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才能の檻  作者: 今川幸乃
11/24

幻想

 試験が終わった後、俺はいよいよ新作の執筆に取り掛かっていた。すでに構想は大体固まっている。


 タイトルは『不遇職狙撃手の俺はパーティーを追い出されたので辺境で魔物を狩ってスローライフしようとしていたはずがいつの間にか成り上がっていた件』。


 あらすじの説明はほぼ要らない気がするが、十五歳になると神殿で『職業』を授かる世界で主人公は『狙撃手』という職業を授かる。

 その名の通り、遠くから弓や銃で敵を狙撃する職業で、遠くから狙撃するほど命中力とダメージにバフがかかる。当たり前のように『職業』『バフ』などの言葉が出てきているが、別にゲームの世界とかではない。


 主人公はパーティーの仲間が勇者や賢者といった分かりやすい強職業だったこと、一人だけ後方の安全地帯から狙撃しているくせに報酬を等分するのはおかしいという言いがかりをつけられ、パーティーを追い出される。


 しかし実はこれまで主人公はパーティーの後方から迫る敵をこっそり狙撃してパーティーを助けていた。そのため、主人公を失ったパーティーは苦戦するようになる。


 主人公は辺境に向かうとソロで魔物狩りを始める。そこで彼は次々とSランク魔物を狙撃していく。ソロならばどんな戦法で敵を倒そうが誰も文句を言ってこないからだ。


 そこで手柄を立てた彼は美人な女辺境伯や最強の弓を作ると噂の鍛冶屋の娘などと知り合いになっていき、いつの間にか成り上がっているというストーリーである。



 基本的に俺が考えたのは狙撃手という職業と他の登場人物だけで、他は三方からもらった資料にある望ましい展開などを繋ぎ合わせただけである。そしてこの内容だけで十話ぐらいは書けてしまう。


 正直普段の作風との違いが大きすぎて書いていて違和感があったが、展開は細かいところまでプロット段階で決まっているのでそれでも無理やり手を動かせば書くことが出来た。


 何で俺は自分でもない主人公をひたすら賛美させられているんだろう、という気持ちが拭えない。頭の悪いチンピラを出して一話で即殺させたときはこいつらは何のために生まれて来たんだろうと存在に疑問を抱いた。何でと聞かれれば主人公をよいしょするためなのだろうが。

 そんな訳で、途中の辺りからは頭の中を無にして書いていた。



 それでも何とか話が一区切りする十話ほど書き終えた俺はそこで一息ついた。三方のアドバイスに従って俺はまず数話書き溜め、それから第一話を更新することにしていたのでそろそろ公開しようと思ったのである。


 さすがに一話を投稿するときは緊張した。新連載を始める時はいつも緊張するのだが、今回はいつもとは違い、もしかしたらこれでランキングにも入れるのではないかというポジティブな緊張があった。


 もしこの作品に問題があれば、俺は純粋に文章力不足ということになる。世間からおもしろいと思えるもののセンスもずれていて、書きたいと思うテーマも需要がない俺から文章力をとってしまったら何が残るというのか。


 投稿する前に俺は三方が作った資料を何度も確認して問題がないか確かめた。問題はない。今度こそ大丈夫なはずだ。そしてこの作品で俺の知名度を上げて他のマイナーの作品も読んでもらおう。そうすればここまでした甲斐もあるというものだ。


 俺は祈るような気持ちで一話を投稿した。その後俺は買っていたラノベを読もうとしたが、反応が気になって読書に手が付かなかった。どうしてもそわそわしてしまい、ほぼ一時間経つごとにPVやブックマークを確認する。




「おお、これは……」


 投稿から一時間経ったころのPVを見て俺は目を疑った。いつもならせいぜい二十とか三十ぐらいなのに、今回は百を超えている。しかもすでにブックマークも評価も入っている。

 いつもは話がひと段落するところまで評価などついたことがない。いつもならこの段階で入る評価ポイントに対してはこいつは何を読んで評価したのだろうと思わなくもないのだが、そんなことはどうでも良かった。


「これは、いける……」


 俺は沸き立つ気持ちを抑えきれずにラノベを読んだ。最近はラノベを読んでいるとこの作者はうらやましいとか、俺はこの本をおもしろいと思えないとか、さらには何でこいつが書籍化していて俺はだめなんだとか、そんなことばかりが気になって集中できなかったが、今回はそれとは別の意味で集中できなかった。


 二時間後、三時間後とアクセスを確認して俺はさらに驚いた。普段は投稿直後しかPVがつかないのに、今回はしばらく時間が経っても依然としてPVが増え続けているのだ。基本的に『なりたい』の小説が読まれる機会はランキングを除けば、投稿直後の新着に載ったタイミングと、タイトル・キーワード・作者などで検索された場合のみである。投稿直後以外でもPVが伸びているというのは紛れもなく人気ジャンルの恩恵であった。


 それを見て俺は震えた。やはり俺は感覚が多少捻くれているだけで実力はあったんだ。嬉しくなった俺は、夕方ごろに二話目を投稿すると、吉田にラインした。


『急で悪いけど飲みに行かないか?』

『何だよ急に。また悩み事か?』


 やっぱり俺から誘うとそういうイメージになるのか。とはいえ今回ばかりは違うんだな、これが。


『いや、逆だ』

『まじかよ、珍しいな。まあそこまで言うなら行くけど』


 俺は前回と同じ居酒屋に向かった。同じ店に行くのでも前回行った時と気分は真逆である。今日ばかりは道端で騒いでいる大学生を見ても苛々しなかった。むしろ彼らがどうでもいいことで騒いでいると、共に喜びを分かち合えているような気がした。


 居酒屋は試験が終わって休みになったせいか、いつもよりさらに大学生が多いような気がした。基本的に飲みに来ている大学生は無意味にテンションが高いので、俺も何となくその雰囲気にあてられて上機嫌で酒を頼む。


「うおお、朽木!? いつもと全然テンション違うから誰かと思った」


 後からやってきた吉田も俺の顔を見て派手に驚いた。

 まだ何もしゃべってないのに表情だけでそこまで言うか。


「ひどいこと言うな。俺だって本来はこんな感じの人間なんだ」

「そうなのか? にしてもそんなにめでたいことがあるなら清川も呼んでやればいいのに。あいつああ見えてお前のこと結構心配してるからな」

「いや、ほら清川は……」


 清川は多分今回の俺の成功は喜ばないだろう、とはさすがに言えない。清川はおそらく「こんなのは朽木君の小説じゃない」と断言するだろう。

 とはいえその辺のことを吉田に話してもどこまで分かってもらえるかという疑問もある。


「まあお前には女子を誘うなんて荷が重いもんな。呼びたくなったら言ってくれよ? いつでも呼んでやるから」


 そう言って吉田は肩をぽんぽんと叩く。よく分からないがそれで納得してくれたんならそれでいいか。仲がいいとはいえ女子を飲みに誘いづらいのは事実だし。


「それで一体何があったんだ? お前のことだから多分小説関連だとは思うけど」

「そうなんだ、聞いてくれよ」


 そして俺は三方と会ったこと、三方のアドバイスで書いた小説が大成功したことを話した。『小説家になりたい』に詳しくない吉田はうんうんとよく分かっていなさそうな感じで聞いていたが、聞き終わって感慨深そうに言う。


「それは良かったなあ」

「ああ、これまで数年間重ねて来た努力がついに報われるんだ」

「別に報われてなくね?」


 吉田が何か言っているが今は全く気にならない。


「じゃあ何に対して良かったって言ったんだよ」

「いや、それもそうだがそんなにお前のことを慕ってくれている後輩が春から入ってくるんだろ? いいなあ、まさか俺より先にお前が彼女作るとは思わなかった。三次元の女には興味ないみたいな顔してまさか母校に女作っていたとはな」

「は?」


 吉田が急に訳の分からないことを言い出したので俺は困惑する。

 こいつは俺の話をまじめに聞いていたのだろうか。今俺がしていたのはようやく『なりたい』攻略の糸口を見つけたという話であり、彼女がどうとか全くそういう話じゃないんだが。お前は男と女が話に出てきたら何でも恋愛に結び付けるのか。それはラノベの読み過ぎではないか。

 しかし吉田はいい話だ、とばかりに一人でうんうんと頷いている。


「いや、三方とはそういうんじゃないから」


 俺は一応反論するが、吉田はまるで聞いていない。


「でもそしたら清川が悲しむだろうな。ま、そしたら俺が幸せにするよ」


 そこで俺はようやく気が付く。吉田は早くも酔っているのだろう。俺は別に三方とそういうのではないし、別にそうだったとしても清川は何も思わないだろう。めちゃくちゃではないか。というかお前が幸せにするのかよ。


「え、お前清川のことが好きなのか?」

「そうだよ。あいつあれで結構可愛いところがあって、この前も……」


 酔っているせいか、吉田はぺらぺらと清川について語りだす。時々そういうことを口にしてはいたが、まさか本当に好きだったとは。俺が言うことでもないが、清川みたいな面倒くさいオタクと吉田のようなライトなオタクは合わないと思うんだが。


 とはいえ、今日はこういう馬鹿な話をするのも楽しいと思ってしまう。


「嘘、お前清川のことが好きなのか? てっきり学部の女の子と仲良くしているのかと思っていたんだが」

「仲良くしてるけどそれ以上にならないんだよ」


 そう言って吉田は大げさに嘆きながら今度は学部の女子とうまくいかない悩みを並べ立てる。普段なら「女子としゃべりやがって」と思うだろうが、今日は普通に聞くことが出来た。

 が、やがて吉田は何かを思い出したようにその話を終える。


「そうだ、その三方って子は可愛いのか? 写真見せてくれよ」

「ばっ、写真なんかねえよ」

「俺のものだからお前には見せられないってか? 一人占めしやがって、憎いやつだな。春になったら覚えとけよ?」


 そう言って吉田はグラスを空にする。なぜかこいつは俺より先に出来上がっていた。本当は俺が酔おうと思っていたんだが、目の前で吉田が訳の分からないことを言い出しているのを見ると、俺まで酔いつぶれるのは気が引けた。ていうか春になったら何をする気なんだ。


 とはいえスマホをチラ見する限り『狙撃手』のPVは順調に増えているのでそれも良しということにする。


「まあ今日ぐらいはこいつを介抱してやるか」


 結局俺は酔いつぶれた吉田を下宿まで送ってやったのだった。

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