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三一 竜神―1

 竜のごとく飛翔したエネルギーの塊。


 ブチブチブチィ、と今までの中で最も手応えのある破裂音を響かせた。

 もちろん、それは《黒竜》の皮膚が焼けて飛び散る音であった。


「いやあ、ミヤナミヤナミヤナ。やめて。やめて私よケミー・セーロス」

「トルジュだよ。パパだ。そんな姿にさせられたのが、かわいそうだ。よしよし良い子だからもうイタズラは止しなさい」

「ミヤナぁああああ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう《剣豪》なんてしないから、誰の悪口も言わないからあ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「俺はどうなってもいいけど、あっつ。クソッ、でもどうなっても別に誰も困らないけど、あっつつつ。くっ、あっつ、ミヤナ、殺すならこのジェイクおじさんからに、あっつ!」


 宙に浮かぶゲラトルヘスの胴体から浮き出た顔が、《黒竜》のまやかしのはずの人間の顔が口々に叫び、あるいは説得し、あるいは懺悔した。


 確かめたいという欲求が《黄金竜》に含まれるミヤナの精神の中で強まった。何をか。それは当然、開拓村で今もトルジュやケミー、ジェイクが元気に暮らしているかということ。そしてウサがカッオの地下牢でしっかり罪を償っているかということであった。


(もしこのままだとみんなまで死んじゃうとしたら、私は……)

(そ、そうよね。よし《青竜》。私よ、作者の望月。あなたの生みの親として命ず。今すぐこのご尊顔の数々がハッタリだと調べあげてきなさい)


 瑞は麒麟の死に未だショックを受けており、展開に着いていけていなかった。

 しかし《黄金竜》に声を掛けられたことには気付いたらしく、滞空したままコクリと頷いてどこかへ飛んでいった。


 見た目には巨大な蝶のようだった。

 成り立ての頃は丸い球体であったのが、極まった修練を無限に繰り返す中で《黄金竜》の容姿を徐々に形あるモノへと進化させているようであった。


 瑞が戻ってきた。

 事態は最悪だ、という顔をしていた。


 ゆるゆると首を振るばかりの瑞だったが、つまりは限りなく状況は絶望的なベクトルで考えねばならないということ。

 そしてそんな事実など言葉に出来ないということであるらしかった。


 するとその時、ある変化が起きた。

 ゲラトルヘスは突然に膨張を始めた。つまり、ここに来て更に大きくなり始めたのだ。


「んっんっん。んっんっんっん」


 ミヤナが交信で声だけは聞いたその《黒竜》の笑い声は、笑い声ばかりであった。

 もはや理性を持つことなど億劫になったのか、最初は聞こえるか聞こえないかであった「んっんっん」は一種のノイズとしてミヤナや望月の精神を疲弊させた。


「神だあ。ついにゲラトルヘス様は神になったのだあ」

「ミヤナ、あなたも祝いなさい。ゲラトルヘス様はママたちを天国に連れて行ってくれる」

「あはははは。良い、良いよこのネガティブなみんなの本音。ああああ、良いよ、良いよおおおお」

「ばんざーい、ばんざーい。あっつ、くっ、ばんざーいばんざーい、あっつ」


 神。

 神託という概念があるからには、神はいるはずだった。


 考えてみれば、かつて《黄竜》麒麟は《始祖竜》に十年先の、今まで見た者がいるかも定かでないほどの先の未来を語った。

 けれども、それは《始祖竜》でも見えない未来を伝える高位存在として神の実在を物語る逸話でもあったのだ。


 もちろん《黒竜》ゲラトルヘスが実際に神にまで登り詰めたなど、誰にも言い当てることは出来ない。

 少なくともその場にいる誰もが、《黄金竜》に含まれる二人の「ミヤナ」にさえ漆黒の浮遊魚が神になったかなど、しかし神でないかもまた分からなかった。


「みんなーっ、無事かい?」


 ナリューの声だ。

 白馬に乗ってやって来た彼は、空に《黒竜》がいることを認めると遂に《始祖竜》の姿に戻った。

 放たれる光と同じ白い竜。ミヤナがかつて地下洞窟で見た姿と少しも変わることがない姿であった。


「ゲラトルヘス。バカな真似はやめるんだーッ」


 純白の翼を広げたナリューは《黒竜》に向かい、「シソパーンチ!」と叫びながら右前脚で強く打撃した。


「んっんっんっん」


 笑いながら、ビクともしない《黒竜》。

 正義の拳は巨悪には一切の妥協をしない姿勢なのだが、対する巨悪には妥協の有無など関係なかった。


「流石は竜神様あ。もうゲラトルヘス様は竜神様なんだ」

「竜神様の天国に何をするの、この罰当たりどもが!」

「くっさい爪。有り得ないんだけど」

「あ、俺はジェイク。ジェイクって名前の木こりです」


 ミヤナにトラウマを与えるために洗脳されたのであろう四人は、今やその目的など忘れた狂った人々でしかなかった。


「コイツは何なんだ。ゲラトルヘスが神だと……しかし実際、かなり力を得てしまっているのが厄介だな」


 ナリューはそのように冷静に現状を分析した。

 一方、《黒竜》は五割増になった体から触手を生み出しているところだった。降下はまだ残存しているエネルギー竜弾によりかなり抑えられていたが、それでもこの巨大な邪竜が竜殿を破壊する方法など、もう幾らでもあるに違いなかった。


「プク~。《始祖竜》様ですらかなわないなんて、どうするんだもん」


 そう狼狽えるグ=ゲンと共に、力を使い果たした異世界竜たちも狼狽えていた。

 烈仁竜は増殖しながら玉砕覚悟で急降下してくるので際限がなく、百ほどいた竜たちは戦い続けながらも三十ほどが破壊されてしまっていた。


「よせって《接続竜》はん。それ以上深追いすると火傷じゃ済まんで。ワテの作ったサイコロ穴にあんさんも、はよ避難するんや」

「《六目竜》さん。気持ちだけ受け取ります。でも俺……《赤竜》さんがこれ以上、悪魔の言いなりになるなんて耐えられません」

「待てや、《接続竜》はーーん!」


 死亡フラグ。無鉄砲。玉砕覚悟。


 異世界の竜である《接続竜》は、本来なら接続出来ないモノ同士をあらゆる物理法則を無視して接続してしまうという離れ業が出来るために異世界から来た百ほどの竜の中でも珍しがられていた。


 また戦いに於いても竜たちの中で頭ひとつ抜けており、頭角を表すならばこの竜かもしれないと誰もがそう思っていた。


「何が神だ、何が天国だ。俺は認めない。……こんな結末が世界の選択だなんて、俺は認めないぞ。うおぉおおぉおぉぉおおお!」


 空気と空気を接続する。

 すると二重空気と定義出来る、常時二倍の密度の空気となる。

 二重空気と二重空気を接続する。

 すると四重空気。今度は四倍密度だ。

 四重空気と四重空気で八重空気。

 八重空気と八重空気で十六重空気。

 十六重空気と十六重空気で三十二重空気。


 ……。


 繰り返していくとやがて五一二重空気、一〇二四重空気となる。


 空気は所詮、空気。しかし物理法則を無視して事実上、千二十四倍に圧縮した空気もまた空気である。

 ところで、物理法則を無視しないで圧縮した空気を圧縮空気と呼ぶ。こちらは大気圧との差を利用し、現実世界ではたとえば電車の自動ドアやいわゆる空気ブレーキなど様々に活用されている。


 活用にはやはり、圧縮空気で作動する装置が必要だ。

 そしてそれは採用する装置によっては電気に代わる動力となるということでもありその点で注目を集めるほど、圧縮空気の可能性は広い。


 そして《接続竜》は工業規格に沿って、手頃な金属を接続し機関車を作った。

 物理法則を無視した接続は物理法則を無視しない接続にも応用出来る。大は小を兼ね、《接続竜》は一時的に生きる金属製品工場となったというわけだった。

 肝心の金属部品は、サイコロ穴――簡易な亜空間――から《金属竜》と《加工竜》が供給してくれたからこそ、実現した技術だった。


 圧縮空気で動く装置なら接続で生んだ多重空気でも動く。


 つまりは、そういうことであった。

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