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才能の檻  作者: 今川幸乃
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テンプレのすすめ

「……という訳で俺にはお前が前に進んでいる間、俺は一歩も進まずに同じところで足踏みを続けていただけだったんだ」


 とりあえず俺は大学に入ってから二年近く、何の成果も出なかったことを語った。さすがに本人の前で「三方の小説が書籍化されるのが妬ましいからブロックした」とは言えなかったが、俺の置かれている状況や気持ちを話したので、薄々俺の嫉妬心も伝わってしまったのではないだろうか。それに三方も『なりたい』は覗いているだろうから俺の作品が相変わらず低空飛行なのは分かっていたのだろう。


 俺の話を三方はパスタを食べながらじっと聞いていた。その表情はパスタを食べているとは思えないほどに渋い。


「……要するに自分ではいい小説を書いているつもりだけど評価されなさすぎて不安になってきたということですか」

「不安という言葉では表せないがな。もっとこう、嫉妬や怒り、悲哀などあらゆる負の感情を煮詰めたような気持ちだ」

「まあ、分からなくはないです」


 三方の言葉に俺は少し驚く。三方はメンタルが強いイメージがあるが、そんな彼女でもそういう気持ちになることがあるのだろうか。


「それと最近気づいたんだが、そもそも俺のおもしろいという感覚はねじ曲がっているんじゃないかと思ってな」


 続けて俺はこちらの話もする。それも全て聞き終えた三方はパスタを食べ終えると溜め息をついた。


「先輩がひねくれているのは知ってましたが、やっと自分でも気づきましたか」

「え、俺ずっとそんな風に思われていたのか?」


 いつもの毒舌とは分かっていても直接そう言われるとショックなんだが。

 三方は歯に衣着せぬ内容を淡々と述べていく。


「それはもう。先輩ってずっと、『俺だけは小説というものを理解しているけど周りの奴らは何も分かってねえぜ』みたいな雰囲気醸し出していてずっと痛々しいなって思いながら見ていたんですよ」

「嘘だろ……」


 目の前が真っ暗になり、頭がくらくらする。

 確かにそういうところはなきにしもあらずなのは薄々分かってはいだが、直接面と向かってそう言われるとさすがに苦しい。


「一応フォローしておくと、私はそういう痛々しい人を見るのが好きなので先輩のことはそこまで嫌いじゃないですよ」

「むしろ嫌ってくれ」


 世界一嬉しくない好意の持たれ方だった。しかもフォローしておくとという前置きを入れた割に何のフォローにもなっていない。

 俺がショックを受けているのを無視して、パスタを食べ終えた三方はうんうんと頷き、話を進める。


「なるほど、大体分かりました。要するに先輩はセンスが捻くれていたとしても小説を書く技量のようなものが優れていると分かれば満足ですか?」


 正直俺はそのように思ってなけなしのプライドを維持してきたところがある。何だかんだ三方は理解が速い。


「まあそれはそうだな。ただ、そんなのどうやって証明するんだ? 小説を書く技量なんて可視化出来ないだろう」

「簡単なことですよ。もし先輩に小説を書く力があるのなら、人気ジャンルを書けば傑作になるかどうかはさておき人気は出るでしょう」

「どういうことだ?」

「もし技量があってストーリーが世間の感性に合わないだけだと言うのなら、『小説家になりたい』で流行っているネタを先輩の力で書けば大ヒットするのでは? ということです。もしそれでも人気が出なかったら、その時は潔く小説を書くのが下手だということを受け入れましょう」


 三方の提案は論理的だった。俺の感性がずれていて、ストーリーが流行から外れているものであるのが原因だとすれば、流行のストーリーで勝負すればいい。


「でも俺は流行に詳しくないし……」


 俺がそう言ったのは、無意識のうちに三方の提案から逃げていたのかもしれない。もし三方の提案を受けて失敗すれば俺に本当に実力がないということが分かってしまうのだから。感覚がずれていて、才能もなく技術もない。そういう結論が正しいと証明されてしまえば俺はどうすればいいのだろうか。


「本当にやる気なら教えてあげますよ。どうせ私は受験も終わって暇ですし」


 が、三方はすぐに逃げ道を塞いでくる。確かに度々ランキングに載る作品を書いている三方ならそういうことにも詳しいし、俺に教えることも可能だろう。

 とはいえ、もしこれで失敗したら今後俺はどんな気持ちで生きていけばいいのだろうか。俺は世間には受けないだけで実力はある、と思い込んで守って来た最後のプライドを失うことになる。


 清川のためだけと割り切っておもしろくない小説を書き続けるしかないのだろうか。何にせよ、小説家になるといった希望は失われるだろう。


 ただ一方ではその方が楽ではないかという思いもあった。結局今の俺の苦しみは自分は小説を書く技量が高いはずなのに結果が出ない、という葛藤により生まれている。それならいっそ現実を突きつけられて潔く諦められた方がいいのではないか。いや、それで諦められるなら元からこんなに苦しまなくて済むのではないか。


 また、そもそも本当は実力があるんだから三方の案に乗れば本当に結果を出せるのではないかという甘い誘惑も鎌首をもたげてくるのを止めることが出来なかった。本当は俺は実力がある。結果が出ないのは世間の感性がおかしいだけ。何度も否定してきた結論ではあるが、その結論にはいつでも魅力があった。


 俺の脳内にそんな相反する様々な感情がぐるぐると渦を巻く。


 俺が悩んでいるのを見て、三方はなおも話を続ける。


「基本的にテンプレートに沿った作品の方がPV当たりのブクマ数や評価数も高いんです。まだ一話とか二話なのに評価がたくさんついているのをよく見ますよね。なぜだか分かりますか?」


ランキングだとまだ数話しか書いてない作品でも普通に上がってくる。


「作者自体に人気があるからだろ?」

「そういうパターンもありますが、人気作を持ってない作者の作品でも序盤でPVが跳ねることはありますよ。正解は、テンプレートに沿っている以上一話か二話読むだけでどんな話か分かるので、評価がしやすいからです。逆に先輩のように我が道を行く作品はある程度話が進まないと評価出来ませんし、そもそもそこまで根気よく読む人はあんまりいませんから、必然的にポイントは入りづらいんです」


 言われてみるとその通りだ。連載数話で評価をつけているやつは一体何を評価しているんだと思っていたが、確かにテンプレならある程度話の先行きは分かる以上、評価することは可能になる。


 つまりウェブで評価を得ようとすれば、テンプレ以外で書くのは戦車に竹槍で突っ込むようなものだということだ。もちろん、竹槍で戦車に勝つ猛者が全くいない訳ではないが、そういう例ばかりを見ていてもしんどくなるだけだ。


「それとも結果が出るのは怖いから勝負するのはやめておきますか?」


 悩んでいる俺に三方は珍しく分かりやすい挑発の言葉を述べる。いつもは一方的な罵倒が多いのに今回は違った。らしくない三方の物言いに俺は彼女の意図を邪推してしまう。


「もしかして……俺を元気づけようとしてくれている?」

「そ、そんなことないですよ。私はただ現実的な方法を提示しているだけですっ! そ、それに一般論としていつも書いているものと違うものを書いてみるというのはプラスになると言われていますし」


 そう言って三方は視線をそらして皿に残ったパスタの切れ端を掬い始める。

 普段こちらを睨みつけるように話してくる彼女が視線をそらすのは珍しい。やはり俺を心配してくれているのか、と少し嬉しくなる。


「お前一般論とか言うキャラじゃないだろ。いつもはそんなあやふやなものより自分の信念を信じるタイプじゃないか」

「そ、そういう細かいことはいいんですよ。とにかく、やるんですか、どうするんですか」

「分かった……そこまで言うんならやってみるよ」


 俺はいつになく感情的に押してくる三方の熱意に折れる形でその提案を承諾する。ちょうど二月初めに試験が終われば大学は休みになる。そしたら書く時間はいくらでもある。『君推し』の連載と並行してそちらもやれるだろう。


「それに、もしそちらを書いて人気が出たらその中の何人かは『君推し』を読んでくれるかもしれませんし」

「そうかな」


 突然言われたその言葉はある意味で今までのどの言葉よりも魅力的だった。単なる実験のために新作を始めるよりも、『君推し』の読者を増やすため、となれば俄然俺もやる気が出る。


「そうですよ。大人気作品は一日十万PVとかあるんですから。そのうち0.1%でも読んでくれる人がいるなら100PVは増えますよ」

「100……倍じゃねえか」


 『君推し』は日にもよるが、平均すると今では大体一日それぐらいのPVだった。もしかしたらテンプレをなぞった作品で十万PV増えるよりも『君推し』のPVが倍になる方が嬉しいとすら思うかもしれない。


 そう思うと少しずつ俺は元気を取り戻していく。


「そうですよ。そういうことでしたら私が自分用に作った最強テンプレ作品用の資料を後で送ります。ですので先輩はアイデアでも考えておいてください。特に主人公の能力は大事ですよ。出来れば一見地味だけど応用したら分かりやすく強いのがいいです」

「お、おお」


 戸惑う俺を尻目に三方は生き生きとした様子で小説のアイデアや書く時に気を付けることに語りだした。いつも不機嫌な顔をしている三方だが、創作について語っている間だけは楽しそうだった。何だかんだ彼女も自分が今まで調べたことを誰かに話して自慢したいという気持ちがあったのだろう。


 俺はそれを何となく遠いことのように思いながら聞いていた。三方が話しているような『小説家になりたい』の流行小説を自分が書くことにまるで現実感が湧かなかった。

あくまで『小説家になりたい』の話です

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