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一三 学院

 開拓村からやや離れた町、ルシン。

 ここにあるのは《農邦》随一の教育施設、ルシン総合学院。

 エリート意識が高い学生が集い、騎士や戦士とは対照的に知で生きていこうとする者たちが日々、修練に励んでいた。


「ねえ、シア。もし噂のイモ村に行くチャンスがあるとしたら、あなたどうする?」

「どうって、……別に」


 シア・アルゲルス。

 現実世界で言う高校にあたる学院において、彼女はいわゆる落ちこぼれだった。

 勉強はダメ、スポーツにも興味がない彼女がなぜ歴史ある総合学院にいることが出来るのかと、むしろそのことで最近は世間の耳目を集めてしまってさえいたのだ。


 一方、噂のイモ村とは開拓村をした呼び名だ。

 イモ畑ばかりというわけではなく、そこに暮らす人々があまりに素直で素朴であることが垢抜けたがりの都や町からは反感や嘲笑の的であった。そしてその地味な人間性をいつしか人はイモと蔑むようになったのだ。


「スラングを好むなんて、ルシンの名が廃る。そうは思わない?」

「……は。ねえ、ちょっと聞いてよ。なんかシア老師が私たちに説教したいって言ってんだけど」

「ぷーっ」

「いや、聞こえっぱなしなわけで」


 取り巻き。厳密にはシアにではなく、何人かシアにいつも付きまとう「常連」の秀才たちに従う媚び集団だ。

 だが秀才に対してゆえに掘り下げる話が尽きてしまいがちな彼らは確信犯的にシアに食ってかかったり、今のように秀才の毒舌を皮切りにやいのやいの言う風潮がすっかり当たり前になっていた。


「ねえねえ、老師ぃ。ルシンの名が大事なら、やっぱり村人すら大切にしていけますよね?」

「この間から何なの、その老師とか言う呼び方」

かいげんしてんじゃん」

「してるぅ~」

「くくっ。老師……」


 開眼が何なのかまではシアには分からかった。ただ侮辱を受けたことだけは理解していたようだった。


「いいよ。行こう、村に」


 話の流れに全く矛盾はないが、シアのその言葉に数人の秀才と取り巻きたちは黙った。

 不愉快。本質的には快不快という野生動物並みの情緒しかない学生たちにとって、実は感情という一点においては誰も敵わないシアに彼らの本能が反逆したのだった。


 数日後、学院の若者たちはシアをリーダーとして開拓村を訪れた。

 聖慧騎士団はまだ開拓村付近にいたが学院は立場上、騎士とは真っ向から対立していたため学生たちは基本的に騎士に声を掛けることを自主的に禁じていた。


 基本的に。そう、基本には例外が付いて回る。


「こんにちは」

「おい、バカ姫」


 上げて落とす、という知的ないじめを学院の若者たちは好んだ。嫌っているシアをリーダーにしておいて、ある時点で手のひらを返して「バカ姫」などと蔑称を与えるのはそうした手口の一つだ。


「……」


 お人好しのナリューがそこにいたなら、会話が始まっていたかもしれなかった。

 しかし学院の立場を知っている騎士や戦士がシアの挨拶に答えることなどない。騎士たちにとっても対立する陣営としての基本があったのだ。


「さ、バカ姫様。ボクたちにはボクたちのやるべきことがありますぞ。さあ、さあ」


 そしてルシン総合学院の限界を感じながら、シアは騎士団の野営を後にした。

 しかし名残り惜しげに何度も振り返るシアの姿は脇目も振らない他の学生より印象深く、騎士団の者たちの脳裏には望まずとも残ることとなるのだった。


 ところでシアは神託を受けたことがなかった。それはシアが生まれ付いての大嘘つきだからかもしれない。


「こんにちは」

「……こ、こんにちは」


 一人の村の少女に、シアたちは遭遇した。

 元からそうなのかシアは知らないが、おかっぱよりは幾らか洒落しゃれた雰囲気の短髪の少女だ。


「私はシア。シア・アルゲルスって言います。この辺で有名な人っているかな?」

「有名?」

「ああ、つまり、とってもみんなが知っている人」

「えっと、村長さん!」


 少女の返事を聞いて、この時ばかりは微笑ましいやり取りに学生たちは皆、嬉しそうな笑顔を見せた。

 けれどもその笑顔は若者らしい屈託のない表情のようでいて、実際にはそうではないことをシアは知っていた。


「ありがとう。優しいね」

「へへっ」

「じゃあ、もう行くね。元気で」

「ウサ」

「え?」

「わたし、ウサ・カラトッドです」


 少女が名乗るのを聞いて、今度は嬉しそうに笑顔を見せたのはシアだけだった。

 その他の五人の若い男女たちはぞろぞろと、いそいそと村長の家らしき目立つ屋敷に向かい始めていた。


「あの、お忙しいところを申し訳ないです~」


 このような言い回しで、その後の活動を進めたのはシアではなく一人の秀才の青年だった。

 普段シアに絡んで来る中ではリーダーシップが高く、とりわけこうした交渉の才能に掛けては学院からも周囲からも高い評価を受けていた。


 ボランティアや地域交流など、若くして非の打ち所のない肩書きを持つ青年だが、今回リーダーをしたがらなかったのには理由があった。


「面倒くさいんだよね」

「えっ?」


 シアにリーダーを自らが中心となって押し付け、挙げ句の果てに彼女に言った言葉が「面倒くさい」というそれだった。


「ボクたちはルシン総合学院の学生による、自主的な辺境をちゃんと知る集いと申します」

「辺境」

「ええ。リーダーはあちらにいる子で、シア・アルゲルスって言う子です」


 しかし今はへらへらと社交辞令を浮かべている青年。あくまで学院や道中での態度が軽薄だっただけで、村長のように仮にも立派な立場の者には丁寧な対応を惜しみなく披露していたのだ。


(スケープゴートか。ちくしょうめ)


 スケープゴートとは、いわゆる身代わりとしてにえにされる人間のことを指す。


「辺境の地位向上のためとご理解くださいまし」

「おっほほ。こりゃまた賢い娘さんじゃわい」


 咄嗟に吐いた嘘。実際に地位を向上出来るほどの力なんてシアにはなかったが、それでも負けず嫌いもあってそう偽った。


 偽り、と言えばシアは学業においても偽っていた。それはわざとテストで赤点を取ったり、わざと球技でオウンゴールしたりしてきたというような前科であった。


「うむ、ちょうど良いところに。ナリューくん、キミも挨拶しておきなさい」

「えっ、俺、何かやらかしました?」


 シアが学院で数々の手抜きをしてきたのは、誰かへの嫌がらせでもなければ天才級の才能を隠さねばならないほどの身分だからでもなかった。

 ただ、自信がなかったのだ。

 シアは何かアイデンティティを求めて足掻き、ルシン総合学院という未来への切符は手にしたもののそれをまだ使いこなせていないのだった。


「へえ。でも、ルシンの子が騎士と話すのは、確かヤバいんじゃないでしたっけ?」

「さあ、のう。少なくともこちらのお嬢さんは、どうだろうか」

「どうって……キミ。キミは何がしたいのかな?」


 ナリューにキミと言われているのが自分のことだと気付くのに、シアは少しばかり時間を費やした。


「分かりません!」


 しかし気付けば、自分でも驚くほどの大声でシアはそう口にしていた。同時に、目にはなぜか大粒の涙が溜まった。


「……若いねえ」

「ほっほ。タクイードもまだまだ捨てたものではないわい」


 分からない、と答えたのに揃って満足げな村長と青年騎士に、シアは軽く混乱を覚えた。

 まるで違う世界に迷いこんだようにさえ彼女には思えた。


 他の若者たちも似たような状態らしかった。

 ただシアと男たちとの短いながら濃い応酬にどこか感化されたのか、それとも野次馬根性なのかは知りようもなかった。


 何の答えもない時間。

 シアが手に入れたたったそれだけの収穫は、いずれ彼女が再びこの村を訪れる予兆のようであった。

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