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八 事故

 その日は突然、やって来た。


「ミヤナちゃん。た、大変だ」


 名も知らない村人が突然、セーロス宅の軒先を訪れた。盗まれるほどの貴重品などないようにしているので茅葺き屋根のその家は日中、軒先が開け放たれていた。


「なんですか?」

「大変なんだ。とにかく落ち着いて聞いてくれ」


 共にいたケミーが水を一杯汲んでこの村人に与えた。しばらくして話を促すと、村人は慌てて本題に入った。


「親父さんが、トルジュさんが……」


 どうやらトルジュに何かあったようだが、パニックなのかそこから先は村人の話はどうにも要領を得なかった。

 しかし程なくして、他の村人たち数人とジェイクが血まみれの男を慎重に運んできたのがミヤナの視野に飛び込んできた。


「えっ。パパ?」


 ミヤナは小さく、しかし叫んだ。

 そう。その血まみれの男はトルジュだったのだ。


「応急措置はしてみた。だけど……っ」


 ジェイクは先ほどの村人よりは遥かに冷静にそう説明した。けれども、その先に口にすべきことには何か嫌な知らせが含まれるらしく容易に切り出そうとはしないジェイクがいた。


「おい、呼吸が弱ってきたぜ?」

「バカ野郎。家族の前ではっきり言うなんてテメエは!」


 トルジュに付き添う村人たちの何人かはそんな会話をきっかけに互いにケンカを始めそうになった。そのため、ミヤナはわざわざ止めに入らなければならなかった。

 更にケミーも混乱しかけていたらしい中で気丈さを取り戻し、村人たちに次のように話した。


「まずは村長さんに状況を報告しましょう。それと、町医者を呼んでくださいますか。命が危ないにしても、何かと話を付けてくれる人を通してが結局は一番なはずですよね?」


 大きな病院への連絡手段に乏しい。

 それは電気のない開拓村最大の短所だったが、ケミーは常日頃からそうした最悪のケースをそれなりには思い描いていたためここまでの対応が可能というだけだった。


 しかし運良く町医者はちょうど村に来ており、しかも病院を必要としない手段をたまたま持ち合わせていた。


「エリクサー。この万能薬を振りかければ、この裂傷くらいならそこそこは……そらっ!」


 腹から股にかけて裂けていた、見た目にも痛々しい傷痕はみるみる内に塞がっていった。

 まるで人体の自己再生を何千倍にもしたみたいに新しい皮膚が出来ていくのは、怪我以上に直視に耐えられるものではなかったけれどもミヤナやケミーはまずほっと一安心するのだった。


 さて開拓村で今まで大怪我を負った者はそういなかったため、今回の騒動はそれから一週間ほど村中で噂の的になった。


 ある者は猪の仕業と言ったし、またある者は竜の怒りを買ったと言った。

 特に竜に関してはウロコの件があったのでミヤナな心底、父を心配した。だがもし竜の怒りをウロコへの対処により買ってしまったというならジェイクやケミー、それにミヤナが無事なのは辻褄が合わないことだった。


「パパ、怪我は平気?」

「あ、ああ。ようやくしゃべるのもラクになってきたよ」


 万能治療薬エリクサーを使ってなお、数週間も寝たきりになっていたトルジュは久々にまともにそう口を開いた。


 その日までは、トルジュの怪我の原因を知る者はほとんどいなかった。トルジュ自身と、なぜかジェイクは知っていたようだったが「アイツの口から言うべきことだ」と今まで一切、他言せず過ごしていたのだ。


「まず村長と話をしてくる」

「あなた、私も着いて行きますよ」

「大丈夫。これは俺の問題なんだ」

「あなた……」


 ケミーはこのように夫を労る気持ちくらいしか伝えられないまま、ただ外に出ていく彼を見守ることしか出来ないのだった。


 ミヤナに至っては一言も発することが出来なかった。


 そしてそんな家族たちを知ってか知らずか、負傷した右足を引きずりつつ、ゆっくりとトルジュは自宅から村長の屋敷に向かっていった。


「パパ、どこかに行っちゃうの?」


 ミヤナのその言葉は本心からの不安だった。

 どんなに望月の精神を持っていても、何か厳しい沙汰によりトルジュだけが開拓村を追われるようなことになれば、それはケミーと二人三脚で生きていかねばならないことを意味していたのだ。


「分からない。もう、一体どうしてこんな事に……?」


 とうとうケミーはそう言ったなりしくしくと泣き出してしまった。

 無理もない。一児の母である重圧だけでも決して小さくないのに、ここに来てたった一人の夫は何も告げずに村長の所へと行ってしまったのだから。


 しばらくするとトルジュが来る代わりにカラトッド一家がセーロス宅に足を運んだ。


「こんにちは。トルジュさんの具合はどうです?」

「メイルさん。それが私には何がなんだか」

「おお、どうしたのケミー。私に話せることなら何でも話してみてちょうだいな」


 メイル・カラトッドはカラトッド家の大黒柱であり、ウサの父だ。

 同伴したのは妻であるスケースに娘のウサ。つまり家族総出でトルジュの見舞いに来ていた。


「ウサ。来てくれてありがとう」

「うん。けっとうは、しばらくおやすみね」


 ミヤナとウサもまた親世代たちのようにそう会話をぽつりと交わした。


 こうしたことはトルジュが怪我をして以来、何度もあった。

 まだ彼が完治していないと耳にしては数日おき、時には毎日来てくれたのはミヤナの心細さをかなり和らげてくれた。きっとケミーも同じ思いだろうとミヤナは感じてもいた。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「トルジュさん。一体、みんなをどれだけ心配させたか分かるかい?」


 メイルは我が家族のことかのようにトルジュを責めるその口ぶりで一歩、前に出た。


「ああ。そうだな、カラトッド家の皆にもこの際だから説明するのが、けじめなんだろう」

「あなた、それはどういう……?」


 ケミーはこのようにいつにない素振りのトルジュに掴みかかりそうな、ヒステリックな様子を見せつつ問い正した。


 それに答えるように弁明を始めたトルジュ。

 事の発端は町から見学に来た若者だったのだが、皆が思っていたより事情は複雑であった。


「まず、若い兄さんが出すぎたことをして大豆畑を荒らしてしまった」


 町から来た若い男は、ふざけて畑を走り回った。本当それだけでも作物が傷んでしまうわけだが、その後がもっと酷かった。


「こ、この人。この人相が悪いおっさんが俺にやらせたんす。し、信じてくださいよ!」


 この人とその若者は、あろうことかジェイクを指差した。指差されたジェイクは確かに人相はあまり良くなかった。

 それに一人だけ木こりの専業というのは前々から村人たちからの印象を良くないものにしてしまっていた。


「ジェイクさん。悪い悪くないは別として、この子と謝ってくれるか」

「なっ。なんですって!」


 畑の主の要求にジェイクは困惑し、思わずそう叫んだ。

 なにしろまさに、普段の良くないイメージを払拭するチャンスとトルジュに誘われて意気揚々とジェイクは畑の手伝いに参加していたのだ。


 そして不幸にも人並みより不器用なジェイクは逆上した。畑の主の服を掴み、激怒してしまったのだ。


「ふざけるんじゃねえ。俺はいつだってマジメに働いて……」

「ほらあ。この通り、実にヤバいおっさんでしょ~」


 タイミング悪く若者が唆した。そして遂に、くわを大きく振りかぶったのは主だった。


「危ない。ジェイクさん!」


 そして、その結果がこれであった。

 相当に怯えていたらしい主に何度も斬りかかられたために、トルジュの腹部から足にかけての大怪我となった。

 つまりジェイクをトルジュは庇ったが、代償として負傷してしまったのだった。


「なんてこと……」

「じゃあその若いモンがやらかしただけで、みんな悪くなかったんですね?」

「メイルくん。ああ、その通りさ」


 誤解はすぐには解けないかもしれない。

 しかしトルジュのこの釈明により、少なくともセーロス家とカラトッド家は現状を理解したのだった。

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