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才能の檻  作者: 今川幸乃
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底辺作家

 ワナビ、という言葉がある。主に小説家を目指している者を指すスラングで、“want to be”の略らしい。蔑称や自嘲として用いられることが多いが、最近はあまり聞かない。


 紙の本の売上が下降の一途をたどるこの時代であるが、ネットの普及で小説を発表することが容易になったため、需要と反比例するように供給は増えていった。特にウェブ小説サイトで人気が出れば誰でも書籍化出来る、という成功例が広がってむしろ敷居は低くなったと言えるかもしれない。


 そのためネット上には無数のワナビと彼らの作品が転がっている。本来小説というのは魂を込めて書かれるべきものであるはずなのに(あくまでこれは俺の主観だが)、それらの作品は路傍の石も同然にネットの道端に打ち捨てられている。

 もしかしたら、名前をつけるほどの存在ではなくなったからワナビという呼び方は廃れたのかもしれない。


 かくいう大学二回生の俺、朽木長生(ながお)もネット上に掃いて捨てるほどいるそういう人々の一人だった。


 今は『それでも俺は君を推す』という作品をウェブ小説投稿サイト『小説家になりたい』に連載しているが、大してPVも伸びないしブックマークもつかない。今日もサイトを確認するが一話と最新話にいくつかずつのPVが増えているだけでブックマークも評価も増えていない。


 『小説家になりたい』は日本で一番利用者が多い小説投稿サイトで、人気作品は一日数十万のPVがついたり、一日で数百のブックマークがついたり、人気上位作品は書籍化することもあるがいずれも俺には無縁の話である。


 確かに作品の内容はウェブ小説の流行ジャンルには乗っかっていない。

 主人公の高校生はクラスでも最底辺の陰キャオタクボッチ。授業中以外に彼に話しかける者はいないし、彼も話しかけない。それでも彼は今の生活に不満を感じていなかった。


 なぜなら彼には『ふゆりん』という推しのネットアイドルがいるからだ。彼女は生配信しても視聴者数は二桁というかなりマイナーな人物だが、彼はそんなふゆりんの配信を毎回見て、熱心に応援のコメントも送っていた。たまにグッズが出ると少ない小遣いをはたいて買った。


 そんな彼の応援のおかげもあって、ふゆりんは少しずつ人気を伸ばしていく。一方、主人公の学校生活は相変わらず。見かねた幼馴染が色々誘ってくれるが、彼はふゆりんを推すために余計なエネルギーを一切使う気はなかった。


 ……という感じの内容である。この小説にはファンがわずかなネットのアイドルでも主人公に人生を捧げさせるほどの光をもたらしており、主人公も彼女に少なからず影響を与えるというテーマがある。そんな二人の関係性を丁寧に描写した名作だ(と俺は思っている)。


 やはりふゆりんが主人公を恋愛的な意味で好きにならなかったのがまずかったのだろうか。ウェブ小説に限らずライトノベル界隈では女の子が登場したらとりあえず主人公を好きにならなければならないという風潮はある(これもあくまで俺の主観だが)。それがメインキャラクターであればなおさらだ。ラブコメやハーレム作品を好む層は一定数いるので、そういう要素を入れればある程度の人気は出るだろう。


 だがふゆりんはどんなに売れなかろうとアイドル活動に真剣に取り組んでいるので、主人公がどれだけ熱烈に応援しようと一ファンとしての扱いをすることしかないし、それを主人公は受け入れている。いや、時々受け入れられなくなって悶々とするので完全には受け入れられていないし、ふゆりんの何気ない一言が自分だけに向けられた言葉ではないかと勝手に解釈して盛り上がることもある。


 俺はそういう生々しい二人の関係を書きたいので、安易な恋愛関係にするつもりはないが、今のところそういう意図を分かってくれた読者はおそらくいない。


「まあそんなもんだよな。ウェブ小説ではもっと分かりやすい展開のものしか受けないから」


 俺はあえて声に出してそう言ってみる。

 確かに悲しい事実ではあるが、これは分かっていたことでもある。基本的にウェブ小説ではヒロインが主人公を溺愛してくれるとか、嫌な奴に復讐するとか、とにかくそういう分かりやすいカタルシスが求められる。それは俺も投稿する前から分かっていたし、自分の作品がそうでないことも分かっていた。


 とはいえもしかしたらそういう流行の枠を打ち破るほどの名作ではないかとも考えて一応投稿したが、さすがにそこまでではなかったようだ。


 まあいい、この作品は後で十万文字ぐらいにまとめて新人賞に応募しよう。ネットではなく出版社の新人賞なら冒頭数ページで得られるカタルシスではなく、全体の構成やメッセージ性なども含めて評価してくれるだろう。


 そう、俺は小説投稿サイトに投稿してはいるものの、本命は新人賞だった。ちょうど今日はこの前応募した、これとは別の作品の新人賞の一次選考が発表される。一次選考は賞やタイミングにもよるが、二~三割ぐらいの作品が通過する。


 前回送った作品も今書いているものには及ばないが名作だったから、一次ぐらいは通過するだろう。俺は一回も一次選考を抜けたことはないが、毎回のようにそんな気持ちで応募を続けていた。


 実は先ほどから何度か賞のサイトを確認しているが、今のところ発表されていなかった。今日発表されることは分かっていても何時なのかまでは分からず、結果が気になって他のことに手がつかない。そのため先ほどから何度も小説投稿サイトのPVを確認したり、新人賞サイトをリロードしたりと無為な時間を過ごしている。


 が、ちょうど今何度目かのリロードをすると一次選考通過者が表示されていた。それを見て一気に心臓の鼓動が早くなる。

 ふむ、今回は通過者が少し多いな。全体の三割ちょいか。そんなことを考えて気持ちを落ち着けようとするが、鼓動は跳ね上がるばかりで一向に落ち着かない。

 ちなみにこの一次選考の確認をするのはすでに五回目である。そして過去四回はいずれも同じ結果に終わっていた。


 さすがに五回目ともなれば慣れると思う人もいるかもしれないが、全くそんなことはない。新人賞の規定を満たすほどの字数の作品を書くにはかなりの労力を使う。賞によるだろうが、少なくとも八万字ぐらいは必要ではないか。


 当然ただ字数を満たせばいいという訳ではないので、毎回俺なりに心をこめて書いている。書き終わった後には本当にこれでいいだろうかと確認もして、これなら行けるという確信を得てから送っている。そしてそんな作品を応募してから約二か月ほど、ずっと祈りを捧げて来たのだ。


 ともかく、膨大な手間と時間、そして気持ちをこめた作品を送り出している訳でその結果を確認するというのは何度目だろうが緊張するということだ。

 まあ、すでに四回落ちている訳だが。


 俺は高鳴る鼓動を押さえながら画面を確認する。俺のペンネームは本名と一次違いの『枢木長生』だ。名前の長生は作家として長生きするという縁起の良さを評価してそのまま採用している。今のところ長生きするどころか生まれてすらいないが。


 そんなことを思いつつ目を皿のようにしてずらりと並ぶ作品名と作者名を上から見ていくが、見つからない。この時点ですでに答えは出ていたが、俺は見落としているような気がして、今度は作品名だけを丹念に見ていく。それでも見つからないので、さらに作者名だけをもっと丁寧に見ていく。


 その辺りで俺も薄々、というか理性では確信として理解していたが、俺の名前はどこにも載っていなかった。


 つまりはそういうことだ。


 それを確認して俺は胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感が押し寄せてくる。


 こちらの方は慣れるどころか毎回少しずつ大きくなっていた。

 一回目か二回目に落ちただけなら、最初だからとか、まだ慣れていないから(?)とか理由をつけて自分を納得させることが出来る。


 ただ、さすがに五回目ともなると自分への言い訳が思いつかない。三回目と四回目の時は努力が足りないだけで方向性は悪くない、という逃げ道で心の安寧を保ったが五回目ともなるとその言い訳も使えない。そもそも毎回送る時に『完璧だ』と思ってから送っているのに結果が出た後にそういう言い訳を自分にしている時点で矛盾しているのだが。


 だが、そうでもしないと結果を受け入れられないではないか。

 残念ながら俺には小説以外に趣味らしい趣味はない。もちろんソシャゲをしたりアニメを見たりといったことをすることもあるが、それはあくまで暇つぶしの延長に過ぎない。何となくしているだけで、仮に取り上げられたとしてもそこまで困る訳ではない。


 ちなみに昔はネットアイドルを応援していて、それが今の作品のネタにもなっているのだが、推しが引退して以来その界隈からも離れている。


 だから俺にとって小説はこれまで生きてきた人生のほぼ全てと言っても過言ではない。俺に出来るのは小説を読むことと書くことだけ。


 そのため一つの単純な結論を俺は受け入れることが出来なかった。




 俺には小説を書く才能が全くない、という単純で疑いようのない結論を。




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