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才能の檻  作者: 今川幸乃
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毒舌後輩三方奏

 唐突だが、こんな俺にも同じように小説家を目指している仲間(?)がいる。それが二つ年下の後輩、三方奏だ。


 俺と三方奏の出会いは約二年前の春に遡る。当時高校三年生だった俺は、部員数が四人しかいない文芸部に所属していた。しかも俺を含む四人のうち三人が新高三のため活動に出席する人は徐々に減っていくだろうという状況であり、緩やかに存亡の危機を迎えていた。


 活動自体は週一回集まって、創作活動の報告と読んだ本の感想を述べるという建前で雑談するだけの緩い部活だった。文化祭前だけは部誌を作るので真面目な活動になっていたが。


 高校の部活の要件は部員五人以上だったので、あと一人部員がいないと部活としての要件を満たさなくなる。週一の活動しかない文芸部でも俺の高校生活における人間関係においてかなり重要な部分を占めていたのと、なぜか俺が部長に祀り上げられていたこともあって、俺は最低でもあと一人の後輩を入部させたかった。そうすればとりあえずは俺が卒業するまでは安泰だ。


 そんなとき、部室に現れたのが三方奏であった。


 彼女はショートヘアで釣り目の常に不機嫌そうな表情が印象的な、動物で例えるとハリネズミのような少女だった。普通新入生ってもっと緊張しているか期待に胸をときめかせているかどちらかじゃないのか。彼女からはきっちりと着こなした制服以外から初々しさというものが一つも感じられなかった。


 彼女は部室に入って中を一望するなり眉をひそめた。


「……あの、部員は一人しかいないんですか」


 間の悪いことに、その日は俺しか部室に来ていなかった。新入生からしたらその光景には不信感が募るだろう。俺だって部員が一人しかいなかったら活動実態がない怪しいところだと思ってしまうに違いないし、第一そんな部には入りたくない。


「違う。今日はたまたまいないだけだ。本当はあと三人いる」

「そうですか。……あ、私一年の三方奏です」

「一応部長の朽木長生だ。まあ座ってくれ。早速文芸部の活動だが……」


 とはいえ、俺は部長として一応部の活動を説明し、去年文化祭で出した部誌の見本を見せる。彼女はそれをぱらぱらとめくるが、不機嫌そうな表情のせいで内容を酷評しているのかと思えて心が痛い。


 ざっと目を通した彼女は部誌をぽん、とテーブルの上に置く。


「これは短編や書評ばかりですね。長編とかを書いている方はいないのですか?」

「俺は書いているが、部誌に載せるとそれで一冊埋まるからな」


 部誌には部員全員の作品を載せる以上、必然的にページ数があまり多くない文章にしなければならない。


 が、その時俺は無意識のうちに新入生に侮られたくないと思ったのだろう、わざわざ自分が長編小説を書いていることを話してしまった。そういうことを言えば、当然見せて欲しいという流れになることは予想がつくだろうに。


「見せてもらうことも出来ますか」


 二秒でその流れになった。こうなっては見せられない、とは言えない。それに入部したらどの道見せることにはなるだろう。


 俺は憮然とした表情で答える。


「紙にはしてないが、『小説家になりたい』に載せてる。『枢木長生』で検索すれば出る」


 なぜ俺が答えたくなかったのかと言えば、俺の作品は当時からポイントが哀れなほど少なかったからだ。ポイントは『小説家になりたい』のシステムで、ブックマークと読者からの評価により与えられる数字である。高ければランキングに載るし、書籍化される確率も上がっていく。


 当然ポイントが全てではないという思いはあったが、それを彼女が理解してくれるとは限らない。小説のおもしろさは定量化出来ないが、ポイントは定量化されているからだ。


「分かりました、後で見てみます。実は私も『なりたい』で書いているんですが、うちってどこか部活に入らないといけないじゃないですか。小説書くのには時間がかかるので正直部活に時間を取られたくなかったのですが、ここなら大丈夫そうですね」


 三方の物言いに俺は正直苛立った。俺も文化祭前を除けば、活動時間にしているのはほぼただの雑談だし、読みたい本があるときは読書に耽っていたこともあるし、それは俺がさっき説明したことだ。


 だが、まだ入部すらしていない後輩に部活の時間をフリータイム扱いされるのは、名前だけの部長とはいえ腹が立った。自分で自虐ネタを言うのは良くても他人から言われるとイラっとするのと同じである。


 とはいえ、きちんとした活動をしていないのは事実なのでその点では何も言い返せない。


「三方はどんな作品を書いているんだ」


 だから俺は作品に対してマウントをとることで留飲を下げようとした。読書のきっかけとしては最悪である。


「私は『三方彼方』で書いています」


 不覚にもそのペンネームを少し格好いいな、と思ってしまった。

 そこで俺はスマホを取り出してその名前を検索する。正面では三方もスマホを取り出しているので恐らく俺の作品を検索しているのだろう。目の前で見られるのは精神が削られるので本当にやめて欲しいと思ったが自分も同じことをしているのでおあいこだった。


 俺は彼女の名前で検索して愕然とした。出てきたのは二作品だったが、片方は時々ランキングに載っていたような、俺でも知っている作品だったのである。当然ながらポイントも高く、五桁に達していた。


 俺はスマホを持ったままその場に凍り付く。ランキングに載っているのを見た当初はタイトルだけ見て「また流行りに乗っかった劣化コピーか」とスルーしていたような作品だったが、まさかその作者が後輩として入学してくるとは。


 俺のそんな表情を見て察したのか、三方は表情に違わない不機嫌そうな声をかけてくる。


「もしかして『テンプレの劣化コピー』とか思っています?」


 正直そういうようなことを少しだけオブラートに包んで言ってやるつもりだったが、先に言われると勢いを削がれてしまう。


 とはいえ三方の刺すような視線は下手な嘘を許さない鋭さがあった。本当に何なんだこいつは。もしかしたら元々の性格の悪さに『なりたい』でポイントを大量に持っていることからくる自負が合わさってこうなっているのかもしれない。


「……違うのか?」

「それは読者が判断することです。せっかくですし、お互い読み合いましょうよ」


 まじかよ、目の前で自分の作品読まれるとか拷問じゃねえか、と俺は思う。しかも相手は俺の五百倍ぐらいポイントが多い後輩である。俺は劣等感と羞恥に苛まれたが、ここで読むなと言っても三方が本気ならどうせ家に帰った後に読まれるだけだ。


 それにこうなってしまった以上後に引くことは出来ない。


「分かった」


 仕方ないので俺は三方が書いたポイント五桁の作品を読む。無能とさげすまれた少年が力を開花させて、馬鹿にしてきた相手を見返し、悪そうな領主相手に無双し、ついでに女の子にもモテるというよくある展開詰め合わせセットのような展開であった。


 面白いかと聞かれると、反応に困るというのが正直なところだった。確かによくある展開を矛盾や不快感なく、ある程度キャラの魅力を保ちつつ書いていると言える。精いっぱい好意的に表現すれば水戸黄門といったところだろうか。


 お互いが机一つ挟んだ近距離でスマホを見つめながら向かい合うという奇妙な光景のまま一時間半ほど経ち、そろそろ下校時間も迫るというころ、俺はようやく顔を上げた。それを見て三方も顔を上げる。


「三方はこれをどんな気持ちで書いてるんだ?」


 俺は常々テンプレ作品を書いている作者に訊きたかったことを訊いた。ポイントが欲しくて受けそうな作品を書いているのか、それとも主人公が活躍するシーンに感情移入して楽しんでいるのか。


 すると俺の問いにそういう意図を感じたのか、三方は特別不機嫌そうな表情になる。


「一人でも多くの読者に読んでもらいたい、それだけです」


 そう聞くとその動機自体は悪いものではない。


「結局小説って読まれなければ存在しないのと一緒じゃないですか」

「……」


 肯定してしまうと、俺の小説の意義が崩壊しかねないので内心で正しいと思いつつも俺は素直に肯定出来なかった。もちろん書くこと自体にも楽しさはあるが、それは書くことの苦労によりある程度相殺されている。だから他者に読まれたり、評価されたりしなければ気持ちは黒字にはならない。


「ですからどういう小説なら読んでもらえるのか、色々考えながらやってるんです。正直設定考えるのが面倒くさいからテンプレ書いているだけだろうとか、それしか書けないのかとか言われると腹が立ちますし、逆にめっちゃ面白いですって言われてもそれはそれで違和感はありますね」

「……」


 三方が真剣な表情で言うものだから、俺はそれ以上何も言えなかった。じゃあそれ以外書けるのかとか、何で違和感があるんだとか色々思うところはあったが。もしかしたらそういうことを言って三方から返ってくる言葉が怖かったのかもしれない。


 三方はつんとした視線でこちらを見つめながら言った。


「とはいえ、せいぜい先輩はこんな低ポイントの作品を一生書いていればいいんです」

「っ……!」


 あまりの暴言に咄嗟に反論の言葉も出なかった。それが俺と三方との出会いである。

 だが、大分後になってからこれは三方なりに俺の作品を褒めてくれていたんだなということに気づくことになる。


 その後俺は徐々に参加頻度が減り、秋の文化祭を最後に部活には顔を出さなくなり、受験勉強に集中するようになった。それでも俺たちは互いに『なりたい』のアカウントを知っているため、互いの作品を読むことで繋がっていた。


 そして三方は時々、ツイッターのメッセージに『よくまあここまで読まれそうなもの書けますね。私以外読者いないんじゃないですか』とか『中途半端に追放とかハーレムみたいな要素入れるのやめてもらっていいですか。気持ち悪いです』といった、辛辣なコメントを送りつけて来た。


 ちなみに、それ以来俺は人気が欲しくなっても安易に流行要素を取り入れるのはやめた。


 その後俺は遠方の大学に通うため、高校卒業とともに地元を離れて一人暮らしを始めたので彼女と会うこともなくなった。もっとも、今でも互いの作品は読むしたまにツイッターでやりとりはするが。

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