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七 親友

 ミヤナが六歳になり二ヶ月を過ぎた頃に、ベルはこの世を去った。

 享年七歳。人間ならおよそ五十歳手前といったところだろう。


 先祖代々を弔うために建ててあるセーロス家の墓石。開拓村に移されたその墓の傍らにひっそりと、丸石を基に加工された小さな墓が安置された。


「ベルはミヤナのお兄さんみたいな子だったものね」

「えーん、ベル。ベル……!」


 半分は子どもらしく見えるように演技していたミヤナだが、もう半分は本当にベルがいなくなったのを悲しんで涙していた。

 ケミーに抱かれながら、ミヤナはもう尻尾を振ることも川魚を食べることもないベルに祈った。トルジュもケミーも同じように彼の冥福を祈ったのだった。


「さあ、帰ろう」


 ひとしきり、先祖供養も終わるとトルジュはそう促した。

 開拓村の共同墓地。村なだけにたったひとつしかないその簡素でこぢんまりとした場所を離れ、一家は生活家屋へと戻っていくのだった。


「ベルは良い子だったね」

「うん。私がつらくて泣いていると、いつもそばに来て顔を見つめていてくれた」

「そう、だったな。アイツは生半可な人間よりもヒトの痛みが分かる良いヤツだった。……本当に」


 その日は家でも亡きベルの話をしてやることにしたセーロス家の人々だった。


 それからも時折、ミヤナは夢にベルが出てきては前足でトントンと彼女の脛を触ったり、顔を擦り寄せたいのを我慢してハッハッと息を弾ませては伏せているという場面に出くわした。

 それにベルは生きていた時のようにヤンチャに、チョウチョを追いかけている時もあった。また、近所の子どもたちと野原を駆け回る時もあった。


 それら全てが夢に現れるたびに懐かしいミヤナはしばしば、目が覚めると涙で頬を濡らしている自分に気付くのだった。


 三ヶ月ほど経った、とある日のことだ。


「セーロスさんのお宅は、こちらでよろしいでしょうか?」


 トルジュやケミーと同年齢ほどらしい女性がセーロス家を訪れた。


 身なりは村に不似合いだが華美というほどではない布のドレスだ。

 また口調は丁寧だが、ひとり家にいたケミーは見覚えがない顔のため幾らか用心の気持ちを覚えた。


「そうですが、どちら様ですか?」

「申し遅れました。実は私というか私たち、この村に昨日から越してきた者です」

「あら、そうなの?」

「はい。私たちの娘と年が近いお子さんがいると聞き、挨拶に伺いました。これからよろしくお願いしますね」


 カラトッド。

 それがセーロス家と今後、深く関わることになる家族の姓だった。

 一人娘の母であるその家族の一人スケース・カラトッドがケミーに挨拶している女性だ。そして、気付けばスケースの背後からちらりと顔を覗かせる内気な少女がいた。


「ウサ、あなたも何か挨拶をなさい」

「……もう、帰ろうよ~」


 少女はもじもじと恥ずかしそうに母のドレスの袖を引っ張って短く右往左往した。

 どうも人見知りらしい。そしてそのためにそれ以上は何を言っても口を開かないウサと呼ばれたその子を見かね、スケースは「またその内、出直すとします」と朗らかに告げた。

 そして今日のところはセーロス宅を去るカラトッドの二人なのだった。


 あくる日、早くも少女はミヤナを再び訪ねた。昨日は近くの家で農作業を手伝っていたミヤナはその日、ちょうど家にいた。


「ミヤナちゃん、けっとうよ!」

「け、決闘ですって?」


 ケミーが驚く中、何にも使われていない土が平らな小さな広場でミヤナはウサ・カラトッドと決闘をした。

 初対面かつ女の子同士なのに酷い遊びだ。しかしウサいわく、昔から友だちとはそうやって遊ぶのが普通だったようだ。


「はあ、やっ。えいとう!」

「うっ、うっ……」


 ウサから借りた木刀で防戦一方のミヤナに、とても六歳とは思えない鋭い体捌きでウサは次々に木刀を入れた。

 とは言っても、ミヤナが初心者なのは知っているウサは徒手空拳における組手のように寸止めを徹底した。

 しかしそれに付けてもウサの剣の腕前はおとなたちでさえ目を見張るものがあった。


 そしてとどめとばかりに右足に重心をそっと乗せて一気に踏み出し、左足と上半身をぐんとミヤナに接近させたウサは寸止めながらも胴体への一撃を「チェストー」の掛け声と共に綺麗に決めたのだった。


「ふぁー。ウサちゃん強いねえ!」

「えへへ。もっとがんばって、アタシけんしになるの」

「剣士?」

「うん。りゅうをまもる、けんしになる」


 ミヤナの問いに深々と感慨深げにウサはそう頷いた。


 竜を守る剣士。

 普段は人の前に現れないのがドラゴナンドの竜であるだけにその夢が叶うかは未知数だ。しかしミヤナは彼女の夢を壊すのもどうかと思ったので、「偉いね」とわずかに自分より身長が低いウサの頭をぽんぽんと撫でた。


 唯一の友だちだったベルはもうこの世にはいないが、新しくやって来たウサという少女とは不思議とこれから長く友情を育んでいく。ミヤナはそんな気がしていたのだった。


 それからは三日に一回は必ずと言って良いほど広場での決闘稽古が日課となった。

 ウサはいつでもどこか嬉しそうに試合をしていたので、いつしかミヤナはミヤナで稽古をしない日も借りた木刀で素振りをする習慣を心がけるようになった。


「えい、たあ。それ、今!」

「うっ、うん。……なんの!」


 たまに反撃出来ると思いミヤナは木刀を振るうのだが、まるでそうしてくると読み切られていたようでミヤナの一撃は空を切った。

 そしてむしろ、ウサは側面から木刀を振り上げた姿勢のまま「だめだめ」と厳しい口調でミヤナを怒った。


 次の剣筋を先読みするなど、並みの小学生はまずやらないようなレベルで既にウサは剣道と向き合っていたのだ。


「きしだんよ。ウサ、きしになるの」

「剣士になるために?」

「そう」


 騎士団。

 正確にはせいけい騎士団というのが、《農邦》を守る最大の民間勢力たる騎士団の名だ。


 そしてどうやらウサは国内の武装警団、つまり自衛勢力であるその騎士団を目指したいという目標をも持っているようだった。

 最も過酷な修行を積まねばならないという噂のその騎士団こそ、竜を守る剣士となるために彼女が求めていた道というわけなのだ。


「へえ。ウサちゃんは剣士になりたいのか」


 ある日の夜。

 トルジュは毎日の様子をミヤナから聞いて、そのように素直な感想を述べた。しかし一方で珍しく顔を曇らせて次のようにも言った。


「女性が剣士に。そもそも騎士になるなんていう話も俺は聞いたことがない」

「そんな。じゃあ、ウサには剣士は出来ないの?」

「どうかな。でも、もしかしたらスゴくスゴく大変な人生になるかもしれないね」


 トルジュのそうした言葉に、ミヤナは俯いていた。もっと楽観的に、頑張れば叶う夢だとミヤナは、ウサもまたそうであるだろう程度の考えでいたからだ。


「じゃあ、私も剣の稽古を頑張る。それでウサを強い剣士にしてあげたい」


 ミヤナは語気荒くそう言ったものの、次に口を開いたのはケミーだ。


「でもミヤナ。当然だけど、あなたにはあなたの人生があるでしょう」

「……! それは、そうだけど」

「そりゃ、打ち込めることがあるのは素晴らしい。でもねミヤ、人生は無限に続いていくわけではないの。生活していくためにアレコレを考えていかなくっちゃならないし、もし結婚する時が来たら人生は大きく変化もしていく。あなただけの人生ではなくなるのよ」

「それは……」


 ミヤナは現実世界の母も似たようなことを望月に言っていたことを思い出した。

 そしてそれもあって、つい口を閉ざしたまま気まずさの残る夕食時は過ぎていったのだった。


 ただ折角の友だちとの付き合いまでも邪険にするつもりはトルジュにもケミーにもなかった。

 ゆえに稽古については「やり過ぎない限りは気の済むまで取り組みなさい」と一定の許しだけはミヤナに与えた両親なのだった。

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