<第一話>
全ての魔王と呼ばれる存在は、勇者に倒されるのが定めである。
それはこの世界、フラワーメイルであっても同様のこと。国際裁判所の廊下にて、検事であるボルガ=バターカップは思った。今回の事件など、取るに足らないもの。この世界でそれなりの頻度で起きている、有りふれた事例の一つではないか、と。
平和で資源が豊富なこの世界を支配し、我が物としようとする魔王は、数年に一回くらいのペースで現れる。そのたびに勇者に討伐されて、運良く生き延びても裁判にかけられて高い確率で処刑、ごく一部が終身刑になるのは何も珍しいことではない。そう、今回もそういう事件だった。近年でも最強の力を持つとされる魔王トリアス=マリーゴールド。世界征服をしようと目論んだ魔王が、勇者ケイニー=コックスコウムに倒されて捕まり、裁判にかけられることになった。魔王トリアスの犯行は多くの目撃者もおり、様々な状況証拠もあることから確定的とされている。そして、そんな明らかな大罪人の弁護を引き受けたいなどという物好きはそう存在するものではない。
今回も、やる気のない国選弁護人がついて、さっくり有罪からの死刑判決で裁判は終わるだろうと思われていた。そう、ボルガも気楽に構えていたというのに。
「悪いがジイさんよ。……魔王トリアスは、俺が弁護するから」
目の前にいる赤髪の青年は、ロータス連邦所属の弁護士バッジをつけている。
仁王立ちして、明白なまでにボルガの行く手を阻んでいた。
「トリアス・マリーゴールドは無罪だ。俺がそれを、証明してやるよ」
彼のことは知っていた。金にならない刑事事件ばかりを受け持つ、白魔導師のジョブを持つ異端の弁護士。若干十八歳で大学を飛び級合格した天才にして変人。
フレイア・ブロッサム。
またの名を――正義の反逆者・フレイという。
***
フラワーメイルという世界は広く、人々が住む地域はまだまだ恐ろしく狭い。
歴史によると、大昔はこの世界に溢れんばかりに人間達が暮らしていたらしいのだが。大きな天災や戦争が重なり、気がつけば元の人口の十分の一以下にまで減ってしまったのだそうだ。
今の人類は、大陸のほんの一部の地域でほそぼそと暮らすのみ。そして、一気に未開の土地となってしまった森や、大昔の人々が残した遺跡を探索して資源と技術を得て暮らしているのである。今、この世界を支配しているのは人間ではなく、未開の土地で人間に代わって自由気ままに生きているモンスター達だった。モンスターの脅威から街を守り続け、同時にモンスター達をかいくぐりながら少しずつ土地を開拓し、この世界の謎を解くため立ち向かう人々。生まれ持った“ジョブ”という名の才能を生かし、遥かな土地を旅して人々を助ける冒険者達は、いつの時代も尊敬される存在だった。
そう。この世界を生きる全ての人間は、生まれ持って“ジョブ”という名の才能が与えられている。それは剣士であったり、盗賊であったり、吟遊詩人であったり、はたまた魔法を使える黒魔導師や白魔導師であったりする。ジョブは生まれつきの才能であるため、後で趣向にあわせて変更することはできない。剣士の才に恵まれた人間は、多くの場合魔法の才能に恵まれないのである。
人間達はみんな、生まれついたジョブを生かした仕事就くのが普通だった。冒険者になるばかりが職業ではない。街の建物を作るのも、郵便物を配達するのも、警察官になるのも、八百屋でトマトを売るのもそれぞれ立派な仕事なのである。
「八百屋でトマトを売るのなんて誰でも出来るじゃーん!そんなのつまんないよ、冒険者になった方がカッコイイもん!」
フラワーメイル随一の大都市、サンフラワー。その公園で、説明を聞いた少女が不満げに声を上げた。そうだそうだ、と他の幼い子供達も声をあげる。紙芝居を使ってこの世界の仕組みを説明していた青年・フレイアは、最初に声を上げた少女の頭を撫でて笑った。
「そんなことねーよ。ジョブの力ってのは、どんな仕事にも役に立つってなもんなんだ」
「えー?例えばぁ?」
「八百屋さんで果物や野菜を売る時に気をつけるべきことの一つは、いかにして一番美味しいタイミングで商品を買って貰うかってのがある。せっかく店に出しても、すっぱすぎるミカンは売れないだろ?そういうのを見極めるのはな、魔導師系か吟遊詩人系のジョブの才能を持つ奴が得意なんだよなあ」
「ええ!?嘘だあ」
「ほんとほんと」
この話をすると、子供達はいつも驚くんだよなあ、とフレイアは思う。ジョブの才能は、冒険者になるためだけに存在すると思う少年少女は多い。というのも、危険ゆえベテランでも命を落とすことのある冒険者はいつも不足しがちで、大人はなるべく母数を増やそうと学校で“冒険者こそ一番素晴らしい仕事です”と教えることが多いからだ。
しかし、実際は冒険者にならずとも、社会の役に立てる仕事は山ほどある。お店で食べ物を売る仕事なんてものは、その最たるところではないか。だって、食べ物がなければ、みんな生きてはいけないのだから。
「魔導師系のジョブは、魔法が使えるだけじゃない。人や生き物が発する魔力の流れってやつを見るのにも長けてるんだ。魔力ってのは収穫された野菜にも微弱に流れてるものだからな。魔力の流れをよーく観察していれば、いつが一番美味しいタイミングなのか、どうすれば美味しくなるのか判別できるようになるってわけだ。吟遊詩人の場合、見るのは魔力じゃなく“モノの声”だな。吟遊詩人は歌を使ってみんなに補助効果を与える才能があるけど、モノの普通の人には聞こえない声を聞く力も持っている。モノの主張を聞いてトマトを売れば、一番美味しいトマトがみんなの元に届くってな寸法よ、おっけ?」
「へぇ……!」
「あとは、盗賊職の奴も、ものを売る仕事には向いてる。奴らはお宝見極めるのが得意だし、お宝を手に入れるために人と交渉するのが上手い奴らばっかりだ。商売ってのはコミュニケーションが大事だからな、武器屋とか道具屋とかやってる奴には盗賊職の才能を持ってるやつってのが少なくないんだ」
子供は可愛い。こうやって話せば、みんな眼をキラキラさせてフレイアの話に耳を傾けてくれる。けしてショタコンロリコンではないが、ついつい顔がニヤけてしまうのを止められそうにない。ああ、この時間がいつまでも続けばいいのに、と思う。どうせ、事務所に戻っても仕事なんか来ないのだから、と。
「ちょっと、フレイアさん!何してるんですか!!」
あ、フラグ立てちゃった、と思ったらやっぱり来てしまった。甲高い声に、フレイアはジト眼になってそちらを見やる。着慣れないスーツ姿で、ひょこひょこと走ってくる超童顔の青年――パラリーガルの、テクノ・オーキッド。口うるさいことで有名な、フレイアの相棒である。
「また就業時間中にサボって!事務所の掃除も終わってないじゃないですか!」
「うっせーなテクノー。俺に掃除とか一番向いてない仕事させんなよ。どうせ誰も客なんて来ない開店休業みたいなもんなんだしさあ」
「貴方が刑事事件以外の仕事をみーんな断るからでしょーが!いくらお父さんの遺産があるからって、そんなやり方ばっかりしてたらあっという間に一文無しになっちゃいますよ!?事務所の維持費にどれだけかかってると思ってるんですか!?」
「あーもう、子供の前で説教とかやめちくりー……」
仕方なく、フレイアは紙芝居を片付け始める。そう、フレイアは弁護士。自分の弁護士事務所も持っている。そして今は就業時間中。仕事がなくてもちゃんと事務所に詰めていなければならないことは百も承知なのだが――暇すぎて、近所の公園にサボりに出てきていたというわけなのだ。
だってあの事務所にいても、テクノと二人で掃除に勤しむくらいしかすることがないのである。フレイアの父の遺産と、大きな事件があるたびそれなりの報酬が出ているせいか今のところ運営に困ってはいないが――実際は、ほとんど閑古鳥が鳴いているような状態なのだった。
それはフレイアが刑事事件ばかり引き受けているのもあるし――同時に、そのフレイアが一部の界隈で滅茶苦茶嫌われているからというのもあるのである。そんな自分にたった一人くっついて相棒を務めているテクノも相当な変わり者ではあると思うが。
「ごめんなー喧しいお兄さんが来ちゃったから紙芝居はここまでー!またなお前らー!」
「えー…行っちゃうのー……」
「またお話してね、弁護士のお兄さん」
「おうよ!」
子供達に手を振って、フレイアは公園を後にした。お洒落なカフェが立ち並ぶ通りを歩き、郵便局の角を曲がればすぐそこが自分達のブロッサム事務所である。ボロくて小さなビルなので、正直地震が来たら壊れそうにはなっているのだが。
「来たの、客」
なんとなく予感がして、フレイアは尋ねる。前を歩くテクノはいいえ、と振り返ることなく否定した。
「ですが。……貴方の待ち人は、来たのかもしれません」
彼は事務所のドアを開くと、堅い表情で応接室の机の上の新聞を拾った。彼が広げて見せてきた一面――そこに大きく書かれた名前に、フレイアは眼を見開くことになる。
「魔王トリアス、勇者に敗北した後逮捕。……この人でしょう?フレイアさんがずっと捜していた人は」
そこには、けして忘れることのできない、一人の名前があったのだから。




