一一 水脈―1
ナリューの言う地下洞窟は、村長宅のすぐ近くに仮の入り口が作られた。
奇しくも地下洞窟が直接に通らない、わずかな区域だったため掘削が容易だったのだ。
「まあ、ええわい。この村を任された貧乏くじで、もうお腹いっぱいじゃもん」
ミヤナはその後、村長の屋敷を訪れた際に村長がそのように口走っていたことを記憶している。
しかし地下洞窟は何も厄介な存在というだけではなかった。地下に付き物といえば水。
つまりは地下水脈に行き当たったことで豊富な水資源があると明らかになったのだ。
「村のモンにはそんなに必要ないですし、騎士様の手柄として献上してしまって構わないですよね?」
「ああ、うむ。ま、それで村が続くならワシゃそれでええわい」
ジェイクの提案を村長が受け、水資源は必要な分以外は全て騎士団を通じて国都に納めることになったようだ。
木こりばかりの生活から例の畑騒動で痛い目を見たジェイク。彼は最近、村長にあれこれ進言することで名誉の回復を考えていたのだ。
「きしさま」
「こんにちは!」
「おっ、ウサちゃんにミヤナちゃんだったか。今日も元気だね」
ナリューは騎士団から、村人と打ち解けるという使命を言付かっていた。
というのも、いかに麒麟からの神託があったとはいえ新人が出過ぎては今後の騎士人生に響くとナリューは散々に仲間たちに説教されて、そこからそのような話が持ち上がったのだ。
「稽古をお願いします」
「えっ、あっはは。俺もそうしてあげたいのは山々なんだが……」
ミヤナは気後れしがちなウサに代わり、毎日のようにナリューなどに剣の稽古を頼んでいた。
「どうしても無理ですか?」
「いや、うーん。困った子だ」
「何事だ、20001」
偶然にも騎士団長が通りかかり、ナリューは先ほどまでの砕けた口調も姿勢も急に畏まり出した。
「はっ。開拓村は至って平穏無事です」
「果たしてそうかな。見よ、この子らの未来を見つめる真っ直ぐな眼差しを」
「そ、それは……」
団長の一声で、ナリューはミヤナとウサの剣術を教える立場に一時的に就くこととなった。
「いいのかなあ。騎士はわりかし、槍が基本なんだけどなあ」
「お願いします」
「おたのみもうす!」
「ああ、もう。わかったよ!」
口は軽いが、ナリューの剣の腕前は槍のそれよりよほど卓越していた。つまりナリューは騎士には珍しい剣士でもあったのだ。
「甘いぜ、そこで抜きつつ切り上げを混ぜな」
「はいっ」
「うん。じゃあ休憩タイムね」
「「えーっ」」
「とほほ」
ナリューがすっかり二人の師匠なのを見て、あと四人いた村の子どもたちさえすっかり広場に集まっていた。
「かっこいい~」
「ヒマなヤツらだ」
「騎士様に失礼のないようにな」
「き~。きちちゃま、きちちゃま!」
照れ臭そうにしながらも、特にウサはナリュー顔負けの動きを披露して早くも将来性を見込まれていた。
「これだけ腕前がありゃ合格だ。真明の儀なんて待たなくても、町の学校くらいは通わせて貰えるぜ」
「そうですか?」
「ああ。このナリュー・エオル、ウソだけは絶対に言わない男だ」
正直な者ほど、竜の神託をよく聞くという。
それもあり、ナリューは瞬く間に村の人気者として認知されていった。
しかしそんなある日、事態は一変した。
「聞いたか。調査団が五組も行方知れずなんだと」
「おう。しかも、よりにもよって腕の立つ人たちばかりみたいだな」
地下洞窟に向かった、騎士と戦士で結成された調査団が一週間も帰って来ないというのだ。
毎日報告が絶対の義務なだけに、これは由々しき事態であった。
「今の状況では、村の周囲を崩すこともままならぬ。ナリューよ、竜のお言葉を頂いたおぬしに託したい」
「えっ、しかし……」
「今度ばかりは、いかに優秀なお前にも拒否権はないと思ってくれ」
「……御意」
騎士団長の一言により、ナリューに洞窟の調査が任されることになった。
ただし団長の頼みは少しばかり風変わりでもあった。
「ミヤナ・セーロスとウサ・カラドット。調査にあたっては両人を必ず同行させよ」
「なんですって?」
「いずれあの子らは騎士団と深く関わる運命にある。それもまた神託なのだろう?」
「……ですが」
「断るなら今すぐ首を括れ」
「……」
首を括れとは、つまり自害せよということに他ならない。
騎士団長は団結のためなら同業にも容赦のない男だ。たとえ相手が神託を受けた者であっても、それは変わらない点だった。
一方でナリューは成り行きとは言え、自らが剣の修行を付けている二人の少女を調査に巻き込まねばならなかった。
気が重い。それが彼の率直な気持ちだった。
「神託、か」
その日、ナリューは与えられたテント部屋で神託について夜通し考えた。
彼が受けた神託は実のところ、大きく三つあった。一つは開拓村にある地下洞窟の存在。一つは木剣を持つ二人の村の少女が騎士団に深く関わること。残る一つは《黄竜》から誰にも口外しないように言われていた。
「全ては竜の導きのまま。まず俺がやれることをやる、それだけだな」
意を決したらしいナリューの表情からは日中にあったわずかな気の迷いはなくなっていた。
巻き込む以上は絶対に死なせない。それが彼に出来る最大の仕事だった。
翌日からナリューの団による洞窟の調査は始まった。
「いいかい、松明はこうやって点けるんだ」
枯れた草を適当な木の棒に巻き付ける。極端な話、それだけで簡単な松明になるとナリューはミヤナたちに説明した。
「だけどやっぱり松が望ましいかな。燃え尽きるのが他の木とは段違いにゆっくりだ」
村人と言えども、戦いの構えを知るべき。
そんな騎士団長の言い方ひとつで、ナリューは相変わらず洞窟の中でもミヤナたちの師匠だった。
「もしもの時は、大声で叫んで助けを呼んでくれ。ベストな手段じゃないが、洞窟にいる獣は火や声で驚いて油断すると聞く」
最善でないのは、洞窟の夜目が効くコウモリなどは視野ではなく超音波で周囲をソナーのように把握するため火も声も無意味だからという理由があった。
また、クモなどの虫や水流には魚もいるがそうした生き物もまた火や声に影響されにくいのだった。
そしてそれらのことも併せてナリューは一同に説明した。
さて、騎士を中心とした調査団が行方知れずという点はやはり皆の心配の種であった。
連携が取れる大のおとな同士。それが揃って帰って来ないという事態は、常識的な対応だけでは解決が困難な何かが洞窟に潜む可能性を暗示しているかのようだった。
「見たこともない巨大な生き物。それこそ竜がいるのだろうか」
洞窟でのナリューは誰かと言葉を交わすというよりは、独り言を言いがちになっていた。神経質な彼本来の気質が色濃く出てきたのだ。
ドラグナンドの民は竜を巨大な獣と考えていた。途方もない大きさで動けず、霊的な交信で国民と交流しているのだろうと考えられていたのだ。
「竜以外に巨大な生き物と言えば、せいぜいキマイラとかガーゴイルだ。だけどそんな獣が地下にいるなんて考えにくい」
そしてナリューはそこから、もしかしてこの広大な洞窟には竜が隠れているのではないかと思い始めていた。
もしそうなら行方知れずとなった調査団は凶悪な竜に襲われたか、《黄竜》のように神聖な竜をありがたがって戻らないかなどといった有り様だろうとナリューは両極端な推測をしていた。
「とにかく進もう。こうもだだっ広いから他のみんなは単に迷子なのかも」
気休めに明るい調子でナリューは団員たちを励ました。
気休めでしかないのは実際、洞窟は通路のない大部屋といった作りであり、どうやら想像以上に広いことからであった。