかりだからな」
トリアスはその美しい面に、ふわりとした笑みを浮かべて言った。
「彼らなら、きっと望まないと思ったからだ。俺がここで折れたら、彼らは犯罪者を匿った集団ということにされてしまうだろう。それだけは、避けるべきことだ、違うか」
想像以上に彼は冷静で、落ち着いていた。フレイアは心の底から安堵する。裁判で取り乱して、誤解を招くような発言をしてしまったりやってもいない罪を自白してしまう被告も以前にはいたからだ。プレッシャーを感じているのは当然弁護人だけではない。むしろ、裁かれる本人はどれほど重圧を感じていることだろうか。
それでも真っ直ぐ前を向いて立てるとしたら、それは――真の強者たる者だけだ。
「そっか」
フレイアは思う。必ず勝とう。勝って、この悪い夢を終わりにするのだ。
「あんたは昔から変わってないのな……トーリア」
「え?」
きょとんとした顔で振り向くトリアス。フレイアはひらひらと手を振って、それ以上言葉を重ねるということはしなかった。
***
フラワーメイルの裁判は、検察、被告、弁護士からの特別な申請や手続きがない限り、もしくは裁判官が必要だと判断しない限り、審議は連日で行われることになる。
以前は月に一度ずつ行っていたらしいのだが。フラワーメイルの犯罪率の増加に伴い、ひとつの裁判をそれだけのスパンで審議していてはまったく対応が追い付かなくなってしまったのである。それは、裁判所の数も裁判官、検察、弁護士の数も圧倒的に足りていないせいだった。
何故急激に犯罪が増えたのか。その原因は政府の政策への不満が最たるところであるとされている。共通の敵を作り、民衆の不満の矛先を少しでも別の存在へとズラそうと政府が躍起になっているのもそういうことだった。他に憎むべき相手がいれば暴動は防げるだろうという、あまりにも安易な考え方が透けている。
「それでは、検察側から被告人への罪状を述べさせて頂きます。我々は主に三つの事件に関して、被告人の犯行であるとし処罰を求めております」
堂々と立ち上がり、紙面を読み上げる男をフレイアはじっと観察した。恰幅のいい体格にピカピカのスーツを着こんだ中年の紳士。ボルガ・バターカップ検事である。
「まず一つ目。×月×日の深夜に起きた、アネモニ村の大虐殺事件。人口八十三人のアネモニ村にて、深夜何者かが鋭利な刃物を用いて村人達の寝込みを襲撃。村人のうち、八十二人が死亡……生き残った唯一の村人がそこにいるトリアス=マリーゴールド被告です。犯行後、犯人は村に火を放って逃走。凶器の刃物は現在でも発見されておりません。そもそも焼け野原じゃ特定できないってところですな。罪状は強盗殺人と、放火、器物破損。村の有力者の屋敷からは大量の金品が盗まれていたことが確認されております」
――ボルガ検事か。……一見すると人格者であり、同僚に対しても容疑者に対しても礼儀正しく振る舞うことで知られているが。黒い噂もちょいちょい聞くんだよな。確か、ルネの事件でも検事を務めていたのはコイツだったはずだ。
「二つ目。×月×日~×日にかけて発生したアイリス地方の大災害。突如発生した竜巻により、複数の街が巻き込まれて甚大な被害を被りました。その後の調べにより、この竜巻が魔法によるものであると判明。竜巻が発生する少し前に複数の町でトリアス被告の目撃情報が上がっております。どれも、トリアス被告が宿屋に宿泊しようとしたのを門前払いを受けていたというものですな。店主とトリアス被告が揉めているのを見た、と生き残った住人達が証言しております。また、アイリスタウンの丘で魔法を操るトリアスの姿を目撃した人物がおります。この後証人として召喚させて頂きましょう。罪状は強盗殺人と魔法風紀法違反。器物破損に該当いたします」
ボルガの堂々とした振る舞いは、そのまま検察の自信の現れだろう。
自分達の捜査は間違っていない――否、必ずトリアスの犯罪を立証できる、冤罪をでっちあげられるという歪んだ信念と言うべきか。
反吐が出る、とフレイアは思う。誰も彼も、自分がその立場を押し付けられたらなどとけして考えもしていないのだ。
「そして最後の三つ目。×月×日、正午頃。フラワーメイルの世界征服に対して国家転覆を狙い、トリアス被告の宣戦布告映像が出回ったことですね。トリアス被告はスフィアテレビの国営放送の電波を一時的にジャックすると、この世界を自分が支配する旨、逆らう者は容赦なく殺害することを示唆する内容を放送しました。そして、サンフラワーシティ全域にテロ行為を仕掛けようとして盗賊の里に潜んでいたところを、勇者一行に発見されて戦闘になり討伐、逮捕されるに至りました。罪状は国家転覆、電波無許可使用、テロ計画、および勇者一行への傷害罪に当たります。さて被告人、これらの罪状について言いたいことはありますか?」
にやにやと笑いながら、トリアスに陳述を促すボルガ。どうぞ、と無機質に裁判長が告げると同時に。トリアスの、芸術的なまでに整った唇から、その声は漏れたのだ。
「私は。……勇者一行への障害行為以外の、すべての犯行を否認いたします。そしてケイニー氏らへの犯行は全て、攻撃を受けてやむなく自衛のため戦闘を行っただけに過ぎません。自ら望んで彼らに傷を負わせたわけではないのです」
静かな声。すっと、とフレイアも立ち上がる。さあ、戦いの――幕開けだ。
「被告人が告げた通りです。弁護側は、最後の勇者一行への反撃は正当防衛であったと考え……被告人の、無罪を主張させて頂きます」




