序章 寿命と才能
「小説を書く能力が欲しいか」
不意に夢の中で声がした。そこには巫女服を元にしたような衣装をまとった知らない幼女がいた。夢の中のせいか、映像の解像度が低くはっきりとは見えないうえ、うっすらと輝くオーラのようなものを纏っている。
もっとも俺たちがいる夢の中の空間自体が宇宙のような真っ暗い謎の空間で地面なんてなかったが。ふと気になって自分の体を見ると俺も漂っている。
ちなみに俺は普段どれだけ変なことが起こっても夢を夢だと認識出来ないタイプの人間なので、夢を見ているということをはっきり認識出来て少しテンションが上がっている。
「誰だお前は」
「わらわは神じゃ」
「は?」
正直神の知り合いはいないし、信仰もしていないし、別に神社でいいことをしたとかそういう心当たりもない。もしかしたらクリスマスに一切浮かれたことをしなかったのが神様の高評価に繋がったのだろうか。
ただ、言われてみれば確かに何となくではあるが目の前の存在が神であるような気もしてきた。理屈はなく、直感的なものである。
「正確に言えば神というよりは神の一部じゃな。わらわは神の中でも人間を司っている部分が分離した自我を持った者じゃ」
「はあ」
夢の中の世界観に興味はないので俺はつい生返事になってしまう。すると神はぎろりとこちらを睨んだ。ただし姿はなぜか幼女なので怖くない。
「それで神様が俺に何の用だ?」
「これでもわらわはおぬしの小説が気に入っていてな」
「神が俺の小説を?」
『小説家になりたい』でもずっと底辺をさまよっていて、新人賞では毎回一次落選のこの俺の小説を神が気に入る? まるで悪い冗談のようだった。
ちょっとにわかには信じられない話だったが、そこはこの際重要ではないのでいい。
「それでお前、何しに来たんだよ。まさか一読者として応援に来てくれた訳じゃないよな?」
「何じゃ、せっかく応援に来たというのに。そこまで言うなら本題に入ろうかのう。一応わらわもおぬしのファンなのでおぬしの窮状をどうにかしてやりたいのじゃが、一応これでも神様じゃからな、えこひいきは出来ぬのじゃ。そこでもし望むというならおぬしにとっての大切なものと引き換えにおぬしに小説の才能をやろう。とはいえおぬしの大事なものはもはや寿命ぐらいしかないじゃろうな」
「……は?」
俺はこいつの言葉に耳を疑った。
寿命と引き換えに才能を与える?
てっきりそういうことを言ってくる奴はバトルマンガにしかいないものかと思っていたが、まさかこの現代日本にもいたとは。
もしくは他人に評価される小説が書けない俺が自分を救済するために生み出した都合のいい幻想ではないだろうか。
が、神は至極真面目な表情で言った。
「は、ではない。言葉通りじゃ。悪い話ではあるまい。おぬしは小説を書くことよりも重要なことなどないのじゃろう?」
自称神の言うことにはまるで現実感がなかったが、逆にもし現実になるのであれば心惹かれる提案であることは事実だった。
ここ一、二か月の出来事ですっかり心が折れていた話にはそんなありえない話がたまらなく魅力的に思えた。
話はそんな夢を見る二か月ほど前に遡る。