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二〇 亀裂

 ミヤナは取り留めもなく様々に思案した挙げ句、結局は《黄竜》に同行を申し出ることにした。


「はあ~、まあボクは構いませんけど姉さんがな」

「ルルー様が何か?」


 姉さんと言うのがルルー・ネイのことだと分かるほどには、ミヤナは麒麟とコミュニケーションを取ってきた。


「普段からミヤナ先生とは連帯責任っておっしゃってますんで、ルルー姉さんとなんとかした方が後々揉めないとか、そういうのありませんかね?」

「あるでしょうか?」

「いやいやいやいや、ボクは姉さんじゃないですし。直接に聞いてみるとか、そういう方向でお願い出来ませんかね?」


 自らが神託を人間に告げる時には、言ってみればホテルのフロントのようにニーズに沿った言葉遣いをするのが竜だ。

 ただ少なくとも《始祖竜》や《黄竜》はプライベートにおいてだと砕けた言い回しを使いたがるのだろう。


 また、《黄竜》は会話においては口振りは気さくな割に内容は意外にもビジネスライクであった。

 神託一つでさえ自らで行わなければならないため、いかに実力者であっても竜は多忙だ。よって、なるべく負わなくて済む責任は省いていくという態度を《黄竜》は徹底していたのだ。


「ルルー様もまた終わることのない修練に身を置く者。それに竜に関して責任は全て私にあります」

「えっえっ。じゃあなんでボクにはそんなすり寄って来るの待ったなしなんですかあ。おかしいですって割と~」

「ならば今回の話はなかったということで」

「うわあ、まあまあまあ。まあ、やらないとは言ってないですけれどもぉ」


 無益なやり取りにミヤナには思えてならなかったが、考えようによっては頼れるか分からない立場とでも上手く付き合っていけるかを《黄竜》が試していると見ることも出来た。

 全ては修練。――ルルーの言葉を基に自ら打ち立てたその教訓に従い、ミヤナはやはり《黄竜》と共に《青竜》瑞がいる《鋳邦》カッオに旅立つことにした。


「……立派よ」

「えっ?」

「……無事を祈っている」


 ルルーに見送られ、ミヤナは道すがら《黄竜》と合流して目的の隣国に徒歩で向かった。

 竜なので《黄竜》は翼を持ち、飛ぶことが出来たがそれでは修練にならないとミヤナは自らで決めたのだ。


「もう何ヵ月掛かるんですか~、罰ゲーム罰ゲームこの感じ」

「やかましいわ」

「うわわあ。内弁慶ならぬ外弁慶っていう、ならではのパターン出た」


 五柱を調停するとは、竜たちに認められた上で彼らを従えることだと考えていたミヤナは、竜殿を出ると竜に対して堅苦しい言葉を敢えて使わないよう心がけた。


(まるでお人好しの三蔵法師だ)


 日本においても有名なあのおとぎ話、西遊記に出てくる三蔵法師。トラブルに見舞われても人を信じ続けて旅をしていく彼女を、ミヤナは自分と重ね合わせていた。

 もちろんそこまで立派ではないからお供は竜一匹のみ。それは今後の修練でなんとかしていく以外に道はなく、要は覚悟一つであった。


 歩き通せば一ヶ月ほどで国境を越える。

 地図と睨めっこしていたミヤナはそこまで計算していた。逆に言えば、計算には自信があるがゆえにほぼ間違いなく片道一ヶ月、往復だから二ヶ月が最低限の所要時間なのだった。


「ノド乾いたあ。お腹すいたあ」

「恵んでもらいなさい。金銭は持ち合わせておりません」

「いやいやいやいや、いやいや。いやいやいやいや、ウソでしょ?」


 おどけたような表情で大がかりなジェスチャーを交えながら話し、それでいて若い男に化けている《黄竜》は柔和な口調なのでミヤナはつい笑ってしまいそうになるのを我慢していた。


 禁欲的な生活のため、竜殿がそもそも予算ゼロで運営する施設であった。

 煩悩は打ち払えないという思想において、神に等しい竜をお金儲けの道具にしてしまわないという崇高な精神は高い徳を積んだ《巫女》とその従者により長きに渡り実現していた。


 よってビックリしてみせはしたものの、長く生きている《黄竜》がそのことを知らないはずはなかった。

 ミヤナが考えるほど思慮深いかはいざ知らず、たまにはこうしてわざと三枚目を演じたりするのが《黄竜》であることは彼女や竜殿の人々には分かっているのだった。


「しゃあ。おーい、旅のお方。ちょっとご飯分けてもらえませんかね?」

「ぶ、無礼者が。考えてから物を言わんか!」


 思わずミヤナはしゃくじょうで麒麟の頭を叩いた。


「ぶっ。暴力反対、戦争反対」

「戦争は言い過ぎですから」

「あ、あの~。ご飯、余ってるんで良ければどうぞ」


 すっかり忘れられていた旅人がおにぎりと竹の水筒をミヤナたちに差し出した。


「では私はこれで」

「ありがとな。イケメンだぜ兄さん!」

「こんなざまで良いのでしょうかルルー様……」


 ともあれ施しによって空腹を満たしたミヤナと《黄竜》。と、そこでミヤナはある事を彼に提案した。


「これは私の修練です。ですからいかにそなたが《黄竜》であっても以後は竜であることを明かさぬこと。良いですね」

「いやあ。でも、名前でどうせバレますし」

「リュウキ。竜が黄色いから、そなたはこれより人の身である間はリュウキと名乗りなさい」

「あ、はい」


 竜が黄色いからという安直さは特に否定されることがないままに《黄竜》にはリュウキという人の名が与えられたのだった。


 二人、正確には一人と一柱は旅を続けた。

 一月という長い時間の中では多くの出会いと別れがあった。少しばかりの戦いもあり、その時ばかりはリュウキは《黄竜》、つまり竜の姿に戻り絶大な威光を示すことで悪人や怪物を改心させたのだった。


「最近は隠れキャラだと、世慣れした現代っ子たちにも舐められちゃうんですよぉ」

「知りません」

「もぉ~、ちょっとは苦労話も聞いて欲しいだけなんで別にちっとも傷ついてないですけれども」


 このように順調な旅かに思えたのは、《鋳邦》に辿り着くまでのことであった。


「いや~、やって来ましたよ。ここがあの世界中の金属を加工するカッオの国ですよ」

「知ってます」

「そうかもしれませんけれども~。でもそんな先生で大丈夫です!」


 国境は難なく越えた。

 未熟とは言え世界にただ一人の《巫女》がお供らしき人間を一人従えていたところで、通行出来ない国境などない。それほどに《巫女》は無条件に最高位の待遇をされる立場なのだった。


「《青竜》の居場所、それが問題です」

「それならバッチリですから。実はボク、ちゃっかりアポ取ってます」

「そ、そうでしたか」


 リュウキがアポイントメントを取ったというので、待ち合わせに指定されているらしい場所へは彼に案内してもらったミヤナ。

 すると、行き着いたのは茶店であった。

 茶店とは言っても喫茶店の略ではない。茶菓子やお茶を振る舞う、茶屋とも称される店だ。


 そこはミヤナが元の世界の時代劇でしか見たことがないような、木製の長椅子に座布団が置かれた和を感じる店構えであった。


「おっ。もしかして、瑞くん?」

「そういう貴様は……まあ、良い。座れ。ついでにそこにいる《巫女》もだ」


 着流しを身にまとった長髪の男、それが人間に姿を変えた《青竜》のようだった。

 しかし促されて素直に着席したリュウキとは違いミヤナは何かに気付き、足を止めた。


「おかしい。私はあなたに人間の姿を取れるほどの力を与えていないはず」

「ん、えっとそれは確かに瑞くん……」

「隙だらけなんだよ!」


 突如、いきり立った《青竜》に腹部を強く打突されたリュウキは壁ごと店内に吹き飛んでいった。


「なんという」

「それはこちらの台詞だよ。《巫女》の名を汚す下手くそ女に業を煮やしたのが分からないのか!」

「ひっ」


 リュウキのように殴られはしなかったものの、顔面で拳を寸止めされたミヤナは場違いにウサを、かつての親友を思い出していた。

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