あの日死ぬなら君に言っておけばよかった
大好きだった恋人の元に幽霊としてお盆に帰ります。
幽霊、死ネタ、恋人以外と結ばれるのが無理だという方は回れ右でお願いします。
俺は死んだ。
ポックリな。
死因は肺炎だったらしい。
結構長く肺癌の治療を頑張っていたにも関わらず、死因は肺炎。
――保険はちゃんと下りたのか?
あーこの日に死ぬって分かってりゃ、
奮発して鯖の塩焼きじゃなくて焼肉定食にしたのになぁ。
って、いうのは冗談だって。
本当はちゃんと愛してるって伝えておけば良かったって今さら後悔してるんだ。
*****
二〇XX年。
俺たちは高校二年生だった。
毎日何が楽しんだかよくわからないことで笑い、
大したことでもないことを事件だと騒いではしゃいでいた。
メグがいるだけでいつだって特別でスペシャルでワンダフルでアメイジングな……まぁとにかく最高の毎日だった。
俺、田中悟はフリガナをつけるまでもないほどに普通の名前で見た目も普通の男子高生だった。
唯一、ギターを弾いている時だけはモテた。
小さい時から体が弱くて引きこもりがちだった俺の友達はピアノとギターだったから、とにかく毎日弾いていた。
高校になって人並みに体が強くなった今、人に自慢できる程度には特技になっている。
ある日クラスメイトの桐谷巡きりたにめぐるに軽音部に誘われた。
正直面倒臭いと思ったけど、あまりに熱心に誘ってくるもんだから俺は折れた。
いざ入部してみると楽しいのなんの。
俺たちは正に音を楽しんでいた。
メグはボーカルだったけど、歌はまあまあ。
下手ではないけど上手いっていうよりは勢いがあるって感じかな。
でも誰より音楽を楽しんでいた。
ベースのタカとドラムの柳の四人で馬鹿みたいに毎日一緒に過ごした。
四六時中、休み時間も学校がない日も。
――高三のある日メグは俺を好きだと言った。
俺の馬鹿みたいに明るい性格も、大口を開けて笑う顔も、ギターを弾いている姿も。
――俺もメグを好きだと言った。
無駄にイケメンな顔も、照れると目元が赤くなる所も、歌ってる声も。
夕方の二人だけの部室で、メグは俺にキスをした。
それから何度もキスをした。
疑いようもなく俺たちはお互いが大好きだった。
俺たちは何度もセックスをした。
セックスをしている時は素直に好きだと言えた。
でも俺たちは高三で結構忙しかった。
付き合っているようないないような。 ベタベタするわけでもないし、別の大学に進学することを考えるとなんとなく恋人という言葉でメグを縛ってはいけない気がしていた。
卒業式の日メグが言った。
「大学に受かったら一緒に住もう」と。
大学は違ったけど、間に住めばいいじゃないって。
メグは俺よりもずっと二人での未来を考えていてくれた。
「おう」
俺はぶっきらぼうに答えてしまった。
――すごくすごく嬉しかったのに。
***
お互い大学に合格して一緒に住み始めると、メグは料理が苦手だと知った。
――俺は母子家庭で母親が常に働いていたし、弟にご飯を作っていたので料理は得意だ。
メグは掃除が得意だった。
――俺は四角い部屋を丸く掃くタイプだからちょうどいい。
メグは映画が好きだった。
――家で二人で見ていると俺は絶対途中で寝てしまうけど、必ずメグがベッドまで連れて行ってくれるのである意味映画を見るのは好きになった。
メグは外に出るのが好きだった。
――俺は昔の名残でインドア派だった。でもメグがたまには奢るから、今日はご飯作るのサボろうと言ってくれるのは嬉しかった。
二人でよく行く近所の定食屋があって、そこで一番高いのは焼肉定食だった。
バイトの給料日には奮発してそれを食べる時もあったけど、だいたい俺は鯖塩定食だった。
貧乏学生には数百円が大きな差なんだ。
メグが奢ってくれた日には、俺はお礼にメグの好きなプリンをコンビニで二つ買った。
トロトロに柔らかいタイプのやつで、メグは大事そうにゆっくり食べた。
――俺が二十歳になった年、肺癌が分かった。
全然痛くないし、咳もでないし、ハタチだし。
「嘘だよね?」
と先生に聞いたら、先生が泣きそうな顔をしてた。
肺の側面に癌ができたら痛いらしいんだけど、俺のはちっちゃいのが散らばってる感じで自覚症状がないんだってさ。
癌が一つじゃないから放射線の適応外だそうで、抗がん剤治療をすることになった。
「なんか今時、抗がん剤じゃあ入院しないんだってさ。三週間に一度病院に行くらしいから、大学も通えるってさ」
「そうか」
幸い転移しない限りは死ななそうなので、軽い感じでメグに報告すると、軽い感じで返ってきた。
本当は分かってたよ。
俺がいない時にこっそり泣いてるの。
正直、癌が痛いのではなく、薬が辛い。
種類によるのかもしれないけど、俺の場合は投薬後一週間くらいがきつかった。
でも案外ドラマみたいにゲーゲーなるわけではなくて、だる〜むくむ〜みたいな感じ。
先生が言うには最近は吐き気止めが進歩してて、かなりマシになっているんだって。
俺がしんどい時はメグが買い物に行って、掃除して、寝る前はギュッとしてくれた。
――まるで素敵な旦那様だ。
お陰で一年経った頃、癌はほとんど目視できない大きさになった。
「お祝いにメシ食いに行こう!奢るから」
メグがそう言って、ちょっと高い店に行こうとしたから、
「いつもの定食屋がいい」
と言った。
「じゃあ焼肉定食たべよう!」
とメグが言うから、
「いつもの鯖塩にする」
と言った。
メグはせっかくお祝いなのにと言ったけど、
いつもの店で
いつもの二人で
いつものご飯を
食べたかったんだ。
その後、少しだけカラオケに行った。
久しぶりにメグの歌を聴いたら幸せな気持ちになった。
だって本当に楽しそうに歌うんだ。
帰り道、プリンを買おうとしたら、メグが今日はお祝いだからといつもより高いプリンを二つ買ってくれた。
やっぱり二人でいると、特別でスペシャルでワンダフルでアメイジングな日になると思った。
その日、僕たちは久しぶりにセックスをした。
「大好き」
二人で馬鹿みたいに言い合った。
夜中に目覚めるとメグは隣にいなくて、キッチンを覗くとこっそり泣いていた。
馬鹿め、嬉しくても泣くんだから。
なんだか俺まで泣けてきた。
――俺たちはバカップルに違いない。
***
「肺炎になりかけてますね」
三ヶ月後の定期検診で先生が言った。
「インフルエンザ流行ってますし、小さいけど癌もありますからこのまま入院しましょう」
――まじか。
この後実家に帰ってそのまま年末までいようと思ってたのに。
「年末年始を病院で過ごすとか地獄かよ」
「確かに。でも病院が一番安全でしょ。家にいたら悟は絶対初詣いくー!とか言い出すだろうし」
「さすが巡くんよく分かってるわぁ」
うちのオカンは俺の彼氏にメロメロだ。
そりゃイケメンだし、優しいし、イケボだし。
――ま、歌はそこそこだけどな。
「メグ、年末年始は実家帰れよ」
「帰るけどお見舞いに来るよ」
「来なくていいよ。どうせすぐ退院するんだし」
「近いんだから昼間だけでも来るって」
「近くねーし」
「遠くもねーし」
俺たちを見てオカンは楽しそうに笑っていた。
俺の入院は思ったより長引いた。
正月はあっという間に終わって、もうすぐ春が訪れようとしていた。
「メグ」
「ん?」
「もし俺が死んだら、俺の物は全部捨ててくれ」
「そういう冗談嫌いなんだけど」
「メグに初めて嫌いって言われた…」
「いや好きだよ」
「じゃあ俺が死んだら、俺よりもっと好きな人を作って俺のことは美しい思い出にしてくれ」
「だからそういうの嫌いだってば」
「いてっ」
デコピンされてヒリヒリするおでこをさする。
「メグに――」
「愛してるよ」
言葉を遮ってそう言うとメグは俺にキスをした。
――個室で良かった。
「愛してる。だから悟より誰かを好きになることはない。そもそもこんな我儘な恋人が美しい思い出になるわけないだろ」
「俺って我儘?」
「たまに凄く。でもそれがくそ可愛くて困る。だけどそういうお願いだけは聞けない。だから早く治して」
「…分かりました。ごめんなさい」
「よろしい」
――はー、なんなの。
――めっちゃ好きだし。
――俺のこともめっちゃ好きだし。
元気になって退院して、その時は焼肉定食を奢ってあげよう。
そんでもって帰りにメグの好きなプリンを買って。
――それから俺も愛してるって言おう。
***
なーんて思ってたんだけど、
結局言えずじまい。
田中悟、享年二十一歳。
地味な男は案外薄命であった。
死ぬ直前「愛してる」を言葉にしようとしたら、もう声が出なかった。
時すでに遅しってやつだな。
でもまぁ、俺は結構幸せでした。
愛する人に愛してもらえて、最期は看取ってもらえて無事に天国へ行きました。
天国は何もしなくていいし、何もしなくても気分は幸せ。
かわいい天使に囲まれて、いつか来るであろうメグをただ待つだけと思っていた。
――が、しかし。
日本にはお盆というものがあったのです。
地域によって日が違うらしいけど、自分の出身地のお盆の日になると希望者はおうちに帰れます。
生前、お盆なんてただの連休ヒャッホーくらいの感じだったから、生まれ変わったらちゃんと先祖を祀ろうと俺は決心した。
うちの実家あたりは毎年八月十三日から十六日。
オカンがちゃんと俺とオトンに線香を上げてくれるから、ちゃんと帰れます。
実家に帰るとオトンがオカンにべったりで見ていられないから、俺はサクッと家族にお礼を言ってメグルの元へと急いだ。
二人で住んでいた部屋はメグ一人には広い。
でもまぁ今はまだ大学四年だからそのまま住んでるかもな。
俺は実家から住んでいたアパートまで電車で二時間ほどの距離を某漫画のドアみたいな感じで、壁を抜けたら部屋でしたみたいな移動をした。
見慣れたキッキンに足を踏み入れると(浮いてるけども)メグの姿は無かった。
お盆だしな。
実家に帰ってるか旅行行ってるとか?
そういえば去年は俺がエジプトに行きたいって言ったら、さすがに海外は体調が悪くなったらダメだからって代替え案で鳥取に行ったな。
いや砂漠だけども。
何だかんだではしゃいだけども。
――ガチャっ
『うわっ!びっくりした!』
メグはどこかに出かけていただけだっだみたい。
数ヶ月ぶりに見るメグは相変わらずイケメンだったけど、髪が少し伸びていた。
『就活終わったのか?内定でたのか??おーいめーぐーるー』
聞こえるわけもないから耳元で話しかけるとメグはくすぐったそうに耳を掻いた。
手に持っていたのは二つのプリン。
『手にプリン直持ちって。マイバッグ忘れた上にケチったな。いや、エコなのか』
無表情なイケメンが両手にプリンの状態でコンビニから歩いてきた姿を想像すると笑える。
メグは殺風景なリビングに置かれた一際目立つチェストの前で正座した。
『俺の部屋にあったやつここに持ってきたのか』
上に並べられているのは俺の写真。
高校時代にギターを弾いてるやつとか、二人で旅行に行った時のとか、一人で大口で笑ってるのとか。
写真の前にプリンを一つ置くと、もう一つは冷蔵庫に入れた。
『おいメグ!お前、自分の好きなもんを二個食べたいだけだろ!』
全く人にお供えするていで自分の好物を買って来るなんて。
『俺は硬いプリンの方が好きなんだけど…って言ったこと無かったかもなぁ…』
今思えば言ってないことが山ほどある。
いつだって言えることだと思っていたからな。
『でもまぁ柔らかいプリン食べてるお前の顔は好きなんだけどな』
へらっと笑うと、冷蔵庫から戻ってきたメグはソファに仰向けに寝転んだ。
しばらく静かに寝ているかと思ったら、メグは声を出さずに涙を流した。
しばらくの間涙は止まることがなかった。
俺は床に三角座りをしてじっと見ていた。
どれくらいそうしていただろう。
メグはゆっくりと起き上がるとティッシュで思いっきり鼻をかんだ。
泣きすぎて鼻水が出たらしい。
トボトボとキッキンに行くと、一杯の水を飲みまたトボトボと歩き出す。
一歩後ろをついていくと、寝室に入った。
俺たちの寝室だ。
部屋に入ると最後に見た時と変わっていなかった。
『ま、半年も経ってないしな』
捨ててって言ったのに、俺の服も鞄も教科書も全部そのままだった。
「……悟」
『はいはい』
「どうしてんのかなぁ?」
『三泊四日で帰ってきてますけど』
「もう一人で寝るの嫌なんだけど」
『えー幽霊に添い寝頼んじゃう??』
独り言を言ってるメグもヤバイけど、それに返している俺もヤバイな。
結局、俺は四日間メグの側にいた。
怖い?
だってせっかくの連休なのにこの人どこにも行かないんだもん。
***
それから一年、二年、三年。
就職してもメグは同じ所に住んでいて、相変わらず俺の物はそこにあった。
毎年来る俺も俺だと思うけど、ずっと変わらないメグもどうかと思うよ?
――そうやって五年目。
えーっと、俺大学三年の終わりの方で死んだから、メグは今二十七歳か。
そろそろ周りは結婚する奴もいるのかな?
バンドのタカや柳たちはどうしているだろうか。
いい感じの大人になったメグはいかにもモテそうだ。
『お盆くらい旅行にでも行けばいいのに』
そう思っていたら、その年は初めてお客さんが来た。
いや、これはお客というより押しかけ女房的な感じ?
連日おかずを持ったロングヘアの女子が来た。
メグは迷惑そうにしていたが、押しが強くて俺の三泊四日の三日目には部屋に上がっていた。
とはいえ何事もなかった。
――ほっ。
って、なにほっとしてんだ俺!
メグに彼女ができたっていいじゃないか。
もういい年だし!
俺死んで五年だし。
と言いつつ、メグに本当に彼女ができたらどうしようとモヤモヤした気持ちで天国へと帰った。
隣でヘラヘラしているオトンにイラついたわ。
その翌年は誰も来なかった。
俺はホッとしている反面、このままではいけないと思い始めた。
遅っ。
さらにその翌年、メグル二十九歳。
『ちょっといい加減よろしくないな』
未だ俺の写真は綺麗に並べられている。
もしかしたらこの日に会ってないだけで恋人がいるのかもしれないが。
『……そんなことないか』
うーんと腕を組んで頭を悩ませていると、インターホンが鳴った。
また女子か?と思ったら男子だった。
「巡さん、飲みましょう」
「え、嫌だ」
「もう、焼き鳥買って来ちゃいましたもん」
「今日は一人でいたいから嫌だ」
断るメグを押し切って、なんだか軽薄そうな男が部屋に入って来たかと思うと、慣れた感じでソファに座った。
メグは諦めたのかグラスを二つ持ってソファに座った。
『慣れてる感じがムカつくな』
この部屋に何度も来てるのかと思うとイラッとした。
男はアキという名前らしい。どうやら会社の後輩のようだ。
しばらく二人はなんだかんだと会社の話をしていて、俺は全くついて行けなかった。
そう、俺は大学生のまま時が止まっている。
こういう時ちょっと悲しい。
二人はきっとよく一緒にいるのだろう。息が合っている。
アキはよく喋るし積極的。
たぶんよく気がつく仕事ができる男。
見ているとすぐに分かる。アキはメグが好きだ。
でもってメグもそれに気付いて、悪い気はしていない。
――チッ
「巡さん、そろそろ俺と付き合いません?」
『――はぁ?』
何言っとるんだこいつは!
一昨年は女子だったから、なんとなく仕方ないかな?とか思ったりもしたり…しなかったりだったけど。
お前はダメだ!よく知らんけど!
俺は思わず二人が座っているソファの、二人の狭間に滑り込んだ。
あまり大きくないソファだから、二人の距離はかなり近くて俺はアキとやらとキスしそうな至近距離だ。
なぜ俺がお前とゼロ距離で顔を合わせないといかんのだ。
「お前とはないわ」
メグがそう言うとアキはメグの肩を掴んだ。
『おい!俺を貫通するな!クソ!!』
――スカッ
殴りたいのに一ミリも擦りはしない。
「ねぇ、もういいじゃないですか」
アキはメグをソファに押し倒した。
「何が?」
「昔の恋人」
アキはチラッと俺の写真を見た。
『俺はお前の目の前にいるがな!』
押し倒されたメグと押し倒したアキの狭間に俺は挟まれている。
もちろん二人に見えてはいない。
「二十歳そこそこで亡くなったんでしょう?もうすぐ巡さん三十じゃないですか。そろそろ新しい恋人作ってもいいんじゃないですか?」
「……馬鹿なこと、」
メグが言い終わる前にアキは口を塞いだ。
――俺を貫通してな。
何が悲しいってメグが拒否してないところだ。
怖くてメグの顔を見ることができない。
「ねぇ、してもいい?」
アキが一度唇を離すと、熱のこもった瞳で言った。
『……ダメダメ!メグは俺のなの』
「…ダメだ」
ほらほら、メグだってそう言ってるだろ!
「……じゃあ無理やりします」
「は?ダメだって言ってるだろ?」
「でもしたいって顔に書いてますよ?」
『は?このクソガキなに勝手なこと言ってやがる』
なぁメグ?と振り返るとメグの顔は真っ赤だった。
――おいおいおい。
したいって顔に書いとるがな。
アキがチュッと音を立ててメグの首筋にキスをすると甘い声がした。
メグは服に手を滑り込ませるアキを止めることはなかった。
――分かっていた。
アキが来た時から、メグは嫌だと言いながらも、本当は凄く嬉しそうだったんだ。
アキに求められたら断るなんてできないことも、それが嫌じゃないことも。
だって俺が一番長くメグのことを見て来たんだから。
『うわーん』
悲しいのに涙が一滴も出ない。
それが余計に悲しかった。
俺はもう、メグを思って涙を流すことも、
キスすることも、
気持ちよくすることもできないのだ。
アキはメグを連れてベッドルームに入って行った。
『俺とメグのベッドなのに…』
…なんて、俺がいなくなってからどれだけの間、メグは一人寂しくあのベッドで寝ていたのだろう。
分かってるんだ。
本当はたぶんもうアキのことが好きなことも、
メグルは優しいからそんな自分を許してあげられないことも。
アキもそれを分かってる。
だから無理に押し切るみたいな事を言うけど、本当はメグを大切に思っている。
そしてメグは、そんなアキをとっくに受け入れる準備ができていたんだ。
――必要だったのはほんの少しの勇気。
『さっさと俺の物なんて捨ててくれたら良かったのに』
俺の事は忘れろなんて、
忘れないでって言ってるようなもんだ。
ほんと俺ってタチが悪いよね。
「巡さん、ここ気持ちいい?」
「ん、いい…」
「巡さん、好きです。愛してます」
「……ん、アキ…」
「いつか愛してるって言わせますから」
軋むベッドの音と二人の声を聞くと、自分がなにをしているんだからよく分からなくなる。
扉の前で三角座りをして、膝に顔を埋める。
アキは腹が立つくらいにストレートに感情を表現する。
『俺も一度くらいちゃんと愛してるって言いたかったなぁ』
こんなに好きなのに、なんで言える時に言わないかな俺。
好きな物だってそう、好きって言わなきゃ伝わらない。
『たぶんメグはそのうちアキを愛しちゃうんだろうなぁ』
それが正解だ。
ムカつくけどたぶんアキはいいやつ。
メグを大事にしてくれる。
俺の愛した人を。
その年初めてメグの家に人が泊まった。
だから俺は添い寝する事をやめて、実家に帰った。
そしたらオトンに『振られたのか?』と言われてイラっとした。
オトンだってオカンに恋人できるかもしれないだろうと言うと、『そうなれば最高だな』と言った。
自分はもう笑わせてあげることができないから、幸せに笑ってくれるならそれが一番なんだって。
そんなこと言ってもいざその時が来たら、オトンは出ない涙を流すのだろう。
――まぁその時は慰めてあげないこともない。
その数年後、ついにメグルは引っ越した。
あれからずっと一緒にいたアキと部屋を借りたのだ。
『いや、もう俺の荷物はいい加減捨てろ』
そう言ったら通じたのか、写真はアルバムに。
荷物はアキと一緒に俺の実家に持って来てくれた。
オカンは二人に「あんた達が幸せなら悟も喜ぶわ!」と言った。
――いやほんと、その通り。
たまーに俺との美しい思い出をほんの少し思い出してくれるだけで十分幸せだ。
次生まれ変わってまた巡り会えたら、
今度は愛してるって何度も言おう。
言いたい事は、言えるうちに言わないとね。
まぁ、今は今の人生を幸せに生きてもらえたら最高だ。
fin.
お読み頂きありがとうございました!