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才能の檻  作者: 今川幸乃
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才能

 翌日、俺は酷い頭痛とともに目を覚ました。もうあと二年しか余生がないというのに、昨夜飲み過ぎたせいで寿命と才能を交換した最初の日から二日酔いに悩まされないといけないのか。


「いてて……」


 とりあえずよろよろと流し台まで歩いていき、水を飲むと少しだけ気分が良くなる。頭はまだ少しがんがんするが、こうしてはいられない。残った時間が少ない以上、俺は次の作品を書かなければ。そう思うと俄然やる気が湧いて来た。


 『君推し』はまだ終わっていないが、せっかく新たな才能を得た以上新作を書きたい。大体、十数万字すでに書かれた作品が急にそこから素晴らしい出来になったとしても誰が気づくというのか。清川ぐらいだろう。


 それにいい作品というのは最初からいい作品であって欲しい。

 俺は早速次回作の構想を練るべくパソコンを立ち上げ、メモ帳を開く。書こうとして没になったか、もしくは思いついたけど実際に書くまでには至らなかったアイデアなどがメモ帳にはストックされている。

 俺はいくつかのネタを見ていたが、不意にその中の一つを見て、書けそうな気がしてきた。その感覚がたまたま今ならいけるというものなのか、才能を得たからなのかは分からないが。


 没ネタの仮タイトルは『モラトリアムの魔女』だった。元々考えていた話は大体以下の通りである。


 主人公は進路に悩む高校三年生の女子。ある日彼女は不意に謎の化物に襲われたところを、『魔女』を名乗る謎の人物に助けられる。

 彼女が言うには、この世界は普段は魔女によって守られているので平和に思えるものの、実は裏ではこのような化物が跳梁跋扈しているのだという。いわゆる現代異能力バトル物のような世界観である。


 そして魔女は常に誰かが務めないといけないらしい。ちょうどその魔女はすでに魔女をすることに飽きており、主人公に自分と代わるよう持ち掛ける。

 魔女になった者は魔女をしている間は現世のことわりから外れる。そのため、例えば高三で魔女になり、一年ぐらい魔女をして元に戻ろうとすればその高三の時の自分に戻れるという仕組みであった。


 少女は魔女になれば進路について考える猶予が出来る、という不純な動機で魔女を引き受けるが……


 という感じの話である。おそらく魔女となった主人公はこれから化物と戦いつつ、色々な人と出会いながら成長していき、最終的に現実に戻ってくるのだと思うのだが、その辺の具体的な内容が思いつかなかったのでお蔵入りになっていた。


 だけど今なら書けそうな気がする。このメモ帳を見たら急にアイデアが湧いてきたのだ。


 “魔女”と呼ばれる存在は主人公だけではない。しかしきちんと魔物と戦うべきだと思っているのは主人公だけだった。無限の時間で音楽を極めようとしているアーティスト、魔女の力で自分の嫌いな人間に復讐しようとしている者。

 他の魔女たちは主人公に「そんなに一生懸命使命を果たす必要はないんじゃない?」とささやきかけ、一時は主人公も流されかけるが、やがて自分が助けたとある相手を大切に思う心に気づく。


 よし、これならいける。そう思った俺は早速執筆の取り掛かる。そして自分の才能というものを実感した。


 これまでの俺は、頭に浮かんだ光景やシーンを過不足なく描写することに四苦八苦していた。

 例えば、魔女の力でファイアーボールを発射して化物を倒す、という場面があるとする。


 その場面にはまず化物の描写をして、化物が攻撃してくるのを防ぎ、ファイアーボールを撃ち、それで化物が倒される、といういくつかの段階が存在する。

 俺は今まで擬音でごまかしたり、毎回似たような描写になってしまったりしていたが、今なら頭にファイアーボールが勢いよく炸裂する様や獰猛な化物が襲ってくる疾走感などを描写することが出来るようになった。


 文章にすると違和感があるが、俺は自分の書いた小説に自分で感動していた。俺は自分が書く小説の物語性を自分で評価していたが、それに心情描写や情景描写が追いついていないなと感じることはあった。要するに頭の中には素晴らしい物語があるのに、目の前に文章として表現されたものは不完全なのである。


 それが今は俺が頭に思い描いた世界をそのまま文章にすることが出来る。おそらく小説を書いていて一番楽しいと感じる瞬間ではないか。そんな訳で俺の執筆はとんとん拍子に進んだ。


 数日のうちに思い描いていた展開の半分ほどを書き終えたところで俺は『なりたい』に投稿することにした。

 今まで自分が抱いていたのは自分の小説はおもしろいという根拠のない自信だけであった。しかし今は神にもらった才能がある。今までと違う。


 そして俺は二月の終わりごろ、『モラトリアムの魔女』の一話を投稿することにした。俺は『狙撃手』の時と同じようにその結果にそわそわしていた。

 『狙撃手』の時は所詮他人のふんどしで相撲をとっていたという気持ちがあった。だが今回は神様というチートを使ったものの、捧げたのは俺の寿命なので俺の力といってもいいだろう。それに今回はちゃんと俺の書きたいものを書いている。だから『狙撃手』の時よりも認められた時の喜びは大きいはず。


 が、一時間後にPVを見ると20ほど。確か『君推し』の一話もそれくらいだったような気がする。『狙撃手』の時は三桁はあったはずだ。これでは今までと大して変わらないではないか。

 嘘だろ、と思った俺は一応ポイントを確認する。するとすでに一件のブックマークがついていた。これが才能の力か。『君推し』の時はブックマーク一つ得るのに数話かかった気がする。


 そう考えると確かにすごいのだが、逆に言えばこれまでが酷かっただけでもある。大体、それで言えば『狙撃手』は一時間で二つか三つぐらいはすでについていたと思う。俺はその後ひたすらアクセス数をリロードし続けた。

 しかしそこからはぽつぽつとしかPVは増えず、ブックマークも増えなかった。


 そこで俺はふと気づく。確かに才能を得て文章力が上がったら内容は良くなるが、内容が良くなったからといって一話の段階でPVが増えるとは限らない。タイトルも『なりたい』でよく読まれるような雰囲気ではないし。


 あれも三方によるとただ長文にすればいいのではなく、長文でかつ読まれるタイトルには『ざまぁ』『主人公が報われる』展開を匂わせなければならないという条件があるという。


 が、『モラトリアムの魔女』の内容はどう考えてもそういう展開はない。いたずらに長文タイトルにして読まれないというのが最悪だ。むしろ、普通のタイトルの作品を読みたいという層に見捨てられてしまう。


 とにかくこれは長い目で見た方がいい、と俺は思う。そうすればじわじわ人気が出てくるだろう。


 そんな俺の予想を裏付けるようにそれから数日、PVはそこまで増えなかった。それでも一日あたり100を超えており、話数がかなり増えてきている『君推し』にすでに勝っている。また、ブックマークもすでに二桁に達していた。PVあたりのブックマークの割合で考えると今まででダントツであった。


 『なりたい』には作品が完結すると一時的にPVが増える現象があり、『完結ブースト』『ご祝儀』などと俺は呼んでいる。作品は完結してからまとめて読みたいという層が一定数いるためだ。

 『モラトリアムの魔女』は一話ごとのおもしろさというよりは全編通してのおもしろさがある作品だし、その時に評価されればいい。俺はそう考えて割り切ることにした。

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