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二三 歴然

 一方その頃、《黒竜》はミヤナたちが立ち入れない《裁邦》にいた。


「くすくす、最高の気分。こんな解放感は生まれて初めてかもしれなくってよ」

「……同意」


 ルルーもまたなぜかそこにいた。

 交信の中で《黒竜》と散々に蔑まれたにもかかわらず、彼女は今、そんな女の隣に立ち灯台から夜の町並みを見ていたのだ。


「……《巫女》は一人で良い」

「そうですとも。そしてあんな真のポンコツとはすっぱりおサラバしてあなた様を……ね?」


 ぞくりとするほど妖艶な笑みで《黒竜》はそっとルルーの頬を優しく撫でた。

 つまりはミヤナを亡き者にし、ルルーに《巫女》の力を取り戻すことこそが最善。《黒竜》はルルーにそう言い含め、十年の月日で心が揺らいでいたルルーはその話に乗ったというわけであった。


 もっとも、ルルーは歴代の《巫女》の中では最も千年に近い九七九年もの月日を《巫女》として生き長らえてきた。

 それを考えればミヤナを退けたところで、たかたがあと二十年ばかりが華。しかしルルーは、ミヤナでは自らのように千年も生きることになればまず精神が持たないだろうと考えていた。


「……哀れなミヤナ。あの子を因果から解き放ち、改めて引き受けた私の代で《巫女》そのものがいなくなれば世界は終わる。考えてみればそれこそが答え」

「痛いほどよく分かりますよ、そのお心。このゲラトルヘス、たとえ奈落の果てでもお供しますわね」


 そこで突然ルルーの眼下に、大量の竜が現れた。


「……ゲラトルヘス。あれは何」

「《赤竜》の成れの果て。ワタクシの最高傑作」

「……狂っている」

「あ?」


 ルルーは突き落とされた。

 信じていた《黒竜》に。いや、信じてなどいなかった。本当はルルーはもう誰のことも信じてなどいなかったのだ。


「……死、か」


 ルルーには何もかもがスローモーションに見えた。それは《巫女》の修練の賜物でもなんでもなく単に死を予期した生物学的な、あるいは脳科学的な現象なのだった。


 とは言え、灯台の高い展望スペースから落ちた所で、千年を約束された《巫女》は普通ならば死なない。

 普通なわけはないのだが、ドラゴナンドでは普通なのだった。そして千年近くの時を生きる中で、ルルーは何度となく死に直面してきた。


「……《赤竜》、そなたか」

「ウォオオオウォオオオン!」


 理性を感じない咆哮。それは一つだけでなく、悠に三千は超えるであろう全ての竜が放つ、いわば死へ誘う咆哮であった。


「……せめて味わえ」


 ルルーの母も《巫女》だった。

 ミヤナよりは有能でルルーよりは無能だった彼女は、自らの限界を感じた五百歳を超えた辺りでようやく三人の娘を生んだ。

 一人は三歳で心臓発作を起こして死んだ。一人は《賢者》の神託を受けて百年ほど生きたが、突如として発狂し爆薬で粉々になった。


 そしてルルーは母の役目を引き継いだ。

 そつなく五竜に調停をもたらした自らに愉悦を覚えた。《始祖竜》に一度だけ罰を受けたが、千年近くも生きてたった一度なら天才だとどの竜からも称えられた。


「ルルー先生。今年ももう終わっていくわけですけれども、どうでしたか?」

「……無難」

「プク~。そうでもなかったもん」

「ふははは。グ=ゲンにとってはそうであったなあ。ワシも《標邦》が行き詰まる日が来るとは思わなかったよ」

「おいおい。キミはナンセンスなフォローしか出来ない癖を直したまえよ。今のは親身になって相談に乗るべきタイミングだ。ちなみに俺はいつでも予定、空いてるぜ?」

「ワタクシが暗すぎるのかしら。別にカネまみれのマデレスではよくあることでしかありませんことよ」


 ルルーは気付いた。

 それが走馬灯であることに。

 そして、だがしかし。

 ルルーは目を背けるという行為が大嫌いであった。

 だから、だからこそ。

 彼女は目を見開き、死が彼女を貪り尽くすまでただ目を見開き、痛みが理性を奪おうともただ目を見開き、つんざくような咆哮が耳をかじられ聞こえなくなってもただ目を見開き、


 ルルー・ネイは死んだ。


 ライトノベルのように《赤竜》だった竜たちが彼女の個性を吸収したりはしなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのようにとっておきの切り札で実は身代わりが食べられたのでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように平行世界から勇者が手助けに来てくれるわけでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように概念が逆転してヒエラルキーが転換して死を無効にするでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように異世界転生して第二の人生が始まるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのようにここから単行本にして数十巻にも及ぶルルー・ネイの回想編が始まるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのようにとんでもない暴力が結果をねじ曲げて死すらねじ曲げるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように死の直前に巻き戻りの魔法陣を代償と共に展開するでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように唐突に《巫女》についての割りとどうでもいい考察が長々と続いて死の場面を遠ざけてくれるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのようにやっぱりルルー・ネイは死なない秘術を持っていたという結果に上書きする人が現れるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのようにご都合主義という技でもなんでもないメタ要素が作用して新しいルルー・ネイが誕生するでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように急に学園にワープして日常モノとして再スタートするでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように千年生きる間に実は育ててあった一億人の子孫が仇を討ってくれるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように死という現象を一時的に生という現象に置き換えることで死亡フラグをなかったことにするでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように《黒竜》が本当は味方で実に巧妙に殺したフリをしてあげたのでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように二周目の世界線でのやり直しが始まるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように現実世界に視点が切り替わるととっておきのタイミングでルルー・ネイらしき少女が出てくるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように大胆にもここまでが全て仮定の話だったでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように複雑な数値計算で死を解析した結果を見ると実は死ではなく限りなく死に近い死のような何かだったでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのようにルルー・ネイではないけどあらゆる点でルルー・ネイと同一のベオル・カーミッシェルという別人物が出てくるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように考え方ひとつでルルー・ネイこそが《黒竜》で《黒竜》こそがルルー・ネイだからどうのこうのでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのようにこの一瞬という時間に対してかけらほどの弾性を加えたらルルー・ネイはそもそも突き落とされていないになるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのようにそれでも歴史の1ページに名を刻んだでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

 ライトノベルのように死を乗り越えた新しいルルー・ネイが蒸気を発して暴れまわるでもなかった。

 ただただルルー・ネイは死んだ。

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