<第二十話>
フレイアとて、この展開には予想がついていた。ただ、自分が想定するよりも少しばかり早かった為、駆けつけるのが遅くなったわけだが。
盗賊の里では、突然の襲撃者と襲撃者たちが連れているモンスターに怯えている里の者たち、そして肩から血を流しているテクノの姿がある。それだけで、何が起きたかなど考察するまでもなかっただろう。
「“Heal-Rain”」
スペルを唱えて、テクノの怪我と、向こうで負傷して倒れている里の者たちの傷を同時に治療した。幸い、どちらも深手ではない。全体化させた回復魔法を使ったところでたいした魔力の消費ではないし、癒される側の体力を大幅に削るということもあるまい。回復魔法というのは、使いどころを間違えると回復された側の体に負担がかかり、かえって悪い結果を招くことがあるのだ。そのあたりは、まがりなりにも白魔導師の才を持つフレイアにはよくわかっていることだった。
「あんたが、フレイアかい……!?」
ばたばたと走り寄って来たのは、浅黒い肌に筋肉質な体格をした美女である。黒髪、顔立ち濃い目、健康的な体格――やばい俺の好みドストライクじゃん、とフレイアは内心思ったが、どうにか欲望は顔に出さず真面目な様を取り繕った。美人の前で、無様な姿は見せられまい。そもそもふざけていい状況でもない。
そして彼女の外見から、なんとなくその正体にも心当たりがついていた。ついさきほど、トリアスから話を聞いてきたばかりであったのだから。
「ああ、そうだ。あんたもしかして、里長のマリアンヌさんか?この里を二十年も引っ張ってる、凄腕の盗賊だってトリアスから聴いてるぜ」
「やだね、褒めすぎだよ。……その様子だと、状況はわかってるかんじかい?」
「ああ、ばっちりわかっちゃってるぜ。……悪いんだが、少し頼まれてくれるか?」
目を見開く彼女に、フレイアは耳打ちする。彼女が断らないのはわかっていた。これは、トリアスと村の為の行動なのだから。
「……わかった、やってみる。トリアスの冤罪を晴らす為だ、あたしらに出来る協力ならなんだってやってやるさ」
さすが里長、女性ながら本当に凛々しい。後でナンパしたいな、なんてことは置いていおいて――フレイアはまっすぐ、目の前の招かれざる客達を見つめた。
獣使いばかり、五人。好都合かもしれない。獣使いは、操れるモンスターが倒れれば戦闘能力は大幅にダウンする。まず撤退してくれると見て間違いあるまい。なら、モンスター達だけぶっ飛ばせば、本人達に攻撃することなく事を収められる可能性は充分にあった。
正直、こんな卑怯なやり方をしてくる連中なんぞ何発殴っても足りないくらいなのだが。万が一怪我をさせたりしようものなら、後でトラブルの原因になることは必至である。万が一、逆に訴えられでもしたらたまったものではない。
――そして獣使いは、一度自分が操っている獣が戦闘不能になると、一定期間新たな獣を召喚することができない……!
「……一応話だけは聞いておこうか、目的はなんだい?さっきちらっと話してた内容聞こえてたんだけどさ。俺、弁護士で、誰かさんの弁護をしてまして。そこにいるちっこい拳闘士は、一応俺の相棒ってわけなんだけどさ」
先程までのテクノの活躍で、目の前の覆面連中も相当イラついているのは想像がつく。話などしたら正体がバレる原因を作るとわかっていながら、結局挑発を受け流せなかったならそういうことなのだろう。
「……生きている価値のない悪魔に、弁護など必要ない」
唸るように、奥にいた一人が口を開く。壮年の男の声だった。さっきちょっとだけ聞いた声と違うということは、テクノに話した奴とは別の人間なのだろう。
「魔王トリアスは、魔王として捕まり、処刑されなければならない」
「冤罪である可能性は考えないってか?物的証拠など何処にもないんだぜ」
「冤罪だろうとなんだろうと関係ない!魔王が魔王として勇者に狩られるべき存在であり、政府の、この世界の人々の敵であり続けることが……この世界の平和を作る唯一の手段だ。お前のような若造にはわかるまい……!」
「なーるほどね」
フラワーメイルには、幾つも問題がある。例えば、表向き階級制度などないというのに、一部の人間達が富を独占しているせいで貧富の差が激しくなる上、貧しい人々を救済する制度が一切無いことだとか。一度逮捕されてしまうと、推定無罪を唄いながら結局有罪扱いで報道され、99%以上の確率で有罪が待っているということだとか。特定のジョブへの差別と偏見で、苦しんでいる人々が存在することだとか。
そういう不満一つ一つは小さくても、積み重ねれば馬鹿にならないのは明白である。政府は、人々の不満の矛先を向ける存在がどうしても必要だったというわけだ。政府ではない、政府と人々の共通の敵を作ることによって。
それが、魔王。
同じものを仲良く叩けば、それが人間同士を団結させることのできる唯一の力になる。それは、確かに事実ではあるだろう。でも。
「くだんねぇ。お前ら幼稚園児かよ」
フレイアは一蹴する。
「誰か一人を当然のように犠牲にしないと成り立たない平和なら、そんなもんさっさと滅んじまえ。お前ら、自分がその“たった一人の生贄”に選ばれるかもしれねえなんて微塵も思ってないんだろ。ふざけんな。魔王ってのは遺伝じゃない。偶発的に発生するジョブだ。もしかしたらお前の知り合いや友人がそのジョブを隠して生きてるかもしれないし、お前の息子や娘がそのジョブとして生まれてくるかもしれない。お前の身近な、とても大切な人間がそうだったらどう思うよ。同じジョブの人間がこんな冤罪食らって苦しめられてるのを見て、明日は我が身かもと震えてる奴らの気持ちがお前らに分かるのか?わかんねーだろうな、わかろうともしてないんだからよ!!」
魔王の力は、障害などではない。本当は、様々な才能に溢れ、誰よりもこの世界の為に貢献できる素質を持った素晴らしい力であり、唯一無二の個性であるはずなのだ。
それなのに、この世界は、その力を障害や欠陥であるかのように扱って差別する。過去に魔王が、犯罪を犯したことがあるからという理由で。そもそも魔王以外の存在が犯罪を犯す確率の方がよほど高いという事実からも眼を背けて。
「魔王だけじゃない。髪の色、目の色、肌の色、同性愛、異性愛、生まれた土地、種族、言語……これだけ人間の数がいれば、みんなバラバラなのは当たり前だろうが。生まれる時、自分の種族や髪の色なんざ誰も選べない。なのに、どうしてその生まれ持った、本人にはどうしようもないことだけで差別されて生きていかなくちゃいけねえ?お前らは無いのか、自分にはどうにもならないことで苦しめられて、虐められて、悔しい想いをしたことが!一度でもあるなら分かるはずだ、それがどれだけ理不尽で、最低の行為だってことがよ!!」
自分の言葉は、目の前の襲撃者達にどれほど届いているのだろう。全く届いていないのかもしれないし、痛くも痒くもないとその覆面の下でせせら笑っていることも充分有り得る。
それでも、フレイアは言わずにはいられなかった。誰かを仲良く叩いて得る平和など、本当の平和であるはずがないのだから。
「……綺麗事を、言うな!」
五人のうち一人が叫び、手で合図をすると同時に。テオウルフの一体が雄叫びを上げた。モンスターの攻撃力を上げる遠吠え。来る、とフレイアは身構える。
「お前らの理想論に付き合うほど……政府は暇じゃないんだよ!!」
三体のテオウルフが、同時にフレイアに向かって来る。フレイアさん!とテクノの悲鳴に近い声が飛んだ。
「綺麗事かもしんねえな。でも」
自分は白魔導師。高い攻撃力など持ち合わせていない。でも、彼らは忘れているようだ。白魔導師というのはつまり、補助魔法の、エキスパートだということを。
「実現しちまえば、どんな綺麗事も現実になる!俺がそれを、証明してやらあ!! “Fast-All”!!」
スペルを自分と、テクノ達にかけた。全員の素早さを上げれば、テオウルフの牙をかわすことも難しいことではない。
「う、動きながら、白魔法を唱えているだと!?馬鹿な!!」
「お生憎様、昔っからコレだけが取り柄だったんだよなあ!!」
フレイアは腕力もなければ、高い攻撃技術もない。白魔法を使っての攻撃魔法も使えないポンコツだ。しかし。
白魔導師という後衛職にしては足が速く、また動きながらも集中を切らさず魔法を唱えきる技術だけは努力して磨いて来たのである。回復を担う白魔導師は、パーティの誰が倒れても最後まで残っていなければいけない存在だ。冒険者でなくても、その精神は大いに役立つ。そう、自分は後衛。前衛をサポートし続け、生き残るのが最大の仕事。
そう。攻撃は、前衛職――拳闘士のようなヤツに、任せればいい。
「“Ppowerful”!“Protect”!!」
「任されました!!」
腕力を上げる魔法、物理防御力を上げる魔法。それらを連続で繰り出す。
今度は全体化させる必要もない。そして、単体へ魔法をかける場合は、詠唱も魔力の消費も非常に節約することができる。かける相手はたった一人――自分の頼もしい、小さな相棒だ。
「はああああ!!」
速度と腕力を強化されたテクノが、モンスター達の合間を素早く駆け、飛び回り、その拳が獣達の顎を砕いて回った。
テオウルフの断末魔が五つ、狂ったような不協和音を奏でる。血飛沫があがり、その身が倒れていく。この状況には、さすがの黒服連中も慌てたのだろう。動揺のざわめきと共に、一歩ずつ後ずさっていく。
「なんだい、まだやる気だってのか?」
やったの俺じゃないけど、と心の中で舌を出しながらフレイアが言えば。
「く、くそっ!撤退だ!覚えてろよ!!」
小悪党のテンプレートを忠実に再現して、モンスターを失った五人の獣使い達は撤退していった。逃げ去っていく彼らを追うべきかどうか。フレイアはちらりと考えて、その必要はないかなと思い返す。
テクノの前には、物言わぬ屍となっているテオウルフ達が転がっている。これで、充分だろう。
「フレイア!」
マリアンヌが声を上げた。その手には、小さな袋が握られている。
「言われたことはやったよ、これでいいんだろ!?」
「流石」
さて、本当に追い詰められたのは一体誰だったのか。フレイアはニヤリと嗤う。これで、殆どこちらのカードは揃った。後は。
――後は。もうひとりの“黒幕”を捉える、最後の準備をするだけだな。
さて、彼はどう行動するのか。
後はもう、その良心次第ということにはなるのだけれど。




