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才能の檻  作者: 今川幸乃
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三方の思い

「……ふう、すみません、気が付いたら語りすぎてしまいました」


 どのくらい話しただろうか。急に我に帰った三方はパスタの皿にフォークを伸ばすがフォークは皿の底をたたくばかりだった。照れているのだろう。清川と違って、三方は普段はそんなに語るタイプではない。そう考えると、俺のためにそこまで熱を入れてくれたことが嬉しくなる。


「ありがとうな、俺なんかのために」

「そう思うなら感謝してくださいよ。先輩は私をぞんざいに扱いすぎです」


 三方はむくれる。


「それはお互い様だろ」

「私はツイッターブロックしたりしませんよ。そうだ、今度からツイッターブロックされてもいいようにラインも教えてください」


 むしろ今まで交換していなかったのが意外かもしれないが、俺たちは放課後や休日、お互い小説の感想以外で連絡をとることがなかった。

 お互い、用件がないと連絡をとらないタイプだったので今まではそのことを不便にも思わなかった。


「いや、ツイッターブロックするときはラインもブロックするが……」

「開き直らないでください! じゃあ電話番号でいいです」

「電話番号教えたらラインも分かるじゃねえか」


 が、俺の反論は無視されて三方は俺の手元にあった手元をひょいっと奪い取ると勝手に電話番号をメモする。


 そこで俺はふと疑問に思う。いつもなら思いついたとしてもわざわざ口にはしない疑問だが、今日はなぜか三方の俺に対する距離が近いので行けるかなと思ってしまう。また、少し情緒が不安定になっていたこともあり、ついポロリと口に出してしまう。


「ところで三方は俺の小説の何が好きなんだ?」

「げほっ、ごほっ」


 俺の言葉に三方はいきなりげほげほとせき込む。

 そんなに変なことを聞いただろうか。


「いや、だって三方の書いている小説って俺が書くようなものとは全然別ものだろ? だから常々疑問に思っていてさ」

「わ、私がいつ先輩の小説好きなんて言いました!?」


 珍しく三方は動揺を露にしている。そう言えば確かに面と向かってそう言われたことはなかった気がするが、まさか三年間も隠せているつもりだったとは思わなかった。好きじゃなかったら毎回毎回全部読まないだろ。送られてくる感想は辛辣なものしかないが。


「でも毎回読んで感想くれるしそうなんじゃないかと……」

「そ、それは一応部の先輩だったから部員としての義務感ですよ」

「でも俺が卒業してからでも長文で辛辣な感想送りつけてくるじゃん」

「そ、それは先輩の小説がなってないので善意のアドバイスですよっ!」


 三方は躍起になって否定するが、彼女は結構ドライな性格で他人に善意で何かをすることは少ない……と言い切っては失礼だが、そういう性格である。仮に純粋な善意だとしてもその善意の価値は高いということだ。


「こほん、ま、まああくまで仮定ですが私が先輩の作品を好きなのだとしたらですが、」


 三方は咳払いしてパスタの皿をフォークでつつく。さっきからずっと皿は空だが。

 というかここまできてまだ仮定で進める気なのか。


「私が好きなのは『夢見探偵』ですね」

「まじか」


 『夢見探偵』というのは俺が『なりたい』に最初に掲載した小説である。言われてみれば三方と最初に会ったときにきちんと形になっていた長編はあれぐらいだった気がする。『探偵』とタイトルにはついているがミステリーというよりは伝奇要素の方が強い。



 主人公は田舎の町に住む男子高校生で、密かに幼馴染に片思いしている。彼には寝ている間に夢で霊と交流するというちょっとした霊能力があるのだが、幼馴染はそれを知っても普通に接してくれたからだ。


 人並の青春を送る主人公だったが、やはり異性で仲良く出来るのは幼いころだけ。しかし幼馴染は異性の幼馴染でよくあるように、次第に主人公と距離をとるようになる。


 そんなある日、町で殺人事件が起こる。しかも死体の臓器が一部えぐり取られているという恐ろしい事件だった。


 幼馴染と一緒にいたかった主人公は彼女に一緒に事件を調査しようと持ち掛ける。主人公の能力を知っているのは彼女だけだし、能力を使えば警察の捜査でも分からない情報を知ることが出来るかもしれないからだ。彼女は最初は嫌がったが、主人公の熱意に負けてしぶしぶといった様子で調査に付き合うことにする。


 その後も似たような事件が数回起こり、主人公は特殊能力を使いつつ事件を追っていく。


 が、紆余曲折を経てたどり着いた犯人は幼馴染本人だった(一件だけ模倣犯の犯行が混ざっていたが)。観念した彼女は数年前に病気で弟を失っており、健康な臓器を与えて弟を蘇生したかったと語る。狼狽する主人公だったが、弟の霊と交信し、弟が幼馴染に伝えたいことがあると言ったため、復活に手を貸すことにする。


 そして復活を果たした弟は幼馴染と言葉をかわす。二人とも死ぬ前に些細なことで喧嘩したのが心残りだったので、そのことを謝り合うことが出来た。しかし完全な蘇生が出来ておらず、和解した直後に弟は再び死ぬ。その後二人は手を繋いで自首をして話は終わる。




 当然こんな話で反応がいいはずもなく、ミステリーとしても素晴らしいトリックとかがある訳でもなく、しかも幼馴染は別に主人公が恋愛的に好きという訳でもなく、三方が書いている小説とはかけ離れたものであった。そのためポイントもPVも落ち込んでいた。


 また、俺の作品は基本的に知名度が低すぎて感想もこないのだが、この作品だけは最終話が終わった後に一件の感想が来た。そこには『探偵の癖に犯人に共感して犯罪に手を貸すとかありえない』と書かれていて、当時の俺は内心かなり腹が立ったのを覚えている。


 ただ、三方に会ったばかりの時に完結していた作品というとこれだけで、三方がこれを読んで文芸部に入ってくれた以上おもしろいというのは本心だったのだろう。とはいえどこが気に入ったのかは本当に分からない。


「ありがたいけど、三方があれを好きになるところが想像つかないんだが」

「まず読んでおもしろい小説と書きたい小説は違いますから。先輩だって普通におもしろいラノベとか読むでしょう?」

「まるで俺の小説が普通におもしろくないことが前提みたいな言い方だが、まあそうだな」


 息をするように罵倒を挟まないで欲しい。

 例えば俺は恋愛系の話はあまり書かないが、ラノベを読んでいる以上恋愛的な要素がない作品の方が珍しいし、恋愛的な要素を読んで楽しいと思うことも多い。


「しかし一体どこが気に入ったんだ?」

「結局あの話っていうのは価値観の話なんですよ。主人公にとっては自分を受け入れてくれた幼馴染と、生まれたころからあった霊能力が大事なんです。確かに殺人は許されないことですし、もし殺人が起こる前に幼馴染が犯人だと思ったら多分止めたでしょう。でも、もう殺人は起こってしまっていて、目の前に幼馴染の弟が復活出来るかもしれない方法があるとしたら?」


 またまた三方は早口でしゃべりだし、喉が渇いたのか途中でジュースを飲む。


「そうなったときに、彼は世間からどうこう言われることよりも、大事な幼馴染と、自分の能力で知った弟の気持ちを優先することを選びます。他人からどう思われるとかよりも、自分の思いとか自分が大事にしてきたものの方を大事にしていいんだ、って言ってくれた気がして私は嬉しかったんですよ」

「そうか……」


 三方はそのとき読んだ内容を思い出し、大切に慈しむように語った。こういう表情をする三方は初めて見たかもしれない。


 どちらかというとあの小説の本題はそこではなく、死というものの不可逆性みたいなものがテーマだったんだが、まあ言わないでおくか。


 奇しくも清川が言っていた、思いを込めて書いたものであれば誰かに何かしらは届くという話に通ずるものがある。


 ただそこで次の疑問が生じる。


「三方はその時から『なりたい』ではランキングに載る作家だっただろう? むしろ世間から評価されている立場のはずなのに、どうしてそう思ったんだ?」

「ああ、それですか。最初の方、まだ自分のやり方をあまり確立できていなかった私は色々とグレーな方法にも手を染めていたんです。ひたすら数話連載してポイントが低いやつを消して高いやつだけ続けるとか、宣伝用の短編を作るとか、ツイッターで『読んでください』て個別営業してたこともありましたね」


 三方は懐かしそうに語る。確かにPVを得るためには有効だけどよろしくない方法も混ざっている気がする。あの時三方の作品は二作品しか表示されなかったが、すでに消されていたものもあったのだろう。


「それでその時は色々言ってくるユーザーの人もいて、でも私はやっぱりもっと読まれる作品が書きたかったんです。そんなときにこの小説を読んで、私は自分の目指したいものを目指していいんだなって」

「え、じゃあもしかして三方が唯我独尊的な性格になったのって俺のせいなのか?」

「……言われてみれば、そういうことになりますね。元からそういうところはありましたが、先輩の小説を読んでそれでいいんだなって自信を持てました」


 三方は少し恥ずかしそうにしながら言う。


「何ということだ……」


 俺は恐ろしい現実に思わずその場に突っ伏してしまう。まさか俺が命について書こうとした小説が意図と違う形で三方に伝わって、その結果こいつがこんな毒舌ばかり吐くようになってしまったとは。いや、それは元からか? そう信じるしかない。


「そういう訳なので私としては先輩に小説を書き続けて欲しいのですよ」

「いやあ、小説って恐ろしいんだな」


 自分の小説の思わぬ影響力を知ってしまった。一万人の人に一ずつのおもしろさを提供する小説は確かにすごいが、一人の人格を一万捻じ曲げた俺の小説はある種それに匹敵するほどの価値があるのかもしれない。いい方向に変化してくれたらさらに良かったんだけどな。


 気が付くと、外はすっかり暗くなっており、周りの客も減っている。お互い色々話しているうちにいつの間にか時間が経ってしまっていたようだ。


「すみません、長らく引き留めてしまって」

「いや、俺はいいんだが……三方は電車大丈夫なのか?」

「はい、どの道今日は泊まりにしてあるので。明日は観光して帰りますよ」

「それは良かった」


 地元まで三時間ぐらいかかった気がするので、今から帰ると大分遅くなってしまうだろう。そのためそれを聞いた俺は安堵した。


「それならそろそろ出るか」

「はい、ではさっきの件、近いうちに連絡しますんで」

「色々してもらってありがとな」


 俺は伝票を持っていくと、二人分の会計をする。最近は全然お金を使ってないので財布には少し余裕があった。

 去り際、手を振って別れる三方の表情はいつもより少しだけ柔らかかった。

この小説も誰か一人でも、人生を歪めてくれることを願っています。

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