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才能の檻  作者: 今川幸乃
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落ち込んだら酒

 さて、何で急に三方のことを思い出したかというと、俺は同じように小説を継続的に書いている三方のことを一方的にライバル視していたからだ。他の文芸部員は読書メインだったり、詩を書くのが好きな人だったり、幽霊部員だったりで実は小説のことを話せる相手はいなかった。


 そんなことを本人に言えば「は? ライバルっていうのはある程度お互いの実力が拮抗してないと成り立たない関係ですが。小説書くならせめて言葉の使い方ぐらい気を遣ってください」などと罵倒されそうだったのであくまで本人には黙っていたが。


 正直このところ俺は三方の小説を見て安堵することが多かった。三方が今連載している小説も流行の要素を精密に取り入れてはいるが、どんな作品でも話数が進むにつれてポイントの増加は苦しくなってくるもの。徐々に更新頻度は低下し、ポイントもあまり増えなくなっていった。


 極論を言えば俺たちのような作家未満の存在はポイントの差がどれだけあろうと、書籍化されていなければ対等な存在と言える。最初に出会った時は圧倒的な差があるように感じた三方もそういう意味ではこの三年間、ずっと足踏みしていたとも言える。ウェブ投稿サイトのランキングに特化していた三方は俺と違って新人賞には送っていなかったのでそちらでもある意味互角だったと言える。


 三年間をずっと足踏みに費やしていた俺はそれを唯一の救いにしていた。ランキングに載るような作家でもとんとん拍子に行く訳ではない、と。


 だから俺はいつもの安心を得に三方の現在の連載作を見にいった。が、いつも通りにそのページにアクセスするとあらすじが微妙に変わっている。



『このたび〇〇社様から書籍化させていただけることに決まりました! 応援してくださった皆様ありがとうございました!』



「……」


 それを見て俺は絶句した。そして五分ほど頭の中が真っ白になり、その場から動くことが出来なかった。


 これまで自分と仲間みたいな存在だと思っていたのに、ついに三方は向こう側の世界に行ってしまったのだ。実情がどうなのかは知らないが、俺たちから見れば書籍化作家とそれ以外は天と地ほどの差がある。


 単に収入を得ているかどうかという問題もある。収入を得ていなければ、他の仕事をしなければならず、そちらを優先しなければならない。


 他にはサイト内でどれだけランキング上位にいようと、書籍化されていなければ外の人がその作品を読むことはほぼないという読まれる範囲の問題もある。


 さらに、小説を読む人なら誰でも自分の作品が実際の書籍となっているという状態に強い憧れを抱くのではないか。特に俺は本屋に行くのが好きなので憧れは強い。


 また、書籍化というのは自分の作品が世に認められているという一つの自信に繋がるだろう。それはある程度PVやポイントでも代用することは出来るが。俺のように読まれない作品を次々と執筆している者にとってはもしかするとこれがもっとも切実な問題かもしれなかった。


 とにかく、そういった諸々の理由により三方は遠くの世界に行ってしまったように感じられた。しかも三方は顔も知らない画面の向こうの作家ではなく、実際の知り合いだったし、俺より二年間人生が短い後輩という立場だからこそ余計にダメージは大きい。


 顔も知らない高校生作家のデビューや、数年前に大学を卒業した先輩のデビューを聞いても多少嫉妬する程度ですんだが、それが三方となると湧き上がるどす黒い感情もひとしおであった。さらに俺自身が一次選考落選直後であったということもそれに拍車をかけている。


 ここまで何回も自信作を『なりたい』の底辺に沈め、新人賞の一次落選の憂き目に合わせて来た俺でもさすがに今度ばかりは堪えた。


 しかも直接的なショックに加えて、三方を同族とみなして得ていた安心感が思いの他大きい物だったことに気づき、自己嫌悪まで押し寄せてくる。


「さすがに今日は何もする気が起きないな……」


 本当なら『それでも俺は君を推す』の続きを書くつもりだったが、そういう気持ちにもならない。


 もし今のテンションで無理やり書けば登場人物の一人や二人殺してしまうかもしれない。登場人物が死ぬタイプの話ではないが。せっかくここまでいい感じに書けたのだから、変なテンションで書いて台無しにしたくはなかった。


 まあ、そう思っているのは俺だけなんだろうが。PVに対するブックマークの割合を見ればこの作品が数少ない読者にすら面白いとは思われていないことがよく分かる。そう考えて俺は余計にダメージを受ける。


「まずい、このままだと本当にまずい」


 このままだと負のスパイラルに入り込んで抜け出せなくなる気がする。どうにか気分を変えなければ。


 いつも読んでいる『なりたい』作品の続きを読んでみたが、全くおもしろくなかった。気分が落ち込んでいると全てが空虚に見えてしまう。しかも俺の作品よりもポイントが上だったりするとどす黒い嫉妬の感情が湧き上がってくる。読書以上の気持ちの切り替え方法を知らなかった俺はいよいよ窮地に陥った。


 仕方なく俺はスマホを取り出す。まずは精神衛生のため三方のツイッターのフォローを外してブロックする。これまでどれだけ辛辣な言葉が送られて来ても、『俺たちは仲間』という同族意識があったからそこまで気にならなかったが、今三方からのメッセージを見れば立ち直れなくなるかもしれない。何の気ない一言にまで『さすが書籍化作家様は言うことが違いますね』などと嫌味を返してしまいそうだ。そんなことになれば自己嫌悪で死にそうだし、もう一生三方に顔向け出来なくなる。ついでに小説関係のワードを一通りミュートした。


 そして次に数少ない知り合いの吉田にラインを送る。

 吉田光毅は俺と同回で、同じ文芸サークルに入っている。大学ともなると文芸サークルもいくつかあり、推理小説中心だったり、一般文芸中心だったりするが、俺が入っているのはいわゆるオタク寄りの趣味の人が多い文芸サークルだった。


 その中でも吉田とは同じ学部でとっている授業も近かったため話すことが多く、俺の数少ない話せる相手になっていた。


『会いたい』


 俺はその文章を送ってからこれだと意味不明なことに気づき、すぐに補足する。


『急で悪いが、どこかにご飯食べにいかないか』


 すぐに既読がついて返信が返ってくる。


『どうした? お前から誘うなんて初めてだな。何か悩みでもあるのか?』


 そう言えば俺から誰かを誘うなんて初めてかもしれない。俺が肯定の返事を返す前に、すぐ吉田から次のラインが来る。


『せっかくだし飲みに行こうぜ。どこがいい?』


 特に何も思いつかなかったので俺は近所にある居酒屋を指定する。


『じゃあ三十分後ぐらいに行くわ』


 三十分後か。家から五分ぐらいで着いてしまうから逆に困るな。

 外を見るとすでに日はとっくに落ちて辺りは真っ暗になっている。すでに十二月に差し掛かっており、気が付くと部屋の中も随分寒くなっていた。俺はいつの間にか体がすっかり冷え込んでいることに気づく。暖房を入れようとしたが、どうせすぐに家を出ると思うと意味を感じない。


「出るか」


 家の中にいても気持ちが陰鬱になるだけである。俺はコートを羽織るとポケットに手を突っ込んで家を出た。


 家の外へ出た瞬間、冷気が顔や首元から流れ込んできて思わず身震いしてしまう。吐く息も白く染まっていた。どうせ時間もあるし、酒を飲むならと俺は歩きで行くことにする。歩きなら十分ぐらいはかかるだろう。


 大学の近くだけあって大学生が多く、飲み会や遊びに出る大学生が談笑したり時には奇声を上げたりしながら歩いている。俺は彼らが何で人生をそこまで楽しそうに生きているのかが疑問で仕方ない。


 そんな街中を歩いていると俺だけが深い穴の底に取り残されているような気がしてしまい、結局足を早めてしまう。俺も本心で言えば彼らに混ざりたかったが、残念ながら小説ばかり書いているうちにずるずると人生の深みに嵌まってしまっていた。そう考えると小説を書くことは何も生み出さないどころか、むしろ枷になっている気がする。


 店に着くと、俺は吉田に『先入ってる』と連絡して店内に入った。一人だがすぐにもう一人来る、と伝えると小さめのボックス席に通される。


 中は暖房が利いていて温かく、俺は少しだけほっとしてコートを脱ぐ。物理的な温度と心の温度には少しだけ相関性があると思う。


 ぼーっと待っていると十分ほどして吉田は現れた。髪を少しだけ茶色く染めた彼は俺と違い、オタクの中でも多少の社交性がある方だ。


「悪い悪い、待たせたな。早速何か頼もうぜ」

「いや、こちらこそ来てくれてありがと」


 とりあえずビールのジョッキと適当な料理をいくつか頼む。運ばれてきたビールを互いのグラスに注ぎ、乾杯して飲む。


 俺は別にビールも酒もそんなに好きではないが、弱くもない。アルコールが喉を通り抜けていくときの焼けるような感覚は苦しむ自分に罰を与えられているようで、嫌なことがあった時には時々飲む。それに飲むと眠くなって判断力が鈍るのもいい。


「それで何かあったのか?」


 唐揚げに箸をつけながら吉田が尋ねる。


「何かあったと言うべきか、何もなかったと言うべきか」


 吉田は俺と違ってコミュ障ではないので、俺が無意識のうちに感じている「打ち明けたさ」のようなものを察して聞く構えに入ってくれた。

 正直こういうところがなければ、いけすかない「オタクの皮をかぶった陽キャ」認定していたかもしれない。


 俺はそんな吉田に引き込まれるようにして先ほどあったことを全て話した。吉田はうんうんと頷きながら聞いていた。普段はよくしゃべる癖に他人の話を聴くのもうまいので、俺の話は止まらない。

 最初は箸を動かしながら聞いていた吉田も、話を聞きながらだんだん真顔になっていく。


「……というわけだ」


 話がひと段落すると、吉田は言いにくそうに言った。


「まああれだな、もうすぐ三回になるし、就活なりなんなり、いったん他のことに意識を向けてみるのも悪くないんじゃないか?」

「それはそうだが……。それが出来れば苦労しねえよ。俺は小説を書くことを諦められねえよ」


 それを聞くと吉田は少し悲しそうな顔をする。


「そうは言っても、世界は広いから他にも色々楽しいと思えるようなことはあると思うけどな」

「例えば何だよ」

「そういうのは自分で見つけ出すから価値があるんだよ。でもそこまで自分に自信が持てないなら清川を呼ぶか」

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