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才能の檻  作者: 今川幸乃
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迷い

 その後俺は義務的に『狙撃手』のPVとポイントを確認する。もう大幅に増えることはないと理性では分かっていても、ここで急激に増えていれば寿命を捧げるかどうか悩まずに済むのに、と思う。


 それはまるでギャンブルで負け続けた人が「次こそは勝てるかもしれない」という願望を希望にしてしまうのと同じかもしれなかった。


 が、『狙撃手』のページを開いた俺の希望はすぐに砕け散る。『狙撃手』のPVもポイントも増え方は昨日と同じぐらいだった。多分ここからは毎日一定ずつ増えていくか、やがて失速していくかどちらかだろう。

 ギャンブルで急に大勝することがないように、奇跡というものは訪れないからこそ奇跡なのである。


 ふとツイッターを覗くと三方からのDMが来ていた。そう言えばまだ『狙撃手』が好調だった時に続きの資料を送って欲しいと言ったんだったか。もはや続きを書く気持ちは失せていたし、その時の自分の見通しの甘さを思い出して胸焼けしそうになるが、前にブロックしてしまった申し訳なさから一応メッセージを開く。


『資料です。それから、「なりたい」で作品が評価されるかどうかは運の要素もあります。ですからあまり気にしないでください』

「三方……」


 普段辛辣なことしか言って来ない後輩からの慰めの言葉は逆に俺の心に深く突き刺さった。これならまだいつも通り辛辣な言葉をかけてもらう方がまだましだと思うくらいだった。


 三方が優しい言葉をかけてくること自体も珍しいが、物事の原因を運に帰結させることも見たことがない。うまくいったら自分の努力のおかげだと思い、失敗したら能力不足だと思う。そんなタイプの人間である。


 そんな性格の三方が唐突に運を持ち出してきたのは、俺がよほど落ち込んでいるだろうと思って心にもないことを言ってでもフォローしようとしてくれたからだろう。もしくはまた俺がブロックしないか不安なのか、いずれにせよ心配されているのは確かだった。


 確かにあの時はこれで失敗したら本当に俺の実力がないのかどうか分かる、みたいなことを言っていたような気がする。もしかしたら三方も煽ってしまった責任を感じたのかもしれない。


 だが、残念ながらそのフォローはあからさま過ぎて逆効果だった。むしろ三方には『狙撃手』のまずかったところをいつものように辛辣な言葉で批評してもらった方がまだ救われたかもしれない。


「寝るか」


 何もする気が起きなかった俺はベッドに横たわったが、さっき起きたばかりなので寝付けない。仕方ないのでスマホから動画サイトを開き、適当なゲーム実況をたれ流しながら目をつぶる。


 こうしている間だけは頭の中が空っぽになる。本当に周囲が無音だとどうしても色々なことが頭をよぎってしまうが、そういうときにゲーム実況は便利な存在だ。俺がやったこともないゲームを実況している声を聞いていると、その間だけは適当に気分も紛れる。


 そんなことをしているうちに窓の外では日が暮れて暗くなる。酒でも飲むかと思ったが、買いにいくのも億劫だ。


 眠くなるまでこのままごろごろしているか、などと思っているとスマホにラインの通知がくる。雑談を流しているところを邪魔された俺は不愉快になるが、一応確認する。差出人は吉田だった。


『清川が一緒に飲みに行こうって言ってるんだがどうだ?』


 そう言えば清川から誘われるのは初めてのような気もする。それともこれまで吉田から誘われた飲みのうち何割かは実は清川が黒幕だったのだろうか。


 外に出るのは面倒だがしゃべっていれば気が紛れるかもしれない、と思った俺は承諾の返事を送る。


『じゃあ十九時に「くれない」で』




「もうこんな時間か……」


 俺は時計を見てゆっくりと身を起こす。そう言えば今日は『狙撃手』の次話を投稿していなかったが、今更どうでも良かった。どの道書き溜めもあと数話しかない。更新が止まるのも遅かれ早かれだ。それならせめて読者をこれ以上増やさず静かに葬ってやるべきだろう。


 俺は部屋着を着替えてコートを羽織ると、よろよろと家を出る。一人で歩いていると今まで考えないようにしていたことをどうしても考えてしまう。


 夢で見た神の提案を受けるかどうかを。


 あの提案を受けるに当たって、そもそも小説の才能って何だよという疑問はある。才能が伸びるとどうなるんだろうか。


 文章力が上がって急に描写が幻想的になったりするのだろうか。息もつかせぬストーリー展開を思いつくのだろうか。それとも考えるキャラ全てが魅力的になるのだろうか。

 もしくは結果で考えてもいい。『なりたい』でブレイクするのか。それとも新人賞に通るのか。それとも急に出版社から書籍化の声がかかったりするのだろうか。

 何かのベクトルで小説を書く能力が伸びることには間違いないだろうが、それがどういうものなのかは想像が湧かない。


 また、寿命を捧げるというのも大ざっぱ過ぎる。俺の寿命が残り何十年あるのか、どのくらい差し出せばどのくらい才能は伸びるのか。

 その辺の細かい調節がどのくらい出来るのかはさておき、もし俺が今のまま生きるなら長年生きても仕方ない、という思いがあるのは確かだった。親は俺の長生きを祈って「長生」という名前をつけてくれただろうに皮肉な話だ。


 今後の俺の人生として想定出来るのは、何となく就職して、でも仕事に大したモチベーションも湧かず、特にいい人が現れる訳でもなくだらだらと仕事を続けて仕事以外にすることのない人生をだろうか。

 それとももっと酷くて、職場になじめずに早々と退職して、そこで昔書いていた小説に縋ってバイトしながら小説を書いて今と同じように見向きもされないということを繰り返す未来だろうか。


 そう考えて俺は震えた。今なら生活に必要な最低限の仕送りは親がしてくれる。しかしもし社会に出てドロップアウトしてしまえば俺はどうなってしまうのだろう。

 今はまだどれだけ小説が読まれなかろうと嘆くだけで済む。


 しかし就職して少なくなった時間の合間を縫うように書いたものが同じ目にあったら同じことが許容出来るだろうか。昼は仕事をして、終わってから眠い目をこすりながら必死で書いた小説がこれまでと同じように一次選考で落とされる。それか、仮に職場からドロップアウトしてフリーターになった状態で同じ目に遭ったらどうだろうか。


 今よりもより小説に依存して、しかし今よりも小説を書くことに割ける時間は減ってしまい、どんどん俺という存在が擦り切れていくのではないか。それでは当然、今よりいい作品を書くことなどかなわないだろう。


 そんなことを考えているうちに俺は居酒屋「くれない」に着いた。吉田の名前を出したらすでに来ているという。


「わざわざ来てくれてごめんね!」


 案内された席に向かうとそこにはすでに顔を赤くした清川と、俺を見てほっとした吉田の姿があった。そして助けを求めるようにこちらを見て言う。


「もうさっきから清川が止まらなくてさ、助けてくれよ」

「聞いてよもう!」


 清川は俺の腕を掴むと強引に隣に座らせる。

 そして最近自分の身に起こったことをまくしたて始める。


「最近神崎翔のアンチがいて、売れるなら何でも書く拝金主義者とかいうから、お前に神崎翔の何が分かるんだ、初期の作品読んだのかって文句言ったんだよ。でもって初期作品の意義を語っていたら何か関係ない奴がそれはお前の一方的な解釈だろって絡んできて……」


 清川は酔っているのか顔を真っ赤にしながら、唾が飛ぶのもいとわずに早口でしゃべる。またこのモードに入ったか、と俺は少しげんなりしたが、暗いことを考えずに済むという点では悪くない。


 ちなみにスイッチが入ってしまった清川は一通り話したいことを話し終えるまで何があっても話すのをやめない。彼女の数少ないが致命的な欠点である。


「お、おお」

「ちょっと、その生返事は何!? ほら、朽木君も飲みなよ。酒が足りてないんじゃないの!? ビール二つ追加で! あと日本酒も熱燗で!」


 清川は俺の意志を無視して勝手に注文を始める。このビールと日本酒には俺が飲む分も含まれているのだろうか。いるのだろうな。


「強引だな……」

「あ、ごめんお酒ばっかで。お腹も空いてるよね。気が利かなかった。とりあえず唐揚げとサラダと焼き鳥盛り合わせでいい?」

「まあいいけどさ……」


 気が利くとか利かないとかそういう次元ではない。

 注文を終えると、清川はもう気にすることはないとばかりに話を再開する。


「アンチと戦っていたはずが、なぜか関係ない奴とのレスバになって、その時に言った、『お前みたいなニワカが偉そうに語るな』ていうリプが拡散されて炎上したんだけど、ひどくない? 全然関係なくて拡散されたそのリプだけ見て『別にニワカでも語っていだろう』とか言ってくるけど、そういう話してるんじゃないっつーの!」


 そう言って清川はばんばんとテーブルを叩く。テーブルの上の食器がガシャガシャと音を立てて店員がちらりとこちらを見る。とても恥ずかしいが、清川は全くそれに気づいていない。


 酔っているのか、清川の舌鋒はいつもよりも鋭かった。腹が立つのは分かるが、俺をその相手か何かのようにしゃべるのはやめて欲しい。俺は何もしてないんだが。


「そうだな」


 しかも酔っているせいか清川の話は前後関係がぐちゃぐちゃだったり、状況の説明に過不足があったりと、かなり聞きづらい。


「ああもう許せない、関係ないのにしゃしゃり出てきて正義の味方面しやがって……しかも最初のアンチもそれに乗じて叩いて来るし……。あいつ絶対私が悪くないって知っていて波に乗ってやがる! あ、お酒来た、ほら飲め飲め」


 そう言って清川は俺の意見など聞かずに日本酒を注ぐ。いや、一緒に頼んだビールも来ているんだが。


 ちなみに吉田は完全に無視されていたし、本人も関わりたくないからか空気のようになっていた。お前、俺を生贄のために呼んだだろう。


 こうしてしばらくの間俺は地獄に付き合わされたのだった。

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