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才能の檻  作者: 今川幸乃
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作者と読者

「ごめん、長々と付き合わせて」


 一時間後、唐突に冷静になった清川がテーブルに肘をつきながら言った。飲み過ぎてしんどくなってきたのだろうか、これまでのテンションとは打って変わって彼女は少しだけ物憂げな様子になる。


「別に。もうお前のその手の話、聞くの慣れたから」


 清川は定期的に似たようなことでブチ切れているので、いい加減愚痴も聞き慣れた。というか俺と清川がよくつるんでいるのは、清川はこれのせいで他に仲がいい人がいなくて、俺が消去法で残ったからじゃないだろうかとすら思っている。じゃあ俺が清川にこの欠点を補ってあまりある魅力を感じているかと訊かれると別にそういう訳でもない。単に同じ文学部で同じサークルになったということ、他に仲いい奴がいなかったというだけだ。


 そんなことを考えていると清川は酒のせいで情緒不安定になっているのか、少し悲しそうな顔でこちらを見つめる。


 すると今まで出来るだけ空気と同化して黙々と一人飲みをしていた吉田が急に会話に入ってくる。


「悪いな。こいつ不器用だから、こういう風にしかお前を慰められないんだよ」

「は? 別にそういうんじゃないから」


 清川は色をなして抗議するが、叫んだせいで何かがせり上がって来たのか、うっと口元を抑える。どうも本当に飲み過ぎているように見える。俺を慰める前にお前が飲みすぎじゃないか。


「いやさ、こいつ多分今朽木が落ち込んでるだろうからって言って今日誘ったんだよ。まあ飲んでるうちに自分の世界に入っちまったようだが」

「おい吉田! 覚えとけよ!」


 そう言って清川はテーブルを叩くが、酔って力加減が失われているためか結構大きな音がする。再び周囲の客がこちらを見て、「またか」という顔をする。視線が痛い。


 というか、清川は『狙撃手』が微妙な結果に終わったことを知っているから俺の傷心を察したのだろうが、吉田は俺が何に落ち込んでいるのかすらよく分かっていないのではないか。


「やめろ、テーブル叩くな。さっきからそれ結構うるさいぞ」

「ごめん……でもさ、どんなことになっても私だけは応援してるから。だからあんまり気にしないで欲しい」


 清川が潤んだ眼でこちらを見る。先ほどまで悪酔いしていた清川からぽつりと本音が漏れた。俺には今の言葉はそんな風に聞こえた。だからこそ、普通に言われるよりも真心のようなものを感じ取ったのかもしれない。


 そんな清川の様子と酒が合わさって、俺の方もつい感情が刺激されてしまう。そしてずっと心の中にわだかまっていた思いが、つい口の中から漏れ出てしまう。


「……それじゃだめなんだよ」

「え?」

「いくら清川が応援してくれても、それは所詮一人なんだよ」


 本来なら俺は仮にも好意で言ってくれている清川にこのようなことを言うつもりはなかった。それは清川が悪い訳ではないし、俺が勝手に抱いている不満なのである。清川に無理やり酒を飲まされたせいか、清川から溢れ出る本音に触発されたせいなのかは分からないが、普段あえては口にしないような言葉が気づくと漏れ出てしまっていた。


 俺の押し殺したような声と言葉を聞いて、俺の気持ちが伝わってしまったのか清川の表情が変わる。いたわるような表情だったのが、徐々に悲しみに変わっていく。


「……」


 清川は別に『なりたい』に詳しい訳ではないが、ラノベを大量に読んでいるし、この界隈にも詳しい。だからどれだけ清川がおもしろいと思う小説でも人気がなければ打ち切られるという現実に何回も遭遇しているはずだし、実際そういうことを愚痴っているのを見たこともある。


 恐らく彼女は俺が言ったことの意味を理解したのだろうし、それに対する有効な反論が思いつかなかったからこそ沈黙したのだろう。


 もちろん俺はプロの作家ではないので、別に一人しか応援してくれる人がいなくても書くことは可能である。だが、その理屈で言えばプロ作家で作品が打ち切りになった人も本当に作品を愛しているならブログや投稿サイトで続きを書くということも出来なくはないはずである。


 そうならないのは版権とかの関係もあるかもしれないが、やはり俺以外の人も作品を書くモチベーションとして読者の数というものが関わっているからではないかと思う。


 時間も手間もかけずに書くことが出来るのならば、自分の熱意だけで書き続けることは出来る。しかし現実には必要なものが大きい以上、多くの見返りを求めてしまう、ということではないか。


 結局、一人の読者のために小説を書き続けるという行為はかなり難しい。もちろん、中には強靭な精神力を持ち、あまり人気がない作品でもこつこつ何十万字も『なりたい』に連載しているような人はいるが。


「なあ、これはもしもの話なんだが……」


 こんな非現実的なことを口走ってしまったのは酒とこんな雰囲気のせいだろう。俺は半ば無意識のうちにその話題を口にしてしまっていた。


「もしも俺が寿命と引き換えに小説の才能を得られるって話があるとしたらどう思う?」

「おいどうしたんだ急に。この前はやたらハイテンションだったし、最近のお前おかしいんじゃないか?」


 吉田は突然の俺の発言に真顔で心配してきた。急に知り合いがこんなことを言い出したら、それがまともな反応だろう。というか確かに最近の俺の躁鬱っぷりはやばかった。ちょっとしたことでいちいち一喜一憂していた気がする。

 いや、今も現在進行形でやばいが。


「だからもしもの話だってば」


 が、俺のテンションのせいか、清川はそれをただの仮定とはとらなかった。清川の表情が瞬時に険しくなる。


「何考えてんのか分からないけどそれは本気でやめて。まさか自殺未遂でもしてその経験で書けばいい小説が書けるとでも思ってないよね?」


 清川は神様が云々というファンタジーの話ではなく、もっと俺が現実的なことを考えているのかと思ったらしい。確かに俺が本気で思いつめたらそういうことを絶対しないとは言い切れないかもしれない。


「そんなこと思わねえよ。ていうか誰もそんな小説読まないだろうし」


 おそらくだがそういう暗い小説が読まれるなら、俺の小説はもう少し人気が出ているような気がする。そんな安易な手段で人気が取れるなら苦労はしないのだ。


「とにかく私は絶対そんなの反対だから。私は朽木君には長生きして一生小説を書いて欲しい」


 清川の鋭い目つきに射すくめられるようにして、俺はぽつりと本音を漏らしてしまう。


「一生あんな小説を書くのは嫌だな」


 あんな、というのは内容のことではなく、誰にも顧みられないという意味での「あんな」だ。

 そこで俺はふと、出会ったばかりの時に三方が今の清川と似たようなことを言っていたな、と思い出す。確か『せいぜい先輩はこんな低ポイントの作品を一生書いていればいいんです』だったか。俺の読者はいつも(二人だが)一生書くことを強要してくるな。


 でも、そんな「濃い」読者が二人しかいないよりも「薄い」読者が大量にいる方がずっといい。例えて言うなら「100」の読者二人よりも、「1」の読者が二百人いる方がいいということだ。


 特に『なりたい』のシステム上、一人の読者がどれだけ情熱を持っていても一人分の評価とブックマークしか出来ない。しかし二百人の読者が評価とブックマークしてくれたら多分ランキングに上がって来て、もっと多くの人が読んでくれるだろう。

 新人賞の受賞を目指すにせよ、一人の読者は一冊しか買わない以上後者の作品をとるだろう。


「そっか。いつか私が大富豪になって私が好きな作家に私が好きな小説書かせられるだけの財力があればいいんだけどな」


 清川が悲しそうに言う。


「やっぱりそういうこと多いのか?」

「うん。結局ラノベ業界も紙の本の売上が下がっている割になりたい人は減らないから。それで毎月新人がデビューしていったらどうなるかは……分かるでしょ」

「まあそうだよな」


 読者からすると新陳代謝が活発なのはいいことかもしれないが、向こう側に立って考えるとそういうことになる。


 もちろん、兼業作家で本業が忙しくなったとか、純粋に次のネタが思いつかなくて書けないといった事情の人もいるのだろうが。


「私からするとどんどん新しい人がデビューするのは確かに嬉しいんだけど、それと引き換えにどんどん好きな人がいなくなってしくのは辛い。何か皆が幸せになれる方法はないのかな」

「さあ……」


 恐らくそんな方法はない。そう言われると俺まで悲しくなってくる。


「まあとにかく、小説が読まれなかったらいくらでも飲みには付き合うからさ、出来れば悲観的にはならないで欲しい」

「善処する」


 俺にはそう答えることしか出来なかった。そんな俺の表情を見て清川は悲しそうに俯く。


「何があっても、これまでの朽木君の小説を好きな人がいたことだけは覚えていて」


 清川はそう言ってくれたが、俺の気持ちが変わることはなかった。

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