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魔王陛下の無罪証明  作者: はじめアキラ
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<第十話>

 アイリスタウンに向かうには、ここからモノレールに乗っていく必要がある。

 昔のフラワーメイルの電車は全て、地面を走っていたのだと聞いている。ところが、踏み切りでの事故と交通渋滞がどうしても改善されず、ならばモノレールとして空を走らせた方がいいだろうという話になったのだ。電車が人々の頭上を走るようになって久しい。テクノも、既に電車が地上を走っていた時代を知らない世代である。

 自分達には、寄り道などしている時間は本来ないはずだった。初公判までに調査を完了させ、その上で必要な資料と証人の申請を行ってく必要があるからである。公判までに一ヶ月。とても猶予がある期間ではない。そして、テクノが焦っている理由は他にもあった。というかそれが、テクノがパラリーガルという名目でフレイアの相棒をやっている理由でもあるのだが。


「うわぁぁん!」


 駅前の広場で、子供が泣いている。小さな女の子二人だ。恐らく姉妹なのだろう。泣いている女の子の手をぎゅっと握っている少女の方が、背も高いし身体も大きい。そして顔立ちもなんとなく似ている。幼い妹の手前、自分は泣くまいと必死になって涙を堪えている様子が健気だった。姉の、必死で妹を宥める声が聞こえてくる。


「ごめんね、ルカちゃん。お姉ちゃん、風船取るの失敗しちゃって」

「ふええ、お姉ちゃんが、お姉ちゃんがけがしちゃった、ごめんなさいい……っ!」

「大丈夫だよ。お姉ちゃん、全然痛くないから。ね?」


 そうは言うものの、姉の膝小僧は擦りむいてかなりの血が出ている。そして、二人の目の前には街路樹があり、赤い風船が木の枝に引っ掛かっていた。――状況は明白である。妹が飛ばしてしまった風船を姉が取ってあげようとして、失敗してしまったのだろう。

 姉も優しいが、妹も優しいコなんだな、とテクノは思った。彼女は風船が取れなかったことよりも、自分が頼んだせいで姉が怪我をしてしまったことを悔やんでいる様子だったのだから。


――まだお姉ちゃんも小学生くらいか。だったら、魔法とか使えなくてもおかしくないかな。


 フラワーメイルでは、小学校と中学校の合わせて九年間が義務教育となっている。自分達の生まれ持ったジョブの才能を認識し、ゆっくり伸ばしていくのが小学校の教育だ。幼いうちに過剰な魔法などを教えてしまうと事故の原因になるから、というのもあるのだろう。仮に二人のうちどちらかが魔法を得意とするジョブの素質を持っていても、それを応用して使えるようになるのは基本的に中学生になってからとされている。独学で覚える人間もいるのだろうが、学校側では中学生にならないけば本格的な魔法を教えるようなことはしないのが通例だ。

 魔導師系ジョブではないテクノには、二人の魔力を観察してジョブを推測する――なんて真似はできない。でも、彼女らが仮に魔法を得意とする素質を持っていたとしても、回復魔法をこの場で使えないのはなんらおかしなことではないのである。


「ほい、嬢ちゃん達ちょっといいか?」


 そして。テクノがそんなことを考えている間に――不審者扱いされるかも、なんてことも想定せずに少女達に話しかけてしまうのが、フレイアなのである。

 そこそこイケメンとはいえ、彼女からすればフレイアも大人の範疇に入るだろう。見知らぬ青年の登場に姉妹があっけにとられているうちに、フレイアはさっと姉の膝の前に手をかざしていた。


「“ Healing ”」


 そういえば、このちゃらんぽらんな見た目で白魔導師だったっけこの人。ちょっと酷い感想を抱きながらテクノは目の前の光を見ていた。フレイアがスペルを唱えた瞬間、淡い光が姉の膝の傷口に集まっていき、みるみる傷を治していったのである。


「わあ……!」


 初めて魔法を目の前で見たのかもしれない。姉妹の目がキラキラと輝き出す。


「ちょいと待っててな」


 少女の怪我をさっくり治療してしまうと、フレイアは華麗な身のこなしで木を登り始めた。魔導師系は身体能力が低い場合が多いとされているが、それらは日頃の鍛練次第である程度カバーできるのである。そして、臨機応変な回復が求められる白魔導師は、脚力に限りそれなりであることも少なくないのだ。

 身長と、それから日頃の鍛えた足腰であっさり風船をゲットすると、フレイアはにこにこしながら妹に風船を渡して見せる。


「おらよ。これが欲しかったんだろ?」

「ありがとう、おじさん!」

「お、おじさ……!?俺まだ十代なんだけどぉ!?」

「あはははっ!」


 少女達の笑い声があがる。恥ずかしそうに頭を掻くフレイアを、なんだか眩しい気持ちになって見つめるテクノだった。

 自分達に、時間はない。スケジュールはギリギリのはずである。それなのに、フレイアはいつもこうして寄り道を繰り返してしまう人間なのだ。彼はけして、目の前で困っている人を見捨てられないのである。そして、誰かを助けようモード、になっている時のフレイアからは完全に時間の概念がすっぽ抜けてしまうのだ。今までの経験で、テクノが散々学んできたことである。

 結果として、テクノがハードなスケジュールをかなりキチキチに遣り繰りさせられるはめになる羽目になるのだ。これがフレイアの良いところでもあるんだけど、と見守りながら苦笑するしかないのである。


「……相変わらず、お人好しが過ぎるんですよ。貴方は」


 テクノがそう告げると、そうかもなぁ、と少女達に手を振って歩き出すフレイアである。


「そうかもなぁ、じゃないです。人助けが悪いことだとは言いませんけど、時間が有限なのはどうか忘れずに」

「わかってるってばー」

「わかってないから言ってるんです!……さっきの子供達だって、何も貴方が助けなくても良かったでしょう?他に気にしてる大人は何人もいたんですから」

「そうだな」


 二人は手元のパスケースを翳して、改札を潜っていく。駅が無人化され、駅員の多くがアンドロイドに代わってから久しい。まだまだ、人口と世界の広さが見合っていないフラワーメイルである。ロボットに任せられる仕事はロボットにさせて、させられない仕事に数少ない人間を割り当てたい――それが、政府の意向でもあった。

 例えば、まだまだ冒険者は人間にしか任せられない。臨機応変な対応が必要とされる職業を頼めるほど、まだAIの技術が進化しているわけではないからである。また、教師などの仕事も人間がこなすことが基本だ。事務処理や部活の監視などはロボットが行ってくれる分、昔よりもだいぶ仕事は楽になったらしいのだが。


「俺が助けなくても、他の誰かが助けたかもな。でも、少なくともあの段階で……俺より先にあのコ達を助けようとした人間はいなかっただろ?……きっとみんな同じことを考えてたからなんだろうさ。自分が助けなくてもきっと誰かが助けてくれるはず、だから自分が関わらなくても大丈夫だろう……って。まあ、間違いじゃねえよ。特に大人の男は、下手な声のかけ方なんぞすれば一気に犯罪者になるんだろうしさ。ヤダヤダ」


 でもな、と。エスカレーターを登りながら、フレイアは続ける。


「みんながみんな、他人をアテにしてたら。結局誰もあのコ達を助けないってことじゃないか。そういうの、すっげー嫌なんだよな。自分がやらなくてもきっと大丈夫、なんて誰が保証したんだよ。それで見て見ぬふりした結果、もっと大きな事故になることだって有り得るだろ?さっきのお姉ちゃんの方が、怪我してるのにもう一回風船を取りに行くかもしれない。そしてさっきよりもっと取り返しのつかない怪我をするかもしれない。もし、あの段階で大人の誰かが助けるために声をかけていれば、防げた事故だったのかもしれないのに。……俺はもう二度と、そーゆー後悔はしたくねーんだわ」


 彼が誰を思い出して、そんなことを言っているのかくらいわかっている。ホームの、乗車口の前。テクノは思わず本音を口にしていた。


「誰だって、確かに……後悔することはありますよ。あの時そうしていれば良かった、助けられることもあったかもしれないのに……って。でも。それでも僕は……貴方が悪かったとは、思えないんです」


 フレイアが、この事件に強く拘る理由は二つあると知っている。そのうちの一つが、彼がルネのことを引きずっているからなのだということも。


「貴方が、ルネさんを殺したわけじゃない。貴方は何も悪くない……そうでしょう?」


 ルネの心を知っていたのに、傷を理解できたのに、結局彼女が理不尽な大量殺人犯として処刑台に送られるのを止められなかったフレイア。そんな後悔はむしろ傲慢だ、とテクノは思う。弁護しどころか、まだ子供だったフレイアにできたことなどたかが知れているではないか、とも。

 それでもきっと。――それが傲慢だとわかった上できっと――フレイアは、これからも悩み、悔やみ続けるのだろう。いなくなってしまった大切な人と、守れなかったモノの空しい穴を。自分のための購いで、どうにか埋めようとしていくのだろう。けして、そんな単純に癒されるものなどではないというのに。


「……わかってるさ、テクノ」


 やがてホームに電車が滑り込んでくる。轟音の隅で、小さくフレイアの声が聞こえた気がした。


「本当は俺だって……ちゃんと、わかってるんだよ」


 理解できたところで。今、テクノに言える言葉など、何も有りはしなかったのだけど。


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