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才能の檻  作者: 今川幸乃
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清川の悲しみ

『会って話せない?』


 その後も俺は淡々と『モラトリアムの魔女』を書き続けていた。当初思っていた圧倒的才能とは違うが、一話更新するごとにブックマークが数個ずつは増えていくという感じだった。作品の内容が『なりたい』の流行に全く合致していないことを考えると健闘している方だろう。


 それと並行して『君推し』の更新も続けてはいた。同じ作品ながらレベルアップした文章力で書くのは楽しかった。こちらを読み続けているのはもはやブックマークをつけているファンだけだったので、ブックマークが増えることはなかったが。


 そんなある日、清川からラインが来た。俺は何となく嫌な予感がした。

 そもそも清川とは一応サークル繋がりでラインを交換してはいるが、サークルの連絡を除けばツイッターでしかやりとりしたことがない。ちなみに今はサークルの連絡も特にないはずだ。そして文面は短く、一緒に楽しく飲もうという感じではない。


 清川の悩みを聞かされるという可能性もあったが、それだとやはり飲みになるような気もする。ということはやはり俺の小説の件ではないか。


 当然ながら俺としては寿命と引き換えに才能を得たことなど言いたくはない。同情されるのも嫌だし、その選択を非難されるのも嫌だ。何より、清川はそれを知れば絶対に悲しむだろう。それが一番辛い。


 しかし残念ながら俺は特に用事がないので断る口実もなかった。それに大学卒業までとはいえ、今後ずっと清川に会わずに生きていくことは不可能である。


『分かった。どこにする?』


 清川から返ってきたのは近所のファミレスの名前だった。ファミレスなら恐らく酒ではないし、長くなる可能性が高いということだ。これはやはりそういう話になるのか、と憂鬱に思いながらファミレスに向かう。


 清川は神妙な表情で先に席をとって待ち構えていた。休み中ということもあり、周囲にはちらほら大学生の姿がある。

 清川と大学もサークルも関係なく二人きりになるのは初めてなので、二人きりで対面に座ると緊張する。


「急に呼び出してごめん」

「いや、大丈夫だ」


 俺がメニューを注文する間も清川はじっとこちらを見つめながら言葉を探しており、気まずい。

 やがて注文が終わると意を決したように口を開く。


「やっぱり最近の朽木君の文章は何か違うよね」


 やはりその話題かよ。俺は内心溜め息をつく。しかしこの前はうかつに寿命の件など口走ったせいであんなことになった。それでなくとも、そんなことを言えば錯乱したと思われてもおかしくはない。だから俺は至極無難な言い訳を口にする。


「練習したんだよ」

「嘘。そんな短期間にうまくなれるのなら今までの二年間は何だったの? 別に今までだって練習してなかった訳じゃないでしょ」


 清川は即座に否定した。俺の言い訳を微塵も信じていない、という強い調子である。正直、多少否定寄りでも「まあそういうこともあるかも」ぐらいには思ってくれるかもと思ったのだが。


「今まで俺は闇雲に自分の小説を書くだけだったんだが、今回はちゃんとうまい小説を書き写して練習したんだ。だからだと思う」


 大嘘だ。ただ、うまい小説を写す練習はやっていた時期はある。結果については今の俺の実力を見れば言うまでもないとは思うが、それでもやる前よりはましになったとは思う。

 が、それでも清川の心は全く揺れていないようだった。


「それでうまくなるなら世の小説家志望者は皆文章力だけは上がってるはず」


 それは本当にそうだ。とはいえ、そこまできちんと練習を積んでいる小説家志望者がそんなにたくさんいるとも思えないが。


「知るかよ。俺以外の奴は面倒でそれやってないんだろ」

「それはそうかもしれないけど。ただ、今日はただ何となく違うって言うだけじゃはぐらかされると思ったからちゃんと根拠を用意してきた」


 そう言って清川はノートパソコンを開く。そして『なりたい』の俺のページを見せた。

 俺は思っていた以上に清川がガチなことに内心恐怖する。本気になった清川はかなり執念深い。


「まずこれは『君推し』の五十話。これは一話で主人公が家に来た幼馴染と話す回。大体二千五百字ぐらい。で、これまでの話は大体一話三千字前後が多いけど、大体一話で一つの場面っていうのが多い。もしくは二つ以上の小さい場面が組み合わさっているか。例えばふゆりんの情報を調べるのと家族と話す、みたいな」

「まあそうかもしれないな」


 清川は俺に『君推し』の五十話を見せつけながら、神崎翔について語っているときと同じような勢いで話す。


「で、それが五十一話から少し変わった。例えばふゆりんが配信でファンに感謝を表明する回だけど、二話使っている。これがなぜかっていうと今までの話では一つ一つの場面に対しての描写が薄かったから。もしくは五十一話から描写が濃くなったと言い換えてもいいかもしれない」

「それは五十一話が重要な話だからだろ」


 俺が才能をもらった直後に実感したことをそのまま言い当てられているので図星だった。確かに才能を得てから俺の描写は濃くなった。逆に言えば今までの描写が薄かったとも言える。

 だから清川が言っていることは事実だし、それで俺も内容がよくなっていると思っている。


「違う。例えば新しい登場人物が出て来た時の容姿の描写も五十話以前は二行か三行ぐらいだったのに、五十一話以降は倍ぐらいになっている」


 そして清川はメモ帳を開くと、『君推し』の新登場人物が出て来た時の描写をコピペした一覧を見せる。


 これがガチのラノベオタクか、と改めて清川の眼力と執念深さに感心する。同時にここまで熱心なファンがついていることに俺は感謝したし、さらにそんな清川を裏切ったことに対する罪悪感も芽生えてくる。俺の作品に対してここまで情熱と愛情を注いでくれるファンがいたのなら、もう少し違った結果にすることは出来なかったのだろうか。


「せめてもう少し段階的に変わっていったのなら急成長で納得したかもしれないんだけど、さすがにこれは無理。教えて、一体何があったの?」


 そう言って清川はまっすぐにこちらを見つめてくる。もはや清川を丸め込むことは無理そうだった。そうなるとあくまで白を切るか、白状するしかない。


「……何でそこまで気にするんだよ」

「細かいところがいちいち気になって妥協できなくて他人と衝突するのがオタクの性だから」


 清川は一歩も退かない、というようにこちらをじっと見つめる。

 こいつには小説のことで隠し事は出来ないな、と俺は諦める。真実を話せばお互い嫌な気持ちにはなるだろうが、それでもここまでまっすぐに話してくれたのだから、打ち明けるのが誠実さだろうと思わされてしまう。


「全く……それは一部のオタクだけだと思うけどな。そこまで言うなら話すけど、その代わり後悔しても知らないぞ?」

「大丈夫、私あまり後悔しないタイプだから」

「そうか。まあ現実は単純だ。俺はある日神様に寿命と引き換えに才能を与えられた。それだけだ」



「……は?」



 さすがに清川も最初は信じられない、という顔をした。だが反論の言葉をぐっと飲みこみ、一人で何かを考え始める。


「いや、でもそうか。言われてみれば書くのがうまくなっているだけで、話の本質的なものは変わっていない。これを書けるゴーストライターがいると言うぐらいならそんなオカルト話の方がまだ信じられるかも」


 三方の時も思ったけど、こいつら信じすぎじゃないか?

 逆に言えば盗作やゴーストライターで説明できないほど俺の作品は独特で特徴的で、そして流行から外れているということなのだろう。唯一無二なのは嬉しいが、その唯一無二に価値がなければ意味がない。道端に落ちている変な形の石と同じだ。


「……で、何年売り払ったの?」

「残っているのは大学卒業するまでだけだ」

「嘘」


 清川が持っていたスプーンがからん、と音を立てて落ちる。

 今度はさすがの清川も絶句した。俺は黙って清川を見つめることしか出来ない。表情を失っていた清川も少しずつそれが本気であることが伝わっていったのか、顔に少しずつ悲しみのようなものが広がっていく。


「まあ、元から俺の寿命は短かったみたいなんだ。どの道大学卒業したら数年で交通事故で死ぬんだとさ」


 いたたまれなくなったので一応申し訳程度の嘘で補足をする。失った時間が短いと知れればまだしもましだろうか。三方の時もこういう気の利いた嘘を思いつけば良かったのだが。それでも清川は納得しないだろう。


 が、やがて清川の瞳から一筋の涙が一筋の涙が零れ落ちた。


 その後俺も清川も何も話さなかった。清川は静かに涙を流し、俺はその前でぼうっとしているしかなかった。


 二時間ほどして、清川は「ごめん」と一言言って、席を立った。俺も無言で席を立ち、そして別れた。

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