表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王陛下の無罪証明  作者: はじめアキラ
21/34

<第二十一話>

 キャサリン・ナスターシャムのところに書類が届いたのは、トリアスの初公判を一週間後に控えた日のことである。

 書類を見て返送し――キャサリンはその足で、今回の事件の担当検事の元へと向かっていた。幸い、裁判所も関連施設もみんなサンフラワーシティ内にある。徒歩で行けるだけでも便利だ。正直、最近は人ごみに行くのが億劫でたまらなかったのである。電車に乗るのも避けたかった。色々ありすぎて疲れているのが、自分だけではないことくらいわかっていたけれど。


「すまないね、よく引き受けてくれた。キャサリン」


 検事であるボルガ・バターカップは。愛嬌のある丸顔に禿げ上がった頭を掻きつつ、笑顔でキャサリンを応接室に迎え入れた。


「こんなにギリギリになってしまってすまない。やはり、君こそ我々の側の証言台に立って貰うのが相応しいと思ってね」

「いえ、それはいいのですけど……」


 勇者・ケイニーの仲間であり、トリアスを直接倒して捕まえた立役者。そう評価されるのは、キャサリンとしてもまんざらではないことなのだが。

 リーダーとして、自分よりもケイニーの方が顔が売れていることはよくわかっている。ボルガも、証言台に立たせるのは本来キャサリンよりもケイニーの方が良いと思っていたはずだ。それが、自分にお鉢が回ってきたということは、もしや。


「ケイニーに、証言を断られたんですか?検事さん」


 嫌な予感はしていた。なんせ、自分達の中でもっとも情に流されやすいのがケイニーである。もしも冤罪だったら、というのがどうしても頭から離れなかったようだし――この裁判が終わって有罪が確定すれば、トリアスがほぼ確実に死刑になることは決まったも同然だ。自分の手で、魔王を殺してしまうかもしれない、そう解釈すれば迷ってしまうのもわからないことではなかった。


「残念ながらな。まあ、予想はしていたことだ」

「……あたしも、全く想像してなかったわけじゃありませんけど。でも……ケイニーは、勇者なのに。魔王を倒して、この世界を救った英雄なのに、どうしてもっと胸を張らないのかしら。証言台で堂々とケイニーがトリアスの犯した罪を話せば、世界のみんなだって納得するし安心するのに」

「そうだろうね。ただ、君も思っての通り……彼は甘すぎる。少しでも迷いがあるのなら、やはり最初から裁判に呼ぶのはリスキーだったと言わざるを得んさ。一番困るのは、証言台に立ったその場で予定外のことを勝手に喋られることだからな。その点、君は安心だ。何が正義で何が悪か、きちんと分かっているのだから」

「……ええ。そうですね」


 そう。ケイニーと自分は、違う。キャサリンはわかっていた。魔王という存在が、どれほど恐ろしく、生まれついての罪であるのかということを。




『キャシー!ほら、もっと笑って笑って!せっかくキャシーは美人さんなんだもの!』




 いつも笑顔で明るく、料理上手だった叔母。母とは年が離れていることもあって、叔母というよりおばあちゃんみたいな印象であったのは事実だ(と言ったら、少々失礼かもしれないが)。彼女には子供がいなかった。その分、遊びに来たキャサリンを我が子のように可愛がって、いつも美味しいクッキーを焼いてくれたのをよく覚えている。

 叔母特製のクッキーは味が豊富で、特にチョコチップがいっぱい入っているものが大好物だったものだ。叔母もそれがわかっているから、チョコチップ入りを一番多めに作ってくれた。あとはレモンの風味がよく聞いたケーキや、ミートパイなんてものもあったように思う。母とはまるで違う味。彼女は町中の人をいつも呼んでパーティをしていたし、町でも人気者だったことを知っている。――ただ一人、魔王であったルネのことは気味悪がって家に呼ばなかったが、精々彼女がルネにしたことと言えばそれだけのことであるはずだ。そして、町の中でルネとその恋人の青年を嫌っていたのは、何も叔母に限ったことではない。

 魔王を気味悪がるのは、人間ならば当然であり、仕方ないことである。もしそんな程度のことで、叔母が殺されたのだとしたら、あまりにも理不尽がすぎるではないか。何も、ルネに対して酷い暴力を加えたわけでもないというのに。




『嘘よ、こんなの嘘よ!嘘に決まってるわ、叔母さん、叔母さん!いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』




 ああ、いっそ。叔母の遺体が爆発などでバラバラに霧散してしまっていたのなら、どれほど良かったことだろう。

 それなのに、彼女の遺体は、惨たらしくも彼女が彼女だと分かる面影を残してしまっていた。生きたまま捻じ曲げられた四肢、頭皮ごと剥がされた髪、抉りだされた目玉に弾けて内蔵が飛び出した腹。ほとんどの傷が、生きている時につけられたものだと知った時――キャサリンは絶望し、そして誰よりも魔王という存在を憎悪したのである。

 どうして、あんな惨たらしい真似ができるのだろう。叔母が、あんなに苦しみぬいて殺されなければならないほどのことをしたとでもいうのか?いいや、あの優しくて明朗快活な叔母が、そこまでの罪を犯した筈がない。あんな殺し方、吐き気を催さずに出来るのは、それが快楽でしかない殺人鬼以外のなんだというのだろう。

 きっとルネは、逃げ惑う叔母を捕まえて、ゆっくりゆっくり手足をねじ切っていったのだ。そして苦しみ悶える叔母の悲鳴に快楽で股間を濡らしながら、嫌らしい笑みで叔母の髪の毛を引っ張り、頭皮をばりばりと剥がしていったのである。気絶しないように、回復魔法でもかけながらやったのかもしれない。必死で助けを求める叔母の腹を時間をかけて引き裂いて、腸や肝臓や子宮をぐちゃぐちゃとかき混ぜたのだろうか。その光景を散々見せつけた後で、量の目玉を抉っては彼女を絶望の淵に追いやり、トドメをささずに放置してやったのだろうか。

 ああ、それらの光景を――キャサリンは実際に見たわけではないけれど。あの叔母の遺体を見てからずっと、そんな想像が頭の中に焼きついて離れないのである。あの女は、あの悪魔は、どんな風に笑いながら叔母を辱め、地獄の苦痛の中でその命の芽を摘み取ったのか。出来ることならば、キャサリンがルネを捕まえて同じことをしてやりたかったほどである。そうそれば、叔母がどれほど苦しんで死んでいったのか、やつにたっぷり思い知らせて、後悔させて殺してやることができたのに。

 ルネがいなくなった今、キャサリンの怒りの矛先は魔王という存在全てに向けられていた。魔王がいるから、あんな力を持つ欠陥品の化物がいるからこの世界は平和にならない。罪もない叔母のような人々が苦しめられ、傷つけられ続けているのである。自分はなんとしてでも、悲劇を阻止しなければならないのだ。叔母が生きていたらきっと、同じことを望んだ筈なのだから。


「安心してください、検事さん。あたしが迷うなんてこと、絶対にありませんから。むしろあたしは感謝してるんです。魔王を滅ぼし、あたし自身の手で魔王にトドメを刺す機会をくれたこと。天国にいる叔母さんも、これで少しは報われるというものです」


 心配する必要などない。全て状況証拠しかない状況ではあるが、そんなものなくても世論が政府と検察、キャサリン達に味方してくれることだろう。今回の事件で、被害にあったアイリス地方の者たちなどは特によくわかってくれるはずだ。愛する者を、自分自身を害されたことへの恨みは計り知れない。それは、キャサリン自身が誰よりもよくわかっていることである。


「あたし達は偶然入手した情報から、国際指名手配されていたトリアス・マリーゴールドの潜伏先を発見し、彼を三人の力で倒して警察に引き渡した。その流れを、堂々と説明すればいい。それだけですよね」

「そうだ。君達は正義を成しただけだ。一部の者は冤罪かもしれないなどと騒ぐことも予想されるし、あの弁護士がどんな手を使ってくるかはわからないが……何も心配することはない。証拠の捏造くらいはしてくるかもしれないが、トリアスが犯人ではない証拠も、トリアス以外が犯人である証拠もそう簡単にでっちあげられるものではないさ。……そんなもの多少出てきたところで、裁判員の現在の心象はそうそうひっくり返るものでもない。これは、裁判員裁判なのだからな」

「ええ」


 ただ、唯一の気がかりなことがないわけではない。それは、仲間のケイニーのことだ。検察側の証人になることを断ってきたのはまだいいとして。それ以外に、情に溺れて余計な行動に出ないか心配である。最近は、ちょくちょく一人でどこかに出かけているようだし、まさかトリアスの関係者に会いにいくような馬鹿な真似はしていないとは思うけれど。


――この裁判では、今後の法改正のきっかけにもなりうる……大きな運命がかかってる。


 キャサリンはぐっと拳を握り締める。この裁判で、正しく有罪・死刑判決が下れば。さすがの穏健派の政治家達も、魔王という存在を放置してはいけないということを理解するだろう。魔王の力を持った人間は、生まれた時から正しく隔離・監視して、危険な行動を起こさないように政府が管理しなければならない。それが野放しにされているから、魔王の惨劇は繰り返されるのである。

 この裁判の結果次第では。目先の僅かな人間の人権よりも、多くの者の平和と安寧の方がどれほど大事であるか、皆がはっきりと理解してくれるようになるはずである。


――大丈夫よ。あたし達は、正しいんだから。


 そう、迷う必要などない。

 正義は必ず勝つ。それは、いつの時代でも証明されてきたことなのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ