<第十一話>
トリアスが起こしたとされる二つ目の大きな事件――アイリス地方を風魔法によって壊滅させ、多数の死傷者を出した一見について。トリアスが犯人だ、と検察が決めうっている理由の最たるところが目撃証言である。
フレイアはテクノと共に、その目撃証言が出た町――アイリス地方始まりの町であるアイリスタウンに来ていた。
「……流石に、事件からまだ一ヶ月過ぎてないからな。あちこちボロボロに壊されたまんまだ」
フラワーメイルの建造物は木造建築が多い。時折石造りの建物も存在するが、石で作ると熱が篭ってしまい、夏の時期が耐えられないほどの暑さになってしまうことが多い上、高いコストが要求されることが理由である。人が住んでいる地域が少ないフラワーメイルでは、必然的に町は温暖な地域に集中している。ごく僅かながら、極寒の土地に小さな農村がポツポツと点在しているようだが、基本どこも暖かな場所であることが多い。
町と町は、主にモノレールで繋がっている。ミスリル鉱石を応用した電気自動車もあるが、速度規制が厳しいことと高価であることからあまり流通はしていない。海の向こうの島や大陸も、長く長く海底トンネルを掘って鉄道を通している。船も存在しているが、フラワーメイルの海は天候が不安定で荒れやすい海域が多く、危険が伴うためなかなか海路の開拓が進んでいないのだ。同じ理由で、空路もまだまだ発展途上であったりする。
町から町へ移動したいなら、電気自動車か鉄道か自転車ということになるが、先の理由で電気自動車はさほど出回っていないし、そもそも騒音が大きいので夜走らせるには向いていない。自転車も、舗装されていない道や砂漠地帯が広いため走れる地域には限界があったりする。よって、今でも人々の移動の多くは鉄道に頼り、冒険者のように頑丈な肉体を持つ者達ならば長い距離を徒歩で突き進むことも珍しくないのだった。
「アイリスタウンって、たしか町そのものが重要文化財に指定されていた町でしたよね。大昔に有名な建築士が作ったレリーフやらなんやらがそのまま建物や壁、該当に残っているんだとかなんとか。今回の事件で、貴重な建物や飾りはみんな壊れるか吹っ飛んでしまったらしくて……被害総額がとんでもないことになってるらしいです」
疲れた顔で土木作業に勤しむ人々を見ながら、テクノがやるせない顔になる。人の手で運ぶのが困難な大きな角材などは、配備された魔導師ジョブ達が魔法で浮かせて運んでいた。工事現場で、魔導師が力を貸すのはけして珍しい光景ではない。建築作業は大抵、魔導師と物理系ジョブの相互協力によって成り立つことが多いのだ。それは、工事用の大きな重機などがまだまだ費用や技術の関係であまり開発されていないからというのもあるのだろうが。
むき出しになった柱や崩れた壁を、魔法で少しずつ解体していく作業員達。その様子を、泣きながら見つめる親子。あるいは呆然と見つめる老人。奪われたものの大きさを、フレイアが目の当たりにするには充分だった。
「……風魔法で襲った、ってのは間違いねぇんだろうな。僅かだけど、魔法の残り香はある」
ただ、とフレイアは続けた。
「復興作業がここまで進んじまってるとなると、壊れた直後がどうだったかまではさすがにわかねーな。竜巻の移動速度だけ見れば、こっちは一人で起こせない事件ではないような気がするけどよ」
「皆さん、一生懸命直してますもんね。……これでも、だいぶ修繕や解体が終わった方なんでしょうね……原型をとどめているっぽい建物もいくつかありますし」
「だな。あと、工事で派手に魔法使ってるせいで、魔力の気配が混じり過ぎてどれがどれやらってかんじだ。さっきの現場以上に、こっちじゃトリアスの魔力の気配が残ってるかなんてさっぱりわかんねーよ」
二人で歩いていく先は、町に入ってすぐの場所にあるボロボロの宿屋だ。といっても、そこが宿屋だったとわかるものは外れかけた看板のみ。大穴があいた屋根に、崩れた壁、突き出した柱と、もはやそれは建物の姿を留めてはいなかった。もし自分達が“此処が宿屋だった”という事前情報を知らなければ、外れかけの看板にさえ気づくことはできなかったかもしれない。
「アイリスタウンで、トリアスが目撃された情報の一つが。この宿屋で、トリアスが門前払いされてたって件だろうな」
ボロボロに壊れてはいるが、此処が格安宿であったのだろうという面影は残っている。ひっくり返ったベッドが黄ばみ、カビだらけの絵が壁に引っかかっているのは、恐らくこの事件が起こる前からのことだろう。
「相当持ち金がなかったんだな、トリアス。……あいつがこんな宿に泊まるところとか想像できねぇよ。竜巻来なくても、地震一発で潰れたんじゃねーのかここ」
「ダメですよそういうこと言っちゃ。ただ……他に宿がなかったからここを選んだ、ではなさそうですね」
ちらり、とテクノが振り返る。通りの反対側には、石造りでさほど壊れていないホテルがにょきりとそびえ立っていた。石造りの方が遥かに金がかかるし、十階以上の高さを建てるなら本当に費用は馬鹿にならないはず。頑丈さは折り紙つきだろうし、オシャレなのは間違いないだろうが――ならば当然、かなりの宿泊料を要求されるのは必至だったことだろう。
「相場はわかりませんけど。トリアスさんならあっちのホテルの方が似合いそうです。王子様ってかんじで」
「確かに、王子様とちょっとしたお城っぽいな」
「あっちのホテルに泊まらないで、こっちの宿を取ろうとした。お金が足らなかったというのは本当なんでしょうね。……強盗したはずの人間が、どうして持ち金不足に陥ることになるんでしょう。こんなこと、少し考えればすぐわかることでしょうに」
「まあなあ……」
この町に来て、宿に泊めて貰おうとしたところ、指名手配写真に気づかれて門前払いを受けることになった――それは恐らく事実なのだろう。目撃証言とトリアスの証言に、相違のある点はないからだ。
問題は、その次。トリアスが竜巻を呼び出して町を襲っているのを見た、という目撃証言が出たのもこの町だったということである。
「トリアスがこの町で門前払いを食らった日と、襲撃が始まった日には開きがある。そして、竜巻はアイリスタウンからスタートしてそのまま北上していき、北に向かって次々と複数の町を壊していったってわけだよな。ただ、トリアスの行動だと考えるとやっぱりおかしな点は多いというかなんというか」
フレイアが違和感を感じたことのひとつがそれだ。アイリスタウンから、その北にあるリザーズテイルシティ、コーンモスシティと被害は拡大していっている。そして、トリアスはアイリスタウンの宿で門前払いを食らったあと、彼自身もアイリス地方を北上し、他の町の宿でも泊めて貰えなかった様を目撃されているのである。竜巻は、トリアスが北上して歩いていったルートを辿るように発生した。そして、アイリス地方北端の町、ジェンシャンタウンでトリアスの目撃情報は途絶えている。――ジェンシャンタウンに最後の寄ったと彼が話した日と、そこでトリアスが目撃された情報は一致している。これは間違いないと見ていいのだろう。ただ。
ジェンシャンタウンでトリアスが目撃された三日後なのである――アイリス地方南端の町、アイリスタウンで竜巻が発生し、町が壊され始めたのは。
「なんで北上しきったところで、襲撃が南から始まるんだよ。確かに、トリアスが目撃されたシェンジャンタウンから三日歩けば、ギリギリアイリスタウンに戻ってくることは可能だ。目撃情報がアリバイになんなかったのはそういうことだろうさ。でも、いくらなんでも無茶がすぎるだろ。殆ど睡眠時間削って徒歩で歩けば間に合う距離だからって、それでなんでアリバイ無しってことになるんだっつーの」
「ほんとそれです……」
「あと、トリアスが犯人なら、アイリスタウンから襲い始めるんじゃなくて、ジェンシャンタウンから竜巻を動かしていった方が遥かに効率がいいだろうが。アイリスタウンから襲撃を開始する理由もないし、ただ非効率なだけだろうが。それに、散々宿で門前払い受けて揉める姿を見せておいて、それでアイリス地方をこれみよがしに壊滅させたら、自分がやったと言いふらしてるようなもんだろうに」
まあ、これは――政府の連中なら“あえて自分の犯行だと知らしめたかっただけだろ?”と返ってくるのは目に見えているが。それも一理あるといえば、ある。実際この後、トリアスと思しき人物が犯行声明を出しているのだから。
「目撃者は、アイリスタウンにたまたま仕事に来ていた商人の女だった。ジョブは黒魔導師。だから魔法の気配にも敏感だったわけだな。この町が一望できる高台の上で、竜巻を呼び出してこの町を襲撃していたトリアスを彼女が目撃している。その時着ていたと思しきトリアスの赤いローブは押収されているし、そのローブを着ることは多いとトリアス自身も証言していた。ただ、何でわざわざ町を襲うのにそんな目立つ格好してたのかってのは疑問だし、ローブだけなら普通に町でも似たようなのが売ってる。格好だけでトリアスだと決め付けることはできないはず」
このへんだろう。フレイアは足を止めた。復興作業の工事をしている向こうに、町と隣接する丘が見える。丘の上にある白い石造りの高台は、観光客が訪れることも多い絶景スポットになっていうのだそうだ。確かに、この距離なら相手の姿が全く判別できないということはない。顔まで見分けるのは困難でも、髪型と服装くらいはわかることだろう。
――確か、商人の彼女が、トリアスだと判断したのは……顔じゃなくて、髪型と魔力だって言ってたな。魔力で同一人物か判別できるっていうのは、黒魔導師の才能の持ち主ならわからないことじゃないが……。
「すみません、そこに立ってないでください!」
唐突に声をかけられる。慌ててフレイアが一歩後ろに引くと、わっせわっせと大きな木材を背負って運んでいく二人の女性の姿があった。女性だが、恐らく拳闘士か剣士のジョブ保有者なのだろう。どちらも二の腕の筋肉が盛り上がって非常に逞しい体格をしている。
「ご、ごめん!」
「こっちは復興で忙しいんですよ!手伝うつもりがないなら道の真ん中でつっ立ってないでくださいね!!」
はっきりきっぱり邪魔だと言われ、ちょっとしょんぼりするフレイアである。確かに、自分も配慮がなかったが。
と、そこでフレイアは気づいた。彼女達が木材を運び込んでいる目の前の建造物――あちこち大穴が空いてしまっている木造ノッポな建物もどうやらホテルであるらしいということに。先ほどの石造りのホテルよりはグレードが落ちるようだが、原型を止めている玄関ポーチは鮮やかなライトグリーンで塗られ、薔薇を象ったレリーフも非常にお洒落なデザインとなっている。
「……テクノ、ちょっといいか?」
ふと、ある可能性に思い至り、フレイアはテクノに声をかけた。自分よりはまだ、テクノの方が目立たない容姿をしている。それに、彼は一見すると子供に見えるので警戒されにくいのだ。
「なんでしょう?」
こちらの考えに理解が及ばないらしく、きょとんとした顔をしている彼に――フレイアは告げた。
「いやな。……ちょっと確かめて欲しいことがあるんだわ」
ひょっとしたら自分は、とんでもない発見をしたのかもしれない。




