二二 契機
またも一瞬でミヤナたちは目指す地に着いた。
「さあ、麒麟。とっととゲラトルヘスの居場所を教えやがれ」
「おう」
麒麟、つまりリュウキは他の竜の居場所を探し当てることに長けていた。《巫女》の修練の妨げになるかもと動いてなかっただけで、その気になればいつでも他の四柱とコンタクトを取れるほどの力を彼は持っていたのだ。
「あれ?」
「プク~。どうしたもん」
「プク~。ゲラちゃんが、どこにもいないもん」
「なんですって?」
ゲラトルヘスこと《黒竜》の気配はこの国のどこにもないというのがリュウキの結論だった。何度も気配を探してそうなるからには、十中八九、間違いないのだという。
「それはよくあることなのですか?」
「いや、有り得ない。まあ今でこそワシは貴様らとこうして国外にいるわけだが、五柱が一同に介すのでもなければ国外に出るのは掟によりご法度なんだよ」
巫女たちに対して世界の掟があるように、竜たちにも世界の掟があり、瑞の言う所の掟とはそれであった。
破ると高位の者からの罰がその竜に下る。
それは《黒竜》とて同じはずで、《巫女》がこうして同行しているから許されているのだろうリュウキたちとは事情が違うというのが瑞の考えだった。
しかし、である。
「何を隠そう、へっちゃらで国外に出られるのは五柱ではボクだけなんですよ。凄くないですか、この事実~」
「なんだと。だが確かに貴様はワシの国に来たか……」
「プク~。瑞の子も修練積めば、いつか出来るもん」
「くっ。肉体を強化する術など学んでいる場合ではなかったか」
とまあ、このような食い違いこそあったものの、やはり現状で《黒竜》が《貿邦》にいないことは不安要素であった。
マデレスが《貿邦》の名を頂くだけあり貿易の国ではあっても、ゲラトルヘスが他の貿易商に混じって国外に出るといった軽率な行動に出るはずもなかった。
「ちょっとしんどいけど、世界中に範囲を広げて探してやるから手のコレどけてよ~本当、頼む」
「やかましい。探せるんならさっさと探せキンキラ男が」
「き、キンキラとは少しばかり失礼ですよ」
「プク~。キンキラってなんだかメルヘンチックだもん」
リュウキは両側のこめかみに手の指を当てて集中した。そして《黒竜》を探す術を使うために瑞がそうしていたようにぶつぶつ何か唱えたのだった。
「ぐぬぬ。……ハッ、見えた。でも、これは」
「どうした麒麟。食あたりか?」
「違う。そうじゃない。そうじゃ、ないんだ」
何かショックを受けたらしいリュウキはどんな質問を誰が投げかけても、暫く沈黙していた。
すると不意にミヤナの頭に激痛が走り、それと共に交信による声が彼女に聞こえてきた。
「初めましてハズレの《巫女》さん?」
「そなた、まさか《黒竜》」
「ピンポンパン、大正解!」
艶かしい女性の声。それはどうやら《黒竜》の声であるようだった。
「あのね。実はワタクシ、もう《巫女》には頼らない世界を作ろうと思いますの」
「何を言い出すかと思えば」
「《剣豪》。ルルーももうポンコツな今、ワタクシは彼女こそ救世の者と考えます」
「なっ……!」
この世界に《巫女》がたった一人しかいないように、《剣豪》もまたたった一人しかいなかった。
ウサ・カラトッド。つまりは彼女こそ《黒竜》が求める救世主だということなのだった。
「ワタクシはこの十年、必死に世界の混乱を鎮めようと努力してきました。でもバカらしくなってきた。選ばれているはずの調停の《巫女》が力不足の引きこもりなのにワタクシが一人で頑張って一体、何のためになると言うの」
「それは、そうかもしれません。しかし」
「しかしもお菓子もありません。ワタクシは国を出ることにしました。掟。はん、そんなのもう、どうでも良かった!」
「そんな……」
ミヤナは膝が震えてきた。愚かなフリをしているわけでもないのに、底知れない恐怖が知らない所で始まっている。
そんな嫌な感覚が《黒竜》の病んだ声色からひしひしと伝わってきたのだった。
「竜だけを裂く断罪の雷に打たれ続け、魂まで砕け散るほんの手前で、ワタクシはとうとう《剣豪》と出会いました。彼女もまた孤独だった。ワタクシとまるで同じように……」
「何が言いたいのですか?」
「ご存知でしょう、ウサ・カラトッドの名を」
「っ……!」
ミヤナが出来ればこんなタイミングで聞きたくなかったその名を先に口にした《黒竜》は、動揺を看破するや否やゲラゲラと狂った笑い声を上げ始めた。
「ンッンッン、ンッンッンッン。……このままだとワタクシまで中途半端になっちゃうんだよ!」
「もう手遅れだと、あなたはそう言うおつもりですか?」
「手遅れ。うん、それはそう。ただ、契機とも見なせるだけマシなのね」
上辺だけは名残惜しそうでいながらも、いつでも勝利宣言は出来るという高慢さを隠さない口振りで《黒竜》はそう言い切った。
「ああ、しまった。そこはピンポンパン、大正解か。《巫女》が寵愛なさっている《黄竜》はそういうキャラだの作り込みだの、大好きでしたねえ」
「ご用件は何でしょうか?」
「ご用件は、そうね……強いて言うなら少しずつあなたが全てを失っていく茶番劇の始まりを告げること、かな」
そこで交信は終わった。
鍛練を積み、向こうから交信を繋げられるように努力してきたのだろう。ミヤナが交信を試みたところで全く無意味なのがその証拠だった。
「なんて独り善がりな人っ――」
「昔から多少、そんな性格なのがゲラトルヘスだ」
「はあ~、どっちらけ~のげんなりがっかりタイムじゃん」
「プク~。よく分からないけど、これからきっと大変なことが始まるもん」
ミヤナたちはそれぞれに今後のことを考え、それを互いに話し合ったけれどもまずは残る一柱、《赤竜》烈仁に会いに行くことにした。
向かうは《長丸壌》ペメイグト。
そしてその大陸唯一の国、《裁邦》イズバであった。
だが、高所恐怖症のミヤナが目を開いたその先に見えたのは、今いたマデレスであった。
「ダメだ。ペメイグトには何故だか入れない」
「プク~。とんでもない事態だもん」
リュウキたちによれば、独善的な《黒竜》とは違い《赤竜》は熱血漢で情に厚く心優しい竜であるはずだった。
それにリュウキいわく、大陸に入れないなどというのは前代未聞であるようであった。
「一体どうすれば……」
「ワシに考えがある。まず《標邦》に戻るぞ」
瑞に連れられて、一行はポルに戻ってきた。
ちょっとの滞在とあまり注意深く周りを見ていなかったミヤナだったが、先ほども訪れたこの国都ミレオは《標邦》が《標邦》たるための最も根幹を成す都であることをようやく思い知らされた。
「しるべ。懐かしい響きだけど、これって」
「そうだ。ワシも聞いた話でしか知らなかったが、この都はそれ自体が案内板なんだよ」
まず、人がどの国にも移動出来る港があるのはこの国ただ一つであった。
そして全ての国の航路の中心となるべくあらゆる科学が注ぎ込まれた結果、全ての国の出航状況のみならず各国の大まかな情勢までも細かく知ることが出来るギミックが至る所に点在しているのだった。
「ほっほう、どうやらここに来たのがピンポンパン大正解だったみたいじゃんイエ~イ!」
「おい麒麟っ。貴様はどんな頭で《黒竜》の真似を」
ミヤナへの交信は他の竜にも聞こえていた。この世界では、《巫女》の交信とはそういうものなのだ。
そのため《黒竜》の発言は全て筒抜けだった。
「でも、どうやら船も」
「「「ない(もん)」」」
幾つか適当にギミックを出して案内板システムを起動してみたところで、イズバへの航路を示すルートはその全てが消灯していた。
それはつまり、ミヤナたちがイズバに向かう手立てなどないということを示していたのだ。