「好み」
その後も俺は『君推し』の連載を続けた。また、文字数が十万字ほどに達したので、そこまでの内容で起承転結が落ち着くように編集し、さらに時間が経って見返すと不備もあるのでそういうところも直して前とは別の新人賞に送る。相変わらずPVもブックマークも伸びなかったが、最低でも清川の心には刺さっていると思うと何とか書き続けることが出来た。
そんなことがありつつ、特に浮いた話もない俺は粛々と年末を迎えた。
さて、年末には『小説家になりたい』のサイト上で行われている公募の最終選考結果発表があった。俺の作品はすでに前段階で落ちているので本来はどうでも良かったが、最終選考に残っていた作品に一つ大好きな作品があった。
ジャンルは王道ファンタジーで、国を滅ぼされた王子が生き残った家臣たちを仲間にしていき、最終的に自分たちを滅ぼした帝国に戦いを挑んで勝利するというストーリーである。
主人公も他の生き残った家臣たちも国が滅びた時に自分だけ生き延びたとか、逃げ出したことに葛藤を抱えており、中には割り切って帝国に仕えている者もいた。そんな家臣たちを時には感情で、時には実利で仲間にしていく過程やラストの戦いの描写が丁寧に書かれており、俺は非常に好きだった。
それでもポイントはあまり高くなかった(俺の作品よりは高いが)ので、公募の選考に残っていたことに俺は密かな喜びを抱いていたのだ。いい作品はやはりどこかで評価されるのだ、と。自分の作品は良く見えてしまいがちなので結果が出なくても仕方ないが、他人の良作が結果を出せば、自分もいい作品を書こうという励みになる。
ちなみに自分の小説が自分ではよく見えてしまう理由は大きく二つあって、一つ目は単に好みに合致しているから。
もう一つは、描写や展開に粗があっても、読んでいる自分にはイメージがあるので脳内で勝手に内容が補完されるからである。
そのため、俺の小説が自分で思っていたよりも出来が悪かったのは仕方ないとしても、その小説は入賞すると思っていたし、そうあって欲しいと願っていた。
自作が落ちていると特に心の準備もいらないので俺は気軽に最終選考の結果を覗く。そこで俺はそのファンタジー作品も落選していることを知った。
「まじか……」
自分の時ほどではなかったが、俺はショックを受けた。とはいえ、それが落ちた以上入賞作品は俺の知らない素晴らしい作品だろう、と思った。いやそうであってくれ、と思いながら俺は入賞作品を見る。入賞作品はいくつもあるので全部は読めないし、おもしろそうなものもあるが、単に主人公とヒロインがイチャイチャしているだけのラブコメや前にちらっと読んであまりのご都合主義に途中で切った作品なども入っている。
別にそういうものが入賞してはいけないとは思わないが、何であれが落ちているのに、という思いは拭えなかった。
もちろんネット小説の賞だからある程度ネットでの流行なども加味されているだろう、と思った俺はそこで根本的な疑問を感じた。
ではネットじゃない小説の賞はどうなっているのだろうか。
ネットの賞だとキーワードで応募作品を検索して選考に残っていないものを選べば落選した作品を読むことが出来る。しかし出版社の新人賞だと、落選した作品は誰の目にも触れることがないので俺以外のどんな作品が落選したのかは分からない。本当に日本語がやばいレベルなのか、おもしろい作品でも落ちることはあるのか。
どうせ暇だったこともあって俺は気まぐれにツイッターで
『#RTした人の小説を読みにいく
新人賞の参考にしたいので一次落選した作品を読ませてください』
と投稿する。
すると大してフォロワーもいない俺のツイッターなのに瞬く間にRTとリプが増えていく。相変わらずこのタグの勢いはすごい。俺以外の人がこれを使っているのも見たことあるが、いつも大量にRTされている。結局この世には俺のような自信や承認欲求だけがあって評価に飢えている奴が大勢いるのだろう。
今回は応募経験があり、かつ一次落選という縛りをつけたが、それでもある程度集まった。というか応募作なので全部十万字前後あるのがやばい。
俺は慌てて『いったん締め切ります』とつぶやく。やはりこの世には俺と似たような、一次落選という現実を突きつけられてもそれでも自分の作品を読んで欲しいという切実な願いに満ちた人がたくさんいる。俺はそんな彼らのうちの一人にすぎないのだろうか。
俺はリプライのリンクからそれらの作品が載っているサイト(小説投稿サイトだけでなく、個人ブログや掲示板もあった)へ飛んで読みにいく。
結論から言うと、一次で落ちた作品も千差万別だった。中には『なりたい』の小説に影響を受けて書いたと思われるものもあり、それは新人賞には向かないが、『なりたい』に載せれば多少はポイントが伸びそうなものだった。
また、途中でいきなりヒロインが死ぬというファンタジーものもあった。その後奮起した主人公がボスを倒すところは盛り上がったのだが、やはりライトノベルとしてヒロインが死んだのが致命的だったのだろう。
他にも、最初にやたら設定の羅列がくるが、羅列パートを飛ばしたら割と読めるファンタジー戦記物や、小説というよりSSに近いラブコメ、送る場所を間違えているんじゃないかと思うハードSFなどもあった。
中にはストーリーはおもしろいが、おもしろいストーリーに文章力が追いついていないものもあった。
そして俺が締め切る直前にリプされたタイトルを見て俺は愕然とした。それは先ほど最終選考で落ちていた俺の大好きなファンタジーである。作者によると『なりたい』で公開していたのは元々新人賞で落ちた原稿をこのまま誰にも読まれず葬るのが忍びないと思ったかららしい。
「ネット小説の流行に乗ってないというのはまだ分からなくもないが、新人賞の一次で落ちるのかよ……」
俺はその事実に愕然とした。そして一つの可能性に思い至る。俺が書く小説がおもしろいと思われないだけでなく、俺がおもしろいと思う小説自体が世間ではおもしろいとは思われないのではないか、と。
「嘘だろ……」
俺は思わず部屋の中で天を仰いでしまった。頭上に広がるのは見慣れたくすんだ色の天井だけである。
純粋に俺が書く小説がおもしろくないというだけなら、まだ努力による挽回の余地がある。しかし俺の感覚自体が世間から決定的にずれていたら一体どうすればいいというのだろう。仮に俺が思いついた理想の小説を完璧な描写で書けたとしてもそれは全く評価されずに埋もれていくのだとしたら。世間と「おもしろさ」の感性が一致すること自体も才能だって言うのか。そんなことがあってたまるか。
俺は思わず本棚をあさった。そして俺の大好きな小説の中に、アニメも二期放映された大人気作が混ざっていることにほっとする。しかし中には一巻や二巻で打ち切られているものも結構な割合で存在する。
そう思うと俺は居ても立ってもいられなくなり、近所の本屋へと走った。そしてラノベコーナーで平積みされている最近アニメ化が決まった人気シリーズの一巻を何冊か買い、家に帰って読んだ。
内容、というよりは俺がそれをおもしろいと思えるかが気になって外に出るときに羽織ったコートを脱ぐのももどかしく、俺はマフラーをつけたままページをめくった。
「やっぱりか……」
勢いのまま数冊読んで俺は嫌な気持ちになる。さすがにアニメ化作品だけあって内容がひどいとはおもわなかったが、すごくおもしろいと思うものもなかった。何と言うか、まあ順当というか、予想の範囲内というか、そんな感想を抱いてしまった。
その現実を突き付けられた俺は何とかそれは違うという証拠を得たかった。今読んだものはたまたまそこまで俺の好みでなかっただけで、数多くの作品を見れば話題作を俺はおもしろいと思えるはずだ、と。
それから俺が小説を書く手は止まりがちになった。代わりに書籍・ネット問わずひたすら小説を読み漁った。数を読むためにかなり乱暴な読み方になってしまっていることは分かっていたが、『読む』という行為に集中することができなかった。
そしておもしろいと思ったものが人気作品であれば安心し、そうでなければ落胆する。逆につまらないと思ったものが人気作品であれば憤慨し、そうでなければ安堵した。
俺はそんなことをひたすら繰り返した。そしてそれを繰り返すうちに、純粋な気持ちで小説を読むことすらだんだん出来なくなっていった。
人気作の中にも俺が心からおもしろいと思える作品はある。でも、それを認めてしまえば単純に自分の技術が足りないということになってしまう。逆に、人気作は全て上辺だけのおもしろさで俺の求める作品はない。そう思ってしまえば俺はどんなに頑張っても駄目だということになる。
そんな不純な気持ちが頭の中をぐるぐるし、いつしか俺は読んでいる作品がおもしろいのかどうか、好きなのかどうかすらよく分からなくなっていった。
そんなことをしている間にも時間は経ち、年をまたぎ、新年を迎えた。といっても、特にめでたいことなど何もないが。
「お前最近また顔色悪いけど何かあったのか?」
久しぶりに大学で顔を合わせた吉田が心配そうに尋ねてくる。
「別に……相変わらず何もないが」
「それならいいんだが……小説の投稿頻度が下がってるって清川が心配してたぞ」
「それは悪いことをしたな」
こんな精神状況である以上当然まともに小説など書ける訳はない。だが、せっかく応援してくれた清川にそれを言うのが気まずくて顔を合わせないようにしていたが、それも含めて罪悪感に苛まれる。
あの時は清川の応援だけで小説を書き続けることが出来るような気もしたが、今となっては再びその他大勢の評価が気になるようになってしまった。清川に思いが届いた以上、頑張れば他の人にも少しずつ思いが届くような気もしたが、やはりそんなことはないのだろう。結局俺はそもそも少数派にしかなりえない感覚の持ち主で、清川もどちらかというとこちら側だった、というだけなのだろう。
「まああいつも神崎翔の読者とレスバするたびにキレて情緒不安定になるからな。余裕あるなら小説書いて清川の心を落ち着かせてあげて欲しいんだよ」
吉田は冗談めかして言う。
「……善処する」
善処するとは言ったものの、俺は清川にしか喜ばれない小説を清川のためだけに書き続ける覚悟があるのだろうか。確かに清川は数少ない友人だが別に好きとか恋人とかそういう訳ではない。
それなら連載はどこかで畳んでもっと大勢の人に読まれる作品を書くべきではないか。とは言うものの、そもそもそんなものを俺が書くことは可能なのだろうか。結果が出ない状態が続きすぎて、気が付くと俺の思考は悪い方向に移っていくのだった。