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一七 葛藤

 ミヤナはまず両親に結果を報告した。また、心配して訪ねて来ていたジェイクにも事の次第を伝えた。


「なるほどなあ。しかし、まさか《巫女》とはねえ」

「ジェイク。何か知ってるのか?」

「ああ。前に住んでたのが都会に近かった関係で、人並み以上にその辺は詳しいっちゃ詳しいかな」


 トルジュとケミーが固唾かたずを飲む傍らで、ジェイクは淡々と説明を始めた。


「まず《巫女》や《剣豪》くらいの運命ともなると、国レベルの監視態勢が動く。だから言いにくいんだが、もうミヤナちゃんもウサちゃんも今まで通りの暮らしは出来なくなるはずだぜ」

「分からない。ジェイク、あなたが何を言ってるのか私には分からないわ」

「落ち着けケミー。まず話を最後まで聞こう」


 ジェイクはトルジュに促され、そのまま説明を続けた。


「まあどっちも百年に一度出るか出ないかだから、慣れてない国が動くって言っても一年は掛かるだろう。でもそうなりそうだっていう知らせは近日中に手紙なり使者なりを通じて届くと思うぜ」

「《巫女》は真明を受けた瞬間に千年の命を与えられると聞いたことがある。それについてはどうだ?」

「いやあ、俺だってキミと同じだぜ。千年も生きてるわけはねえんだ。だからそんな噂は知ってるけど事実かどうかは何とも言えん」


 ジェイクはため息混じりにそう締めくくった。つまり、それが彼の知るほとんど全てだったのだ。


「ミヤナ。これから何があっても、俺たちはお前の味方だぞ」

「もちろんよ、私もミヤには幸せになって欲しいんだもの」

「頼もしいパパママじゃないか。だけど幸せかどうかだけなら、とっくにミヤナちゃんは幸せ者さ。だって、このジェイクおじさんもいるんだ」


 真明の儀の前にも似たような事を聞いたミヤナだったが、敢えてそれは言わないでただ深く一度だけ頷いた。

 これからも何度も耳にするかもしれないし、ジェイクの話が本当ならせいぜいあと何度かしか聞けないかもしれない両親の励ましを今はただ噛み締めるばかりのミヤナなのだった。


「ミヤナ!」


 ウサが慌てた様子でやって来た。

 とても《剣豪》の運命にある少女に似つかわしいと思えない憔悴さえありありと浮かべ、ウサは更にこう話した。


「おかあさんが、おかあさんが……」

「分かった。すぐ行くから」


 聞けばウサの母スケースが急な病で倒れたのだと言う。というか、ウサの父メイルが言う通りならばスケースは持病を長い間ずっと娘のウサに隠してきたようだった。


「心臓に? じゃあなぜこんな小さな村で」

「家内の夢でした。どうせ死ぬかもしれないならせめて自然が豊かな、この村で暮らしたいと……」


 スケースは危篤状態にあった。トルジュが怪我をしてから開拓村に出来た診療所に滞在していた町の医者こそ駆け付けたけれども、「今、生きているのが奇跡だ」と言わしめるほど精密検査以前に手遅れの兆候は顕著であった。


「ご家族の方、何か声を掛けてあげてください。諦めない気持ちを伝えてあげてください」

「お、おい。いつものユーモアだよな、スケース。返事をしてくれ。笑顔を見せておくれよ」

「ママ、ママ。ママ。……ママぁー」


 繕いも何もない、むせび泣く声ばかりがそこにあった。見るのも居たたまれないセーロス家の人々、そしてジェイクは一礼をしてカラトッドの家から出ることにした。


(何が《巫女》なの。《巫女》って何。友だちの親一人さえ救えない。痛みを和らげることさえ。これを《巫女》と言うなら、私は……)


 心の中でミヤナは自分自身をそう呪った。


 一方でスケースの事をまるで我が事のように思い、ケミーは涙をポロポロ流していた。トルジュが精神的に強すぎるだけで元来、ケミーはそういう人なのだった。

 そしてトルジュはやはり気高く、ただ黙して無言の祈りを竜に捧げているらしかった。そのため両目を閉じて直立していることが多かったが、時々は目を開いてケミーの肩を優しく引き寄せては涙を拭いてあげていたのだった。


「ご友人の皆さんも、どうか声を」


 それは快方に向かっているという意味ではなかった。医者の沈痛な表情がそれをどうしても物語っていたのだ。

 まずトルジュがケミーを宥めながら、続いてジェイクに促されてミヤナが、ちらりと天を仰いでジェイクが最後に家に入った。


「スケース。私たちはずっと友だちよ。永遠に信じて良いんだから、悪い夢から覚めなさい」

「またおいしいサラダを作ってください。俺たちはミヤナに素敵な友だちをくれたあなたに、ずっと感謝します」

「俺は、えっと……まあほとんど他人ですけど、でもミヤナちゃんは前よりよく笑うようになりました。きっとここの家族のおかげですよね。だから、その、こんな俺に幸せをありがとう」

「おばさま。血の繋がった本当のおばさまのように思ってます。光の道を行けることをずっと祈り続けます」


 次々にこのように言葉を贈る頃には、どこか安らかな様子になったスケースがいた。

 けれども、それは覚めることのない眠りが始まったことを意味していた。


「……失礼ながら脈を」


 医者は申し訳なさそうにそう一言だけ口にすると、スケースの手首や喉元に手をあてがった。


「今日はスケース・カラトッドさんがあまねく天人たちの楽園に旅立った日です。皆さん、少しばかり静粛になさって、そうしたら冥福を祈り歌を歌いましょう」


 牧師らしい牧師がいない、教会のないその村だったが医者は自らがその役目を果たそうとしていた。

 知らない歌だったので医者にしか歌えなかったけれども、その親しみある歌声に合わせて居合わせた皆は静かにリズムを取ったり、足を鳴らしたりした。


「いずれ棺屋さんがいらっしゃいますが、それより先は親族の勤めかと思います。ではご友人の皆さんはここまでです。私も一旦、席を外させて頂きます。お疲れ様でした」


 何度か村での臨終を見届けてきた、苦労人の医者だとミヤナは思った。

 誰も歌わなくても気後れしないし、物事の段取りにかけては中々のものだったからだ。なるべく誰も傷付けない処世術。元いた世界では事あるごとに鬱陶しい偽善としか思わなかったミヤナだったが、今はなぜだか無性にありがたかった。


「帰ろうか」

「また落ち着いたらおしゃべりしましょうね。今日はここらで失礼します」

「ウサ、おじさま。それにおばさま。ごきげんよう」

「お邪魔しましたっと」


 人が一人この世を去った。

 それだけのはずなのに、村が何段階も静かになってしまったようにミヤナには感じられた。灰色で世界が上書きされたような薄ら寒さなども繊細な彼女には堪えた。


「しばらくいて欲しいか?」

「そうだな、今日は家族だけでいさせてくれないか?」

「ま、それもそうか。じゃ、またな……」


 ジェイクと今日は別れ、セーロス一家は帰路に着いた。

 たった数分が遠い。理屈にはならないのだが、真明の儀の日の屋敷への道のりよりずっと、ミヤナには我が家が遠くにあるような気がした。


「ミヤナ、たまにはパパとママと散歩しない?」

「ママ、どうしたの急に」

「私がワガママだと嫌い?」

「こ、こら。ケミー」

「嫌いじゃないよ。じゃあ散歩しよっか」


 ウサとそうしたように、村の最も外周にあたる道をぐるりと一周した。走らなくても、二十分と掛からない。

 それは取りも治さず開拓村が本当に小さな村であるということだった。


「ねえパパ、ママ。私も《巫女》になっても……」

「いいの。子どもはそこまで覚悟なんてしなくていい生き物なの」

「そうだ。だけどミヤナ、大人だからって簡単には行かない。色んな人がいるからな。それが覚悟っていう面倒なシステムなんだ」

「う、うん」


 まるで六歳の子どもに言う話だとミヤナは思ったが、よくよく考えてみれば実際に彼女は、少なくとも社会的には六歳なのだった。

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