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才能の檻  作者: 今川幸乃
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テンプレ小説を書いてみよう

 近いうちにとは言っていたが、三方から資料が送られてきたのは二日後で驚いてしまう。次の日は観光と帰りの旅で大体終わったのだろうから実質次の日だ。


 ツイッターのメッセージで送られてきた画像を開くと、一行目には『最新の「追放ざまぁ」小説の分析』と書かれており、そこからびっしりと文字が書かれていた。



『一~二話目 主人公がパーティーで不遇な目に遭わされ、追放される(もしくはダンジョン内などに置き去りにされる)


二~三話目 追放された主人公は新天地に赴く。冒険者ギルドやたまたま出会った冒険者に才能を認められるが、本人はまだ自分の力をよく分かっていないことが多い。髪を切る、戦闘スタイルを変えるなど変化を示す描写を入れると良い。


三~十話目 新たに開花した力で魔物討伐を行いつつ新しくパーティーを組む相手(大体ヒロイン)と出会う。


・倒す魔物は実はSランク魔物(変異種や特殊個体など)とかだと良い。

・また、主人公は元パーティーで馬鹿にされていた能力を応用して何かすごい技を生み出す。

・新しくパーティーを組む相手には主人公が発見した技や魔術の理論を教えて強くしたり、主人公が生み出した強いアイテムを与えたりするとよい。そこでその相手は主人公のことを異性として意識し始める。


 また、急に現れて活躍する主人公に因縁をつける三下が現れる。出来れば貴族の手先や悪徳商人、もしくはゴロツキなどがいい。そいつらをさくっと倒して力を見せつける。力を見せつける際は主人公自身がイキるよりは周囲の人に賞賛される方がいい。


 この辺の区切りがいいところで主人公を追放したパーティーメンバーが苦戦する描写か後悔する話を一話入れる。パーティーメンバーは嫌な奴であることが好ましいが、実は主人公のことが好きなメンバーが一人いるとなおよい。


 ちなみにこの追放したサイドだけの話を読む人も結構多いので気合入れて書くこと。


その他注意点

・主人公の頑張りはこまめに他キャラに賞賛させる(主人公は読者の分身なので、接待する気持ちで)

・一話当たりの文字数は二千~三千字前後が望ましい。

・改行は多めに入れる(迷ったら一文ごとに改行してもいい。とりあえず「」の前後は毎回改行)。

・毎回後書きに「ブックマーク、ポイントなどくださると励みになります」というメッセージを入れる。

・序盤ある程度話が落ち着くまでは一日に二、三回更新する(朝、昼、夕方のどこかが望ましい)』



 という感じで詳細な設定が書かれていた。他にも主人公の望ましいキャラ設定や、望ましい世界観、読まれやすいタイトルなどについての資料も書かれている。さらには伸びている小説に入っていることが多いキーワードリストまでついていた。


 当然のように主人公が新しくパーティーを組む相手が異性なのは笑ってしまったが。


「すごいなこれは……」


 俺はこれを見ながら三方が書いている小説を開いてみる。確かに九割ぐらいはこの資料に基づいた組み立てだった。最初に読んだときは「ただの流行なぞりか」と思っていたが、ここまで徹底していると逆に好感が湧いて来る。


 とりあえずこの設定に合った話を展開出来るようにキャラの設定を考えるか。俺は試験の勉強やレポートの作成、『君推し』の更新などと並行してこの新作の設定を考えた。


「どうしたの、最近急に元気になったみたいだけど」


 俺たちのサークルは毎週月曜日の夕方に何となく食堂に集まって雑談したり創作をしたり本を読んだり勉強したりといった緩い集まりだが、俺は一応顔を出していた。そこでいつものように食堂で向かい合わせに座っていた清川は訝し気に尋ねる。新作を考えることが知らず知らずのうちに日々の活力になっていたのか。


 しかし清川にそれを訊かれた俺は言葉に窮した。三方の提案で書こうとしているテンプレ作品の執筆はおそらく清川の理解は得られない。もし清川に話せば反対されそうだが、かといってサイトで公開する以上、そのうち分かることになる。


「まあ、ちょっと新作の構想があってな」

「本当!? 確かにもうすぐ休みだもんね、楽しみ」


 清川は無邪気に顔を綻ばせる。彼女も大分凝り固まったオタクではあるが、こういう無邪気なところはあった。


 俺はそんな清川に軽い罪悪感を覚えるが、それを何とか押さえつける。清川一人が読んでくれるだけじゃだめなんだ、もっとたくさんの人に読んでもらわないと、と俺は自分に言い聞かせる。


 そしてそんな俺の様子に清川は少し安心したようだった。


「これから三回生になったら忙しくなるかもしれないけど、無理しない範囲で頑張ってくれたら嬉しいよ」

「どうしたんだ、急に」


 これまで清川はあまり俺の小説に対する好意を俺には表してくれなかったので少し驚く。清川は照れたように頬をかく。


「うん、この前のことで思ったんだ、好きな小説があったら作者には好意を表さないとって。私の中では作者っていうのは例えウェブ小説であっても壁一枚向こうの存在だけど、向こうも普通の人間だから落ち込んで書かなくなるってこともあるから。だからこれからは朽木君にも適度に応援の言葉を送ろうって。だから元気そうで安心した」

「悪いな……心配かけて」


 そこまで言われると俺の方まで恥ずかしくなってくる。正直自分でも本当に単純だと思うが、こうやって言われると急に『君推し』が惜しくなってくる。あれほど誰にも読まれない作品しか書けないことに心を折られてきたというのに。


 一人でも熱烈に推してくれる人がいればいいのか。それとももっと大勢の人に読まれる物を書くべきか。ここ一か月ほど、俺はこの二つの思いの間で揺れ動いてきたが、何度決心したつもりになっても心は決まらない。


 せめて両方書くから許してくれ、俺はそう思うしかなかった。


「別に。ただ、読者にとっても替えが利く作家とそうじゃない作家っていうのはあるから」

「替え、か」


 そう考えると多くの場合、作者と読者というのはある意味対等ではないのだろう。商業レベルの作家ともなると、数千とか数万とか大勢の読者がいる。その中の何人がその作家を替えの利かない存在と考えているかは分からないが、作家から見れば替えの利かない読者が果たしているのだろうか。


 別にそれが悪いことだとは思わないし、プロの作家というのはそう思われるぐらいの存在でなければならないというのは分かるのだが、その偏った関係に俺は少しだけ恐怖を抱いた。


 もし俺が商業作家になれば部数を売るために清川のような、俺のコアな作品を好きになってくれたファンを見捨てなければならなくなるのだろうか、と今しても仕方のない心配をしてしまう。


「清川はもし神崎翔が清川の言うところの解釈違いみたいな小説しか書かなくなったらどうする?」


 そんなことを考えた俺はふと地雷みたいな質問をしてしまう。

 すると清川は急に真顔になった。


「出版社に脅迫文を送りつける」

「そうならないことを切に祈る」


 脅迫は立派な犯罪なんだよな、と言おうとしたが清川の目から光が消えているのを見てその言葉は口には出さなかった。


 おそらくもしそういうことになれば清川は犯罪かどうかなど気にしないだろう、と思ったからだ。神崎翔の編集は是非神崎翔が書きたいものを書かせてあげて欲しい、と俺は他人事ながら思った。ただ、清川が望むものが本当に神崎翔が書きたいものなのかは分からないが。

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