決意
目を覚ました俺はすぐにスマホを持って、それから気づく。確かに三方と清川には言わなければならないことがある。しかし一体どうすればいいんだ? そして何を言うべきか?
しかし目の前に置かれた現実を整理していくと、俺がとれる選択肢はそんなに多くないことに気づく。
・俺には今は多少の才能はあるが、大したものではない
・清川と三方はそんな俺の小説を楽しみにしてくれているし、俺本人にも少なからぬ好意を抱いてくれている
・特に三方は俺のために小説を書く実力を捧げてしまった
・俺には三方が取り戻してくれた二十二年の時間がある
今の俺が三方から資料を参考に『なりたい』で受けそうな小説をもう一度書けば今度こそ大ヒットする可能性はある。
『なりたい』でなくとも、ラノベ界隈で受けそうなネタで書けば新人賞に通るかもしれない。そういう可能性は常にゼロではないし、気をゆるめるとその可能性にすがりたくなってしまう。
少なくとも今まではそうだった。そして一縷の可能性を拡大解釈して、それに依存して生きていた。
しかし、今回の一連の出来事はそんな俺の価値観を変えるのに十分だった。
意志を決めた俺はまず清川に電話をかける。出てくれないかとも思ったが、清川は出てくれた。
『もしもし』
「ありがとう」
『……え?』
唐突なお礼に清川は最初困惑した。
「悪いが、神様から聞いたよ、お前のこと」
それを聞いてようやく彼女は何のことか分かったようだ。
『別に私は何もしてないし、それに今の朽木君に何かできる訳じゃない。ごめん、私が重荷になっていたよね。読まれない小説を書くことに朽木君を縛り付けるようなことしちゃってて』
「違う!」
俺は思わず叫んでしまう。なぜ清川が俺に謝っているのか、理解出来なかった。だからつい感情を乗せてしまった。電話なのに急に大声を出してしまい、うるさかったことだろう。
『……ちょっと、急に大声出さないでよ』
「悪い。でも清川は悪くない。むしろ俺の方こそそこまでさせてしまって悪かった。いや、悪かったといってもどこからが悪かったのかって聞かれると全部としか言えないんだが……とにかくありがとう」
『ちょっと、何言ってるの? ファンなんて結局作者か作品を一方的に応援する存在なんだから。それを気にされるとやりづらいんだけど』
清川は逆に動揺したようだったが、相変わらず清川らしい物言いだった。そう言えば清川は「自分は言いたいことを勝手に言うから作者も好きに作品を書くべき」というようなことを昔言っていた気がする。そう考えると『勝手にします』と言い放った三方と案外似た者同士なのかもしれない。
『とにかく、私とは別の大切な人が朽木君の寿命伸ばしてくれたんでしょ? それならその人にも何か言ってあげなよ。私はもちろん「君推し」を書いてくれたら嬉しいし、「モラトリアムの魔女」もおもしろかったから新作も読みたいけど、それは私の事情だから、朽木君がそれを負担とか負い目に思う必要はないって』
「悪いな、気を遣わせてしまって」
『そうだよ、作者がいちいち私の言うことなんかに反応すると気を遣うんだから』
清川はそう言ったが、その言葉も俺に気を遣って言ってくれているような気がした。清川の基本的なスタンスはそうなのかもしれないが、俺が落ち込んでいるときに励ましたり慰めたりしてくれていたのは紛れもなく本心で、その時は俺がそれを受け止めてくれることを望んでいたはずだ。
「とにかく、そういうことなら俺はまた書く」
『それは……嬉しい』
電話の向こうから清川の安堵したような声が聞こえて来た。
そうだ、今度こそ俺は大人数の承認を得るためではなく、俺の作品を待ってくれる人のために小説を書きたい。
「とにかく、それを伝えたかった」
『うん』
清川との電話を終えて俺は一息ついた。俺が感謝と謝罪を伝えるはずだったのになぜか逆に元気をもらってしまった。
今度話すべきは三方だ。こちらは実際に小説の実力を払わせてしまった上に、わざわざ俺を追って同じ大学に来てくれているのに、入学以来一か月近く放置してしまっている。清川には悪いが責任の重さは比ではなかった。
とりあえず『今から会えないか?』とラインする。するとすぐに既読がついて返事が来た。
『分かりました』と。