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三〇 回帰

「あなたは誰?」


 望月がミヤナに発した言葉はそれであった。

 けれども、望月にはやはりそれも分かりきったことで聞くまでもないことだった。


「《黄金竜》。私はあなたで、あなたは私で、私たちもまた《黄竜》」


 ミヤナは望月のその言葉に、静かに頷いた。

 ミヤナの中に、現代から来た望月の魂があるのではなかった。《黄金竜》としての望月は無意識に『竜界の巫女』の世界を基にした異世界を生み出し、そこに現れたもう一人のミヤナ――《巫女》を背負うために生まれた、小説におけるセーロス家の一人娘の代理であるミヤナ・セーロス――の意識と繋がり続けていたのだ。


「私たちは今こそ《黄金竜》へと回帰する。人が望んだ悪である《黒竜》を滅し、本当にみんなが望む世界を作り直すために」


 ミヤナは望月のその言葉に、またしても頷いた。

 望月とミヤナは互いの手を合わせた。いつの間にか望月の右腕もまた竜化しており、二つの黄金色の竜の腕が重なり合ったのだ。


 隕石が上昇した。

 闇の隕石が《黒竜》なら、光の隕石が《黄金竜》であった。両者は激しく衝突した。そしてそこから発生した水平方向へ環状に広がる衝撃だけで、烈仁竜は何万頭も消滅した。


 そこでミヤナの意識が残っていた竜は、真っ白な空間でかつて見た、天より降り来る竜のことをなぜだか不意に思い出した。

 それは望月が《黄竜》だった示唆なのか。それとも《黄竜》麒麟だったのか。あるいは自らを殺そうとする《黒竜》ゲラトルヘスが獲得した竜らしい姿だったのか。


 しかし、どれも違っているに違いないと語りかけたのは望月の意識だった。

 なぜならあの空間にいたのは望月の精神体で、ミヤナはその体を一時的に借り受けて神託を見ていたに過ぎなかったからだ。


(あるべき心……)


 望月はあの時に呟いた言葉を繰り返した。

 そして、それこそが答えであった。


(あるべき心。それは、――絶え間ない修練の覚悟)


 ミヤナは答えをより具体的にした。

 天の竜は自分自身であり、他者の総体であり、既知であり未知であった。過去であり未来であり、東西南北であり春夏秋冬であった。宇宙であり天地であった。概念であり空想であった。


 その全て、いや、無論その外や内にある全てが修練。修練とは全てそのものだったのだ。


(ならば《黒竜》もまた修練。それって……)

(その通り。私たちは彼女であっても、おかしくなかった……つまりはそういうことね)


 やがて衝突を経て、《黒竜》の意識もまた彼女たちに流れ込んできた。


(この途方もない矛盾、これは一体……)

(闇なんて幻。いや闇は実在する。どちらも真実であるという二律背反がたとえば《黒竜》の抱える葛藤だったわけか)


 苦しみ、迷い、悲しみ、怒り、恨み、妬み。

 過ぎ去ることもあれば、立ち止まることもあるそうした負の感情を実質的に《黒竜》は熟知していた。

 時にさりげなく、時に押し付けがましく、時に事務的に。――大なり小なり絶対にあるかと思えば、気にならなければなんということもない。


 それが《黒竜》を構成する精神だった。


(無視。侮蔑。軽挙。妄念。……何なの、次々に湧いてきて蝕もうとしてくる、この暗く無機質な価値観)

(それだけではないわ。殺戮、自傷、中傷、捏造、拝金、圧力。……おいそれと口にしてはならないという無意識が気付かせないだけで、この子は何もかも知り尽くしてしまった)


 悪が生まれる時。

 それは人が望もうとも望まずとも、もうたくさんと思うほどに苦しみや理不尽を極めた者が現れる時なのかもしれない。


 そしてたとえば《黒竜》は、そんな存在だった。


 ゴボリ、と気味悪い音と共に、《黒竜》の胴体から幾つかの顔が地上から見て分かるほどの大きさを伴い現れた。


(パパ、ママ。ウサ、それにジェイクさん!)

(慌てないで、セーロス。どうせまやかしの術よ)


 悪もまた悪に回帰しようとしていた。

 正々堂々を正々堂々と放棄し、心理に訴えかける。あるいは正々堂々と卑怯に走る。


 最初こそ圧倒していた《黄金竜》は、そこで押し返され始めた。じりじりと二つの巨体が竜殿に接近し、巨竜同士がいぶし合う摩擦熱で屋根が溶け始めていた。


「よっしゃ、オラたちも助太刀するか」

「オッケーメルシー。ミーも英雄になれるなら、この風の刃で暗黒など切り裂いてくれるぜグッドステディ」

「ひゅひゅひゅ。明瞭敵《黒竜》捕捉。対象殲滅目的良時代」


 異世界竜たちは各々が持つ力を一つにまとめることを始めた。グ=ゲンの発案による試みだ。

 前例のない試みだったが、生き残るために戦うと決めた者たちの決断は早かった。


「さあ。我の超絶運気もくれてやるびん。貧乏のチカラで今日から《黒竜》も素敵な貧乏竜びん」

「へらへら。へらへらへらへら」

「俺マイひねくれてっからさあ、俺マイのマイナスオーラも食ったら、ぶっちゃけ《黒竜》もマジクソバリクソの俺マイにひれ伏すんじゃね?」


 癖の強いヤンチャ者も、闘志があるなら今は戦力だった。様々な力が一つの大きなエネルギーになり、それらがあたかももう一柱の竜のように《黒竜》へと発射された。


「Giyaaaa!! UoooOoo」


 エネルギー竜弾をも浴びせられ、《黒竜》は戦慄わななくかのように呻きながらじりっとわずかに後退した。


「般若の知恵にて輪廻の涅槃。これ全て回向の教えをもって極楽の色即是空なり」

「どれどれどれどれどれどれどれェーーーッ」

「規制が始まります。みなさん、また規制が始まりますからそろそろ規制に備えて規制のことを、規制、規制ですから」


 もう一発くらいはエネルギーをまとめられそうだと確信した竜たちは、続けてどんどんと力を集め合っていった。


「ご覧、思い出のレイディーたち。麗しくない者には麗しくないだけにセント・ポタージュの神々も思わず激怒を禁じ得ないのさ」

「ひっく。ちっちっちっ。べらんめえ、こんちくしょうめ。この頭でっかち、おととい来やがれってんでい」

「アクティブ・カード、オープン。よし、コイツなら行ける。《雷乙女のハジェ・フォーリ》をテクニカ・フィールドにセット。《ワイアード》を仮眠表示でドロップしつつ《らっこらっこ》のスキル《胸騒ぎ》を発動。このコンボで《ハジェ・フォーリ》を三倍強化だ!」


 かつて古代において、竜たちはこうして悪と戦ってきたのかもしれなかった。

 そう思えるほどに、どこか懐かしさに似た気持ちを抱く竜たちのエネルギーは先ほどにも増して集積していった。


「さあさあ、日頃のご愛顧を込めてお客様、なんと初夏の特大特価キャンペーンっ。今だけなんとこのエアリアル・ガーデン・コンテナーがなんと特別価格の三九八〇竜貨。サンキュッパなのが、もうびっくりですよねえ。た・だ・し、これだけでは終わりません。なんと今ならこのワイヤレス・マジカル・クーラーも着いてこのお値段。し・か・も更に更にこちらの限定特別モデルのトースターも付いてのご提供です」

「あー、緊張してきた。トイレ行きてえ。でも見せ場っぽいから俺、身動き取れねえ。今年もそんなに忙しくなかったから文句言えねえ。家出してえ。これ終わったらバイクで日本一周してえ。それと綿録マジサちゃんに告白してえ。せめてラブレター書きてえ。でもバカにされるから今のなかったことにしてえ。乾電池買いそびれそうで怖え。トイレ行きてえ」

「えっとお、今日のうお座のラッキーカラーは焦げ茶色だからあ、あっ、でもネットだと空き巣に注意だったからあ、あっ、でも先輩がココナッツオイルは今日は運気下がるって言ってたからあ、あっ、でもそもそも今日は星五つ満点で言うと三つだからあ、あっ、でもその前に手相が今日は調子悪めだからあ、あっ、でも今日のとら年は図書館で開運だからあ、あっ、でもまだ今日の血液型占い見てないからあ」


 ついにエネルギーが一つとなり、先ほどの倍ほどの大きさとなった竜弾が《黒竜》に向けて発射された。

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