<第十三話>
映像をもう一度、テクノと共に確認してみることにするフレイア。
砂漠のどこかで撮影されているらしい。背景には、砂と青い空しか映っていない。快晴のようだ。時刻表示はないが、太陽が高い時間帯であることは間違いない。
『俺はけして、お前達を許さない』
まるで親の仇でも見るかのようにこちらを睨むトリアス。この怒りに満ちた声が、カメラに向けられている。
『魔王だから?それだけの理由で何故、我々はお前達に虐げられなければならない?俺達は何もしていない……ただ、お前たちと同じように普通に生きて、当たり前の生活がしたかっただけだ。それなのに、お前達はいつも我々から理不尽に愛するものを奪い取る。魔王・ルネのこともそう。彼女がどれほどの辱しめを受けて魔王であることを暴露され、その傷に苦しんだことか!愛する人を奪われたことを嘆き悲しみ、そして怒りを感じたか……!それなのに、お前達は彼女の叫びを全ての聞かなかったことにした。俺はあの裁判、傍聴席で全ての真実を聞いていたんだ……っ!』
この時点で、フレイアは気付いていた。トリアスが怒りをぶつけている相手は、どうやら“カメラの向こう側”ではなさそうだということに。
カメラは時折風で揺れるも、殆ど動かないため固定されているように見える。それだけ見れば、フレイアが自分でスフィアカメラを固定して、それに向かって演説しているように受けとることも出来るだろう。だが。
「人目を避けるためつっても、風の強い日に砂漠で撮影するか?普通。砂漠で撮影したって冒険者その他はそれなりに遭遇するし、むしろ屋外で撮るのはリスクしかねー気がするんだけどよ」
「ですよね」
「そんでもって、このトリアスの視線だ」
とんとん、とパソコンの液晶をつっつくフレイア。
「ズレてる。明らかに。……自分で演説映像撮ってるなら、レンズに向けて話すに決まってるのに、トリアスが見てるのはレンズよりも高い位置だ。つまりこれは……トリアスと話してる誰かが、胸ポケットあたりにカメラをしのばせて隠し撮りしてるってこった」
なんとなく想像はつく。人間ならば、胸ポケットにカメラを入れていても多少呼吸や鼓動で揺れてしまうものだ。それを誤魔化すために、揺れやブレを風の音を使って風で揺れたように見せかけているのである。
その証拠に。風の音はこれほどしているのに、肝心のトリアスの髪はさほど揺れていないのだ。不自然にも程があるではないか。
『…………なるほど?我々の存在が罪であることは歴史が証明していると。くだらん。それはお前達が作り出したまやかしの罪だ。ルネの時がいい例だろう。奴等が彼女を辱しめなければ、彼女の愛するものを壊さなければ……あんな惨劇は起きなかったのだから。……本当にしつこい!だから、俺はお前達が大嫌いなんだ……っ!!』
時折ノイズが走り、一部音が聞こえづらい箇所が出る。音声を誤魔化しているのか、編集の粗がバレないようにするためか。
そう、この映像はやはりというべきか、複数の映像を組み合わせて作られている。違う場面で録られた映像を繋いで、全て一繋ぎであるように見せかけているのだ。
「なんで国民はこんな映像にホイホイ騙されるんだよ……!」
フレイアは呆れと怒り混じりに吐き出した。
「背後の影は編集してあるけど、顔や髪の影がおかしいだろうが!背後の影と反対側に伸びてるとか変だろ、変!つーか、そもそもコレ撮影してるの砂漠じゃなくね?青空と砂ってシチュエーションが画像貼り込みしやすいからそうしてるだけだろ!?」
「確かに、おかしな点だらけの映像……ですよね」
でも、とテクノが苦い顔で呟いた。
「それでも。……人々はこの映像が真実だと信じたんです。……魔王・トリアスが、世界に宣戦布告をした……と。殺さなければならない新たな魔王が誕生したのだと。……得体の知れない敵より、誰もが知ってる恐ろしい魔王である方が都合がよかったんです。政府だけじゃなく、一般の人にとっても……」
それは、もはやフラワーメイルの真実だと言っても過言ではなかった。フレイアは黙りこむ。以前誰かがこんなことを言っていたのだ――人間は、みんなで仲良く同じモノを叩かないと仲良くできない憐れな生き物なのだ、と。
政府のやり方は強引だ。これだけおかしな点が多い事件だというのに、きちんと調べもせず捕まえた相手に有罪を押し付けている。下手をしたら、自白を強要させるために拷問に近い行為も行ってきたかもしれない。だが、そういう現状を望んでいるのは他でもない、“自分達には関係のない話だから”と高見の見物を決め込んでいる連中もそうなのだ。
自分だけは大丈夫。疑われるようなことなどしてないから、絶対に“そっち側”になんて行かない。そう思っている連中は、政府が差し出してくる“推定有罪”の相手が晒されると、口々に騒ぎ立て親の敵のように罵倒して石を投げるのである。政府にとっても、一般人にとっても、共通の敵があればあるほど治安は安定し平穏は守られると知っているのだ。たった一人生け贄にすればいい。それが赤の他人であるならば――そこで、足を止めて躊躇える人間が果たして何人いるだろう。
何か一つ違えば、次に処刑台に上がるのは自分かもしれないのに。
『お前達が俺を殺しに来ると言うなら……俺も黙って殺されてやる気はない……!覚悟しておけ。これ以上俺と家族を侮辱するなら……お前たちにもそれ相応の報いを受けてもらうことになるぞ。……世界への宣戦布告だと?そう思いたければ思うといい……!!』
恐らく、台詞の合間合間で、この人物はトリアスを罵倒し激しく挑発を繰り返したのだろう。音は編集され、その人物の問いとおぼしき声は一切聞こえて来ないが、それでもこれが何者かとの会話であることは明白である。トリアスが一人で、不特定多数の者達に宣戦布告をしていると受けとるには少々不自然な言い回しが多すぎる。
だが。それでも、だ。これを政府が“宣戦布告の言葉だ”としてトリアス逮捕に乗り出したのである。そうすれば、トリアスの少し誤解を受けかねない台詞は全て――“そのためのものに違いない”と解釈されるのだ。政府の、人々の都合のいいように。
「……政府の、国営放送のセキュリティは恐ろしく高い」
想像していたが。それ以上に、自分達の――トリアスの敵は強大であるらしい。
「そいつの電波をジャックして、トリアスはこの放送を全国的に流したってことになってるが。国営放送だぞ?警察どころか軍の奴等が見張ってるような建物だぞ?中に侵入して放送を無理矢理流させるのもキツすぎるし、普通にシステムをクラックするのだってハードル高いのに……国営テレビのセキュリティじゃ無理ゲーも無理ゲーだ。政府の言ってることは最初なら矛盾している。世界一のセキュリティ、が乗っ取られるようなことなんざあるわけがねぇ」
「ということは……」
「放送は乗っ取られたせいじゃなく、予定調和だったってことになる。……その証拠を抑えることができれば、黒幕を暴くのは難しくないはずだ」
そこまでが大変なのは百も承知である。しかし、これでようやくこの事件も光明が見えてきたというものだ。
「あとは、アネモニ村から盗まれた金品の行方と、そからこの映像についてトリアスに確認をだな……」
ちょうど目の前の映像も終わったところである。パソコンを閉じるべくマウスを動かそうとした、その時だった。
『らんらんるー!らんらんるー!きょーおっもげんきっに、らんらんるー! わるいこ、いないか!みーんなであそぼー、らっんらん、るー!!』
「どわっ!!」
突然事務所に鳴り響いた間抜けた歌に、フレイアはひっくり返った。フラワーメイル唯一の国営放送局で流されているアニメ、『まじかる☆らんらん!』の主題歌、らんらんるーのうた、である。フリフリのスカートを着たヒロインの猫耳どじっこムスメが、愛するオニたろうと結婚するため、婚姻届を片手に仲間たちと楽しくストーカー行為に勤しむというわけのわからぬ内容だ。というか、ストーカー行為を派手に繰り広げる内容を国営放送の、子供向けアニメで本当にやっていいのかは甚だ疑問であるのだが。
「あ、電話ですね」
しれっと言ったのはテクノである。
「そういえば一昨日、着信音を変えさせてもらったんでしたー」
「おま!何勝手なことしてくれちゃってんの!?しかも何でアニソン!?めっちゃ間抜けだし電話の音じゃねーだろコレ!!」
「いいじゃないですか、猫耳どじっこムスメちゃんすごく可愛いでしょ?」
「お前そういう趣味があったの!?!?」
駄目だ、突っ込んでいたら日が暮れる。というかいくら事務所の着信音が残念極まりなくとも電話は電話だ。向こうの相手をいつまでも待たせておくのは忍びないというものである。
「後で直しておけよなっ!」
えー、と不満げなテクノにびしっと一言言うと、フレイアは残念な歌を流し続ける電話の子機を手に取った。
「もしもし?」
残念ながら、この事務所の電話はディスプレイに番号や名前が表示されない超旧式である。高い電話を買う金がなかったせいなのだが。
ゆえに。相手が誰なのか理解するのは、いつも向こうが喋りはじめてからなのである。
『……あの。そこは、フレイア・ブロッサムさんの……法律相談事務所、であってる、か?』
辿々しく、どこか緊張した面持ちの声。どこかで聞いたような気がするが、誰だっただろうか。首を捻りつつフレイアは、そうですけどー?と間延びした返事を返す。別件の依頼なら今は断ろうかと思っていたが、そもそもこの事務所に電話で相談してくる者はさほど多くない。そのせいで、一昨日変えられた電話の着信音に今気がついたほどなのなのだから。
電話の向こうの相手は少し逡巡してから――やがて、覚悟を決めたように話し始める。
『ケイニー・コックスコウムだ。相談したい、ことがある。……少しでいい、時間をくれないか』
さすがのフレイアも目を見開くことになった。まさか、トリアスを捕まえた“勇者”が、自分達に連絡をよこしてくるとは思いもよらなかったのだから。




