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三 開拓村

 色々あった結果、ミヤナたちは引っ越すことになった。登山そのものは問題なかったのだが、やはり借金は近隣住民の印象を悪くしてしまったのだ。


「まあ、何か言う人には言わせておけば良いさ。気楽に行こうぜ!」

「え、ええ……」


 熱意が冷めてきたケミーを見てみぬふりするように、トルジュはあくまで熱血だ。薄情よりはマシなのかもしれないが、本来なら幼くないミヤナが見てもあまり好ましい状況ではなかった。

 だが無い袖は振れないし、さいは投げられたのだ。ミヤナは他人とは思えないほどやはり現実の両親に通じる所のあるこの二人に、もはや一種の負い目を感じていた。


「ワンワン……」

「へっ、へっ」


 ポレア山を登る最中にも元気いっぱいな様子だったベル。先行きに少し気が滅入ったのを隠そうとミヤナが呼びかけると彼だけはへっちゃらにマイペースなのだった。


 さて、ミヤナたち家族一同が転居した先は名も無き開拓村だった。近隣の町や村からは仮村あるいはニワカ村などと呼ばれていた。

 まだ茅葺きの粗末な家が十数棟ほどあるばかりで、水は井戸から汲まねばならない。現代的で科学的な垢抜けた暮らしが当たり前となっていた者からすれば生き地獄のような地であった。


「本当にこんな所に住むというの?」

「あ、ああ。もう後には退けないしな。どうにか生きていくしかない」


 ミヤナの父母は共に心なしか体を震わせていた。それは想像していたよりずっと過酷な生活環境に行き当たってしまったからにちがいないと、ミヤナはやはり精神が成人だからこそ理解に苦しまなかった。

 後先など考えず持ち家を売却してしまった一家の行き先は当面の間、何が何でも開拓村という成り行きなのだ。


 ベルだけはやはり元気で、同時に新入りにもかかわらずさほど警戒されずに済んだきっかけともなった。

 人懐こいその白い犬には村人たちも心を和ませたからだ。


「キミたち、大丈夫かい。とても村暮らしの準備があるようには見えないぞ」


 セーロス夫妻に親切にそう声を掛けてきた者がいた。一人暮らしの木こり、ジェイクだ。


「実は恥ずかしながら、その通りではあるんですが……」

「良ければ、わけを聞かせてくれないか?」


 かいつまんで、かつ話せる範囲でこれまでの経緯を、その木こりの男にトルジュは話し始めた。

 ジェイクは見た目にはトルジュより一回り年上のように見えた。だが木こりという木を切る仕事柄か、懸命に働いてきた証であろうムキムキとした隆々の筋肉はトルジュが持たない肉体の財産であった。


 トルジュは顔つきこそ厳しいなりをしているが、行商人の多くがそうであるように平凡な肉付きであったのだ。


「町で生きていく分には問題にならなかったろうさ。だが、ただの村どころではなくこれから村として発展していくこの開拓地域じゃ、男手は原則として厳しく体を鍛えていかねばならねえ。その事はしかと胸に刻んでおいてくれよ、親友」


 随分と軽々しく親友という言葉を使うという点では胡散臭いのは確かだ。

 しかしこのジェイクという人間はセーロス家にとって今後、実際に欠かせない頼れる仲間となる。少なくともそう思うに足る力強い笑みを絶やさないのがこの木こりであった。


 励ましのために肩をぽん、と軽く叩かれトルジュはそれに応じるため右手をジェイクに差し出した。握手のためだ。


「これからよろしく。ジェイクさん」

「ああ、ようこそ新しい村へ。共に素晴らしい働きをしよう!」


 それからジェイクに案内され、セーロス一家は村長の屋敷に向かった。

 箔を付けるため、という理由でこの屋敷だけはかなり頑丈そうな木材で堅牢な作りをしているのは明らかであった。


「ふぉっふぉ、ようこそおいでなすった。まずはワシの顔を忘れんようにの。なに、用があってもワシと分からんことには話が始まらんっちゅう当然のことさね」

「これ、長。そんなにぶっきらぼうでは来るべき人も来ねえと再三に忠告したがよ?」


 それぞれに元々住んでいた地域の言葉なまりがあるものの、長もジェイクも互いに村の将来を考えている様子であることはセーロス夫妻にもミヤナにも分かることだった。


 一方、ベルは入り口の辺りでおとなしくしていたが、長の目付け役である老婆が香ばしいふかし芋を与えようと近づいていった。

 最初こそ注意深くしていたベルだが、トルジュが「よし」と合図したこともあり美味しそうにちびちびと食べていった。


 開拓村の住人は畑を耕すか、獣を狩るか、あるいは土地をならすかがおもな仕事だ。

 ジェイクのように木こりをしている者でも基本的にはいずれかの仕事をしがてらという者が大半。

 ただジェイクはとりわけ良い仕事をするので、村で唯一の木こり専門だった。


 ところでセーロス夫妻には心配事があった。心配事と言えば、それは娘が何らかの疫病に冒されやしないかという点であった。


「ふーむ、そればかりは何とも言えん。越して来るのは今のところ年寄りばかりだから、小さな子どもがどうなるかは俺にもちょっと分からん」


 夫妻の予想外。それは過酷な生活環境の割には、住人の平均年齢がやけに高いことだった。

 しかし理屈としては現代社会と似た部分がある。すなわち若者は可能ならば当然、知的な労働に日焼けすることなく快適に従事したいので、都会に行けなくてもせめて町で働きたいのだ。


「困ったな。俺たちだけならまだしも、ミヤナに不憫を強いることになるとは」

「色々、考えていきましょう。じっくりと頭を使えば無駄にならないことが無駄なことより多くなる……今はただ、そう信じましょう」


 両親がそう話す傍らでミヤナはうたた寝をしていた。

 精神は成人でも、実際彼女はまだ一歳。そのため眠気に対して成人並みに抗うことなど、まだ出来やしなかったのだ。


 ベルがミヤナの頬をちろちろ舐めてきた辺りで、くすぐったさも麻痺するほど眠気が勝り深い眠りに落ちた彼女なのだった。


 村での生活が一月ほどになると、トルジュもケミーもそれなりに日に焼けてきた。

 彼らの生業は実質、ほとんどが雑用だった。何かおもな役割に従事するための助言があるわけでもなく、ひたすらに他住人の家の玄関掃除や挨拶回りをする毎日が続いていた。


 歓迎されているのかどうかすら見通しが経たない毎日。

 肝心のジェイクは木こりのため近くの森に入ってばかりだが素人が追うには天然そのまま、獣道ですらないため困難が伴うらしかった。


「ふう、やれやれ。最低限の食べ物は分けてくれるけど、良い人たちなのか悪い人たちなのか」

「全くね。これなら嫌がらせに耐えて行商を続けていたほうが、よっぽどマシだったかも」


 ミヤナはそんな両親の会話が耳に入り、村での生活が順調なわけでもないことを知っていた。

 けれども決して希望を捨てないひたむきな眼差しはいつもそれだけで、ミヤナに勇気を渡してくれているのだった。


「きゃん、きゃいん!」


 ベルはいつものように、いやむしろ町中より自然味のある田舎が嬉しいのか、はしゃぎ回っている様子だった。


 時折、ジェイクはお手製の、手の平ほどの大きさの木彫りの人形をセーロス家の新居に持ってきてくれた。

 決して器用な仕上がりではなかったのだが、数が増えるに従いそれらは、まるで一つの王国にいる民たちかのように平民や兵士、馬や王子として認識することが出来た。もちろん、王様や女王と思われる一段と複雑な意匠の人形は木彫りの小さな椅子に腰かけていた。


「わはは、どうだい。俺なりの歓迎の証さ。人形だとしてもデッカい国にいる人たちを思えば不思議と心が踊るだろう。コイツらはそのために、俺が必死に考え付いた天の国の人々というわけさ」


 手作り細工が得意という意外なジェイクの一面を知ると共に、セーロス家とジェイクとの絆はひとつ確実に深まったのだった。

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